第2話 甘い物ウマッ!
最初の試験作戦から1週間が過ぎた。
俺と速水さんは、あの後も休みなく戦場を駆った。
と言っても、午前中に速水さんの次元転移の魂装能力で、世界各地の戦場を旅して回って、各国の主力部隊を順々にぶっ潰して、午後は戦果確認の報告を座して待つだけの簡単なお仕事です。
もし、きちんと出入国の手続きを取っていたら、俺と速水さんの旅券パスポートは入管のスタンプで埋め尽くされていただろう。
「今日は20件の戦場を巡ったのか。慣れて来たから、どんどん行ける件数が増えるね」
俺は、執務室の机で頬杖をつきながら、ボリボリとスナック菓子とチョコ菓子を貪り食べていた。
「午後の戦果観測の報告は、別に俺らが指令室に詰めてる必要無くない?」
と俺が進言したので、今は報告は電子メールで受け取り、何か問題があったら呼んでねという体制に変えてもらった。
おかげで、午後は執務室で待機と言う名の休憩時間だ。
「神谷少将は、甘い物がお好きなんですか?」
「戦場にいると口に出来る機会は少ないからね。すっかり甘党だよ」
戦場に居る際も慰問物資が時折届いたりするが、酒などは未成年のため手を付けられないため、必然的にお菓子の方面に走るしかなかった。
「最新のスイーツとか、少将は興味ありますか?」
「あるある! 生菓子だと凄く嬉しい!」
帰国したとは言っても、一応作戦行動中という事で、この軍の統合参謀本部庁舎の中からは出られないため、お菓子は庁舎内にある売店のみだ。
コンビニの縮小版程度の品ぞろえのため、最初はお菓子が好きなだけ食べられることに感動していたが、ラインナップが貧弱なため少々飽きがきていた。
「それでしたら、私が外出したら買いに……と言いたいところですが、私も現在はこの庁舎から出られないんでした」
折角良いアイディアを思いついたのに、しょんぼりしてしまう速水さん。
彼女も、現在は重要作戦の要となる人物なので、俺と同様の扱いなのだ。
「まぁ、もうすぐ粗方の敵戦力は叩けるから、その内この体制も解けるでしょ。あ、でもその時には、俺も速水さんも同じタイミングで外出可になるだろうね」
「それでは、私が買いに行く意味があまりないですね……」
速水さんが更にしょんぼりしてしまう。
キッチリとした軍服を着たお姉さんがしょんぼりしている姿は、ちょっとギャップがあって可愛らしい。
速水さんも、ここ数日間、四六時中一緒なので、大分態度が柔らかくなってきた。
「じゃあ、外出可になったら、2人でどこかスイーツのお店にでも食べに行こうか」
「え……」
速水さんの反応を見て俺は
あ、しまった。
とあることに思い当たった。
これは職場の上下関係を利用した、パワハラ的なお誘いになっちゃってる。
ななめ読みした将官就任時の研修ファイルでも結構なページ数が割かれていたな。
考えてみれば、四六時中一緒にいた上官と、オフでも一緒とか、速水さんも気が休まらないよな。
「ご、ごめん。速水さん今の提案は忘れ……」
「是非、行きましょう‼ 私、近くの有名スイーツ店のことを調べておきます!」
「大丈夫? 無理してない?速水さん。別に俺と一緒じゃなくても……」
「なにを仰っているのですか速水少将! 少将は久しぶりに帰国されたので、日本国内のことはよく解ってらっしゃらないのですから、私がアテンドさせていただきます!」
「わ、わかったよ。じゃあ、お願いします」
予想外に力のこもった是の回答をしてきた速水さんに、俺は少々気圧されてしまった。
「あ~、楽しみです。今の少将と2人きりの任務中も幸せですが、任務が終わった後に少将とデートと言うさらなるご褒美があるかと思うと、さらに頑張れそうです」
速水さんはウットリとした顔で、何かの衝動を抑えるかのように、自分の腕を抱いて、身体をブンブンと揺すって、なにやらブツブツと言っている。
速水さんが更にご機嫌になったようなので、取り敢えず良しとしよう。
「あ、最後の分の報告が来てるね」
執務机にある端末の内部システムに、今日実施した最後の作戦が、その目的を完遂している旨の連絡が入っていた。
報告の受伝達も段々早くなってきた。
「それでは、待機状態は終了ですね。お疲れさまでした」
「午後はお菓子食べてただけだけどね。あ、もうチョコレート菓子が切れてる。売店に買いに行かないと」
俺は、執務机の引き出しを覗きながら、お菓子の在庫状況を確認した。
チョコレートは溶けるので、特に戦場では食べていなかったので、今大ハマりしているのだ。
「私が買ってまいります」
「いいよ。どうせヒマだし。あ、けどこの間、戦闘服のまま売店行ったら、上の人から意味もなく戦闘服で庁内をうろつくなって言われたんだよね」
「そ、それは…… 神谷少将が制服に着替えるということですか」
「そうなんだよ。ここは統合幕僚本部なんだから、格好もちゃんとしろってさ。着替えるの面倒だし、やっぱり速水さん俺の代わりに買いに……」
「ああ……私、ちょっと目まいが……」
「大丈夫、速水さん? 横になって休んでな」
「いえ、少し休めば大丈夫です。善き物が見れたら回復するかと思います」
「そう、じゃあ着替えてくるね」
「はい。お待ちしております」
体調の悪い速水さんを売店までおつかいにやる訳にいかないので、俺は諦めて執務室に備え付けの個人更衣室で戦闘服から、制服へ着替えた。
「ふぅ……やっぱり制服は窮屈だな」
着替え終わった俺はボヤキながら、更衣室から出て来た。
「あ~、善いですね」
速水さんが、恍惚な表情を浮かべながら、俺の制服姿を頭からつま先まで嘗め回すように見ている。
「そう? 制服は着慣れないから変な感じだよ」
「あ、ネクタイが曲がっております。失礼いたします」
そう言って、速水さんがネクタイの結び目の位置を調整してくれる。
「アハハ。なんか新婚さんみたいですね」
「ぐっ…… いきなり爆弾発言をぶち込んでこないでください」
胸に手を当てて苦しそうにする速水さんは、やはりまだ体調が良くないようだ。
「制服は今回新調してもらったんだよね。俺が持ってた制服って、強制徴兵された頃に支給されたものだからね。サイズアウトもいい所だったよ」
まぁ、戦場から戦場を飛び回っていた俺は常に戦闘服だったので、制服はどうせ使わない物だったけど。
「神谷少将が徴兵された頃となると、ひょっとして……」
「そうだね10歳の頃だね。1回試しに着たけど、ガキンチョに軍服が合わな過ぎて周りから大笑いされたっけな」
「その頃のお写真とか……」
なぜかゴクリと生唾を飲み込む速水さん。
「持って帰って来たアルバムを漁ればあると思うよ」
「いつか見せてください。今の私の状態では受け止めきれないでしょうから、後日で」
なんで速水さんが興奮しているのかよく解らないけど、アルバムを見ながら戦友の話をしたりするのも悪くないか。
「それにしても、いまだに制服に着られてる感が凄いな」
俺は執務室の隅にある姿見で自分の全景を見ながら感想を述べた。
「とても良くお似合いですよ」
「けど、ガキが軍の制服を……それも、将官の目立つ制服なんてアンバランス感があるんだよね」
お偉いさんになると、遠くからでも視認できるように、制服が派手なデザインなのだ。
白地の詰襟制服に、少将の位を表す青のマントなんて、コスプレ感が凄い。
「あの…… 神谷少将。部下の身で大変図々しいお願いなのですが……」
「ん?なんだい? 売店で一緒に薬でも買ってきてって話?」
「いえ、そちらは大丈夫です。あの、制帽を被っていただけることは可能でしょうか?」
「制帽? 式典でもないから被る必要は無いんじゃ」
「制帽を被られたお姿を拝見すれば、元気になれるかと思いますので」
「ふーん。まぁいいよ」
そう言って、俺は更衣室へ戻り、ロッカーから制帽を被って、ついでに式典で使うサーベルも腰に据えた。
「はい、どうぞ」
「あ……あ……」
速水さんの前に姿を現すと、速水さんはうわ言のような声を発するだけになって固まってしまった。
元気になると言っていたが、色々と悪化しているような気がする。
俺は、速水さんをソファに横にすると、執務室を出た。
「あ、しまった。制帽もサーベルも着けたままだ。けど、そろそろ売店が閉まる時間だし、この格好のままでいいか」
売店へ行くためのエレベーターに乗った際に、エレベーター内の姿見を見て自分がフル装備の格好のまま出てしまっていた事に気付いた。
ただ、また執務室に戻るのは億劫なので、俺はそのままの格好で売店へ向かった。
後に、このことがきっかけで、俺の人生が大きく変わってしまうことを、当然この時の俺は知る由もなかった。
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