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第19話 ツンツン優等生 火之浦さんのプライドはズタボロ

 4月も半ばとなり、ようやく新生活にも慣れてきた頃。


 授業が本格的に始まった。

 特に、今回は初めての魂装実習の授業だ。


 とは言え座学はともかく、魂装はまだまだ黎明期を過ぎただけの、歴史が浅い学問、技術だ。


 故に、教官となる人材も慢性的に不足気味なため、魂装実習は、複数のクラス合同で実施される。

 俺のいる1年AクラスはBクラス、Cクラスと合同だ。

 なお、ABCのクラス分けに成績順の序列がある訳ではない。


「それでは、実習のペアを発表するぞ。今からリストを配るから、それぞれ集まれ」


 実習の教官から配られたリストから自分の名前を見つけ、隣に記載されたペアの人の名前を見たら、既知の人物の名前であったため安心した。


「よろしく、火之浦さん」


 俺がペアになる火之浦さんへ声を掛けると、


「教官殿。質問、よろしいでしょうか!」


 火之浦さんは、声をかけた俺を無視して、挙手して教官へ質問をした。


「なんだ? 火之浦」

「このペア決めは、どのような基準で決められたのですか?」


「ペア決めの基準については非公開だ。不満があっても、原則ペアは1年間変わらないぞ」


 目に見えて不満げな様子で発言していた火之浦さんに先回りする形で、教官は取り付く島もないという感じで答えた。


「はぁ……」


 火之浦さんは、大きなため息をつく。


 周りも、そんな火之浦さんに同情じみた視線を送る。


「え、俺ってひょっとして、嫌われてるの?」

「自覚無かったのね。おめでたい頭してるわねアンタ」


 正直、心に結構なダメージを負った俺に対し、火之浦さんが更に傷口に塩を塗るこむような追撃の言葉を差し向ける。


「なんで⁉ 俺が何したって言うのさ!」


「入学早々に、2学年の民間派閥主力の生徒をボコボコにして奴隷にして、生徒会から決闘で部室を奪い取った。すでに、2学年筆頭は既に洗脳済み」


 客観的に自分が入学早々やってきたことを羅列されると、酷く傲慢で嫌な奴だな。


「ミーナのは別に意図したものじゃないんだけど……」

「おかげで、上級生から1学年への当たりが、全体的に今年はキツ目だって土門会長が言ってたわ」


「…………」


 どおりで、俺に話しかけてくるクラスメイトが全くいないわけだ。


 皆、俺と仲良くなって上級生に目をつけられるのは御免って訳だ。

 やべ、泣きたい。


「それで、生徒会メンバーの私が、アンタの御守を任されたって訳ね」

「何か……ゴメンね」


 すっかり、自己肯定感を喪失した俺は、弱々しく火之浦さんに謝罪した。


 こんな、蛇蝎のごとく嫌われている俺とペアにされて、泣き出さなかっただけ、良しとしなくてはならない。


「別にいいわよ。それに、貴方にも興味はあったしね」


「興味? 俺に?」


「あなたの人格はともかく、持っている魂装能力と戦闘センスについては、私も見習いたいと思ってる」


 人格だって別に破綻してないよ!

 ちょっとガキの頃から戦場を渡り歩いていたから、常識とかがちょっと歪んでるだけだ。


「俺と接してると、お仲間扱いされるかもよ」

「だから、さっきは嫌がってるように振舞ったのよ。嫌々あなたと組むってポーズを周りに示しておかないと」


「俺の好感度は下がったままなんだけど」

「細かい事は気にしないの」


 火之浦さんは、そう言ってスタスタと実習林の入り口へ向かって歩いて行った。




◇◇◇◆◇◇◇




「とりあえず初回だから実習林をペアで巡る、か。オリエンテーリングみたいなものだね」


 俺と火之浦さんは、渡された地形図を頼りに、実習林の中を進んでいた。

 なお、俺と火之浦さんのペアがトップバッターで、後続のペアが時間差でスタートしていくようだ。


「ねぇ、ちょうど2人きりだから聞いておきたいんだけど」


「…………なに?」


 火之浦さんの言葉に、俺はちょっと……いや、かなり警戒した。


 最近、女性と2人きりになると、ろくでもない性癖を披露してくるというパターンが続いて来たので、つい身構えたのだ。


「今度は負けないから」


「……え?」


 俺は予想外の返しが返ってきて当惑した。


「前回の決闘は私の未熟さゆえの負け。自分の魂装の力を過信して、貴方の駆け引きにハマった」


「あの時の決闘は、色々と運が作用してたよ」

「それであっけなく戦死してちゃ、世話ないわ」


 火之浦さんは、しっかりと先の決闘の敗戦を正面から受け止めていたようだ。


「火之浦さんは軍の道に入るつもりなんだ」


「私の魂装能力は、軍向きだからね。この学園を卒業したら士官学校に入って、軍属として身を立てるつもりなの。けど、私の判断ミスで部下まで巻き添えなんて、死んでも死にきれない。だから今度は…… って、え⁉ なんでアンタ泣いてるの⁉」


「うう……ええ子やなって思ってつい……」


 そうだよ。


 こういう、熱い青春のぶつかり合いみたいなものを俺は求めていたんだよ!


 この学園の特殊性から、最近は忘れがちだけど、俺は普通の学園生活って奴もちゃんと経験したいんだ。


 成績で切磋琢磨し合う同級生のライバル、そしてそれを堂々と正面切って宣言する。

 凄く良い!


「な、なによ……こうして情に訴えかけて油断させる作戦?」


 火之浦さんが、うろたえながら、俺への警戒感をあらわにする。


「いや、この想いは純粋な物だ。俺は火之浦さんを全力で応援する。だから、頑張ってくれ!」


 俺は感激のあまり、火之浦さんの両手を握ってブンブン振り、激励する。


 こういう若い子が頑張ってくれるならば、今のこの国の現状を変えてくれるのかもしれない。

 俺も歳は一緒だけど、既に疲れ果てたベテランのような心情なので、最早俺には無い、理想に燃える火之浦さんが、ただただ眩しく見えた。


「て……手を放せ、ばか!」


 火之浦さんが、真っ赤な顔をして俺の胸元を両の手でドンッ! と突き飛ばして、スタスタと歩を速めて先を進んでいく。



「駄目だよ。君を放ってなんておけない」


 俺は瞬時に距離を詰め、火之浦さんをグイッと後ろから抱きとめる。


「んなっ⁉ な……!」


 急に背中から、抱きしめられた火之浦さんは、素っ頓狂な声を上げて、暴れようとするが、ガッチリ背後からホールドして逃がさない。

 背中越しに密着しているので、火之浦さんの表情は俺からは見えないけど、きっと驚いているだろう。


 俺は、後ろから火之浦さんの耳元へ口を近づける。



「んあ……」



 俺の吐息が耳にかかり、火之浦さんはビクンッ! と小さな身体を震わせた。

 火之浦さんの抵抗が弱まったので、好機と思い、俺は耳元で、火之浦さんにだけ聞こえる声で優しく囁いた。









「前方10メートル先に、くくり罠が地面に埋まってる。跳ね上げ式で、踏んだら地面からワイヤーが飛び出してきて、足に絡まるタイプだ」


「へ……?」


 火之浦さんが上気した顔で、何のことだか理解が追いついていないという顔で俺の方を見上げる。


「何が、ただ親睦を深めるためのオリエンテーリングだよ。教官方は、随分意地が悪いな」


 括り罠が埋まった場所は、割とちゃんと偽装もされていた。

 新兵じゃ、まず見破れずにトラップにかかってしまうだろう。


「ど、どこにトラップがあるの?」


 現に、火之浦さんは俺に言われても、トラップが埋まった場所が解らないようだ。


「前方の茂みと茂みの間。経路上、通りやすい箇所だから、みんなここを通って漏れなくひっかかるだろうね」


「ど、どうしよう……」


「こういう括り罠を置くのは、その場に立ち往生させること。ワイヤーは頑強な物じゃなければ、装備品のナイフや短刀ですぐに切れるからね。けど、数秒のその場での硬直は、命のやり取りの時には致命的なものになる。となると、敵は」


「すぐ近くに潜んでるってこと⁉」


「ご名答。じゃあ、せっかくだから教官たちを驚かせてやろう。火之浦さんって、相手を一定期間痺れさせるみたいな、致死性のないガスは生成出来るの?」


「う、うん」


「じゃあ、やっちゃえ。 範囲はトラップのある場所から、5メートル半径の範囲で。高さは3メートルくらいかな」


「わ、わかった。魂装能力 発動」


 火之浦さんが俺から離れて、黄色いガスが生成され出すと、


「待った! 降参です」


 そう言って、物陰から戦闘服を着た女性兵士が両手を上げて現れた。


「誰かっ!」

「まだ、これから通る生徒もいるから、トラップ周りで暴れてほしくないですしね」


「誰かっ!」

「魂装学園所属 1-A 担当教官 速水少尉」


「お疲れ様です!」


 俺が敬礼をすると、速水さんが敬礼を返す。

 階級上は、俺の方が上だが、今は実習中であくまで一生徒と教官の間柄なので、俺の方から敬礼した。


「トラップを見破る洞察力と、すい要領の順守。満点ですね。流石、1学年首席と有名人のペアですね」


 にっこりと笑みを浮かべながら、素敵お姉さん教官然として、速水さんが評価を下す。


「いえ……私は」

「恐縮です! 速水教官殿!」


 火之浦さんが言いかけた言葉に被せるように、俺は大きな声で返事をした。


「それでは通ってよし。この先がゴールです」


 後続の他の生徒たちも控えているためだろう。

速水さんから追い立てられるように、俺たちは指示されたルートへ進む。


 火之浦さんは、ゴールへ向かって、俺の前方を無言で歩いた。

 小刻みに肩が震えていたのは、自分が何も出来なかった事への無力感と悔しさのためだろう。


 その悔しさは、今後の成長の糧になる。


 頑張れ、火之浦さん。


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