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第14話 速水さんの告白

 非常呼集は、軍での仕事をしていると避けては通れない面倒くさいものだ。


 仕事モードをオフにしている時に、予期せず急に仕事モードのスイッチを入れなくてはならないからだ。


 しかし、今回ばかりは、速水さんとミーナとの一触即発の場を切り抜けられたので、そのタイミングに感謝したい。


「お、来たか」


「高見学園長も呼ばれていたんですか」


 俺と速水さんが参集先の学園に着くと、高見学園長が待ち構えていた。


「学園の新しい施設での初作戦だからな。校舎の管理責任者として立会わんとな」


「なるほど。もう例の設備が完成したんですね」

「最終調整はまだらしいがな。試験運用にちょうど良い状況らしい」


 高見学園長が先導する形で、校舎の中を進んでいき、隠し階段から地下の施設へ入っていく。


「学園の地下に秘密部屋作るってベタっすよね」

「仕方がないだろ。人目につきにくい場所じゃないと、おおっぴらに工事も出来なかったんだから」


 重い扉の向こうには、スタッフと電子機器が詰め込まれた暫定の指令室があった。

 指令室で忙しくしているスタッフを


「統合幕僚本部の指令室と比べて、随分手狭っすね」

「あそこと比べるな。ここの施設はどうせ、お前がいる3年間しか使われないからな」


「それにしても……今日は皆さん、コスプレ大会にでも参加してたんですか?」


 忙しくしているスタッフさんを見ると、背広、作業服、中には売店のおばちゃんの恰好をした人と、皆軍人らしからぬ恰好をしていた。


「軍の者が学園に頻繁に出入りしていると怪しまれるからな」


 仕事って大変だな……

 そんなことを思っていると、目の前の大きなモニターから通信が入った。


「皆揃っているな。それでは、作戦行動について説明する」


 リモートで統合幕僚本部と繋がり、作戦内容が説明される。

 作戦概要の資料を見ると、相手は意外な国だった。


「相手はF国ですか⁉ あそこって表面上は友好国では?」

「秘密裏に我が国へ向けた超長距離弾道ミサイルの基地に配備強化の動きあることが判明した」


 この戦国時代、面従腹背なんて珍しくはない。

 にこやかに握手しておいて、見えない足元では脛を蹴り合う風刺画のようなものだ。


「日本が超長距離で打撃を与えられる魂装能力を得たことで、列強諸国が警戒感を上げてきているのでしょうか?」


「政治や外交のことは解らんよ。ただ、このご時世では、叩くべき時に相手を叩かなくては、あっという間に食い物にされる」


 力を振るうべき時に振るえるというのは、軍にとっては満足度が高いだろう。


 今の時代、魂装能力を持つ者のご機嫌や調子さえよければ、実に容易く、そしてリーズナブルに武力の行使が行える。

 このある種の手軽さこそが、各国を容易に武力行使に駆り立てて、世界大戦の時代を招いたという言説は、有識者などから何度も挙げられている。


「解りました。ただ、緊急でなければ、今度からは出来れば放課後に作戦行動は企画してほしいですね」


「善処しよう。それでは作戦行動対象の座標を送る」

「受領しました。それじゃあ、速水少尉。次元転移術式実施せよ」



「は! 神谷少将!」


 嬉しそうに命令を聞く速水さんが展開した転移術式のまばゆい光が、俺と速水さんを包んでいった。




◇◇◇◆◇◇◇




「2人きりですね神谷少将♪」

「そうだね。秘密作戦だから通信も出来ないしね」


「見てください少将! 見たこともないような綺麗な色の羽の鳥が飛んでますよ」

「ジャングルにいる鳥って、なぜか色鮮やかだよな」


 俺にとっては慣れ親しんだジャングルの光景なので、何の感慨も起きない。


「少将は物知りですね」

「速水さんは前と比べて随分リラックスしてるね」


 以前のバディを組み始めて間もない頃は固さが目立ったから、本来は良い傾向ではあるんだけどね。


「あの頃の私は、憧れの神谷少将とご一緒出来てただただ緊張していましたから」

「さすがに慣れたと」


「慣れたというか、秘めたる願望を発露してしまった後なので、今更取り繕う必要がないからですね」

「ああ……そう。さすがに作戦行動中には、行動を起こさないでね」


 ここでいう行動とは、速水さんの持つママ的な衝動に突き動かされた行動のことを指す。


「今日は急な招集だったので、小道具が足りないのでそんなことしませんよ」

「小道具って何⁉ ああ、ガラガラとか?」


「大人でも使えるサイズのよだれ掛やおしり拭き用ウェットティッシュなら手元にあるんですが」

「ああ、おしり拭き用ウェットティッシュはジャングルでも衛生用品として使えるね」


 サラッと、とんでもない上級者アイテムの名前が飛び出して来たので、恐ろしくて追及できずに俺は話題を明後日の方向へ流した。


「そう言えば、2人きりの時になったら言おうと思ってたんですけど……」

「…………なに?」


 勿体ぶった言い方に、俺はつい警戒してしまった。

 更なる性癖の暴露じゃないよね?

 今ですら結構ギリギリなんだから、さすがにこれ以上は受け止めきれないぞ


「今、私がこうして生きているのは神谷少将に命を救っていただいたおかげなんです」

「……? 俺が速水さんを救った?」


 予想外の言葉に、俺は思わず速水さんの言った事をそのままリフレインする。


「まだ私が士官学校生だった5年前に、実地研修として送り込まれた南方の戦場で、私は次元転移の能力を買われて、現地司令付となって戦場に帯同して、ドンドン戦場の奥深くのジャングルまで連れ回されて、気付いたら最激戦区にいました」


 戦場において、各拠点をほぼ移動時間をかけずに回って、司令が状況を直接把握できるのは大層魅力的だろう。

 ただ、いくら自軍の状況が把握出来たからと言って、戦闘に勝利できるとは限らないが。


 通常、士官学校生は後方に配置されて戦場の空気感を感じるだけで良いはずなのに、速水さんの魂装能力が仇になったか。


「まだ士官学校生なのに酷い話だね」

「指令を連れて撤退をしようとしましたが、度重なる次元転移の術式発動に、ついに私はガス欠となり、役立たずとなった私はその場に捨て置かれました」


「どこの無能だ、その司令は。使い倒したあげくに、そんな扱いだなんて」

「ご安心を。その司令は英霊として天から見守ってくれているはずです」


 南方戦線は激戦区だったからな。単騎じゃ生き延びれる訳がない。


「後方からは相手の主力部隊が、もう目と鼻の先まで迫っていました。女性の……それも魂装能力持ちの兵士が敵軍に捕まったら、どんな目に合うかはよく解っていたので、私は最期の力を振り絞って、こめかみにハンドガンの銃口を当てました」


 理性のネジや安全弁をいくつも外さなくては生きていけない戦場の現実だ。

 時に目を背けたくなるような惨状は、俺も何度も目にしてきた。


「ああ……それを聞いて今思い出した。あれは、速水さんだったんだな」

「憶えて……いらっしゃったんですか?」


 速水さんは驚いた顔で俺に尋ねた。


「当時、髪型がベリーショートだったような」

「南方戦線では満足にお風呂や行水が出来ませんでしたから短くしていたんです」


 速水さんは、そう言って、慈しむように今のロングの黒髪を撫でた。

 髪型が今と真逆だし、当時は泥にまみれた女性兵士と今の速水さんは重ならなかったので、今まで全く気付かなかった。


 5年前の南方戦線というと、俺が戦場に投入されて間もない頃であり、まだまだ日本の敗色濃厚の状態をひっくり返せてはいなかった時期だ。


 当時、危うく自決しかけていた女性兵士の姿が見えて、慌てて魂装能力を発動させたシーンは覚えている。


「あの時、目前に迫っていた敵軍が吹き飛んだのを茫然として見つめていて、自分が助かったんだと自覚した途端、私は意識を失いました。かろうじて記憶に留めていたのは、こちらに慌てて駆け寄ってくる少年兵の姿でした」


「それはまごう事なき俺だね」


 当時10歳の俺だからTHE少年兵という見た目だった頃だな。


「救護キャンプで私が意識を取り戻した時には、もう神谷少将の部隊は別の戦場へ向かわれていたので、お会いすることは出来ませんでした。あの時は、本当にありがとうございました」


「それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」

「憧れの方と一緒に働く事になって、毎日ドキドキで……中々言い出せなかったんです」


 恥ずかしそうに俯く速水さんが、乙女な反応を見せる。

 綺麗なお姉さんが恥じらう姿は、グッとくるものがあるのだが……


「それが、なんで俺を赤ちゃん化させようという計画に……」


「あの、極限の時に見た、私に駆け寄ってくる少年兵だった速水少将の必死な顔が忘れられなくて、私がよしよししてあげたい妄想をしていて、気付いたらそっちの道に……けど、この妄想のおかげで戦場を無事に生き延びることが出来ました」


 まぁ、速水さんの戦場での心の支えになっていたんなら良いのかな。

 俺が、彼女の癖に応じたりするかは全くの、まっっっっったくの別の話だけどな。


「目標ポイントに到着しました」


 速水さんの赤ちゃんプレイに屈しないことを俺が心に決めていると、どうやら事前に設定されていた予定ポイントへ着いたことを速水さんが報告する。


「うん、じゃあ観測の準備よろしく」


 提供された座標によると、相手のミサイル基地が山の向こうにあるようだ。

 視認できないけど、そこまで近づく必要は無い。


 速水さんは仕事ぶりについては信頼できるんだけどな……

 そう思いながら、俺は攻撃準備を始めた。


『コン、仕事だよ』


 俺は心の内で、相棒に呼びかけた。


『マスター。その呼び名は止めてくださいといつも言っているでしょう。私のしんめいは』

『言われても毎回忘れるし、10歳の頃から呼んでるから今更変えられん』


 魂装だからコン。

 コンには何やら大層な名前があるのだが、何度聞いても憶えられない。


『まったく。私を愛称呼びする者なんて天界でもいないって言うのに……』


『はいはい。それで、今回の対象はミサイル基地ね』

『久方ぶりの基地規模ですか。前回の戦闘では、随分と脆弱な相手だったので』


『周防先輩との決闘では苦労かけたね』

『出力を最小限の限界まで絞らなくてはいけなかったので、肩が凝りました』


『神様でも肩って凝るんだね』

『気分的なものです』


『今回はいつもの感じかね』

『5万で行けるかと思います』


『OK。じゃあ始めようかコン』

『はいマスター』



『『 魂装! 飽和爆撃 展開‼ 』』


 山の上の空に、まばゆい光が現れる。

 現れたのは、光るカノン砲の砲身部分。


 全ての砲身が地面を向いている。

 その数5万。


「砲撃開始」



(グワァッッ‼)



 砲撃の音と言えば、通常「ドオンッ‼」という音だろうが、5万ものカノン砲が一斉に同じタイミングで砲撃されれば、それは雷鳴すら超える轟音だ。


 山の頂をこえる爆発の噴煙が上がった。


「続いて撃ち続けろ」


 その後も、光るカノン砲の砲身たちが消え失せるまで、地上に火を吹く。

 本物のカノン砲ならば、あっという間に砲身が駄目になってしまうようなあり得ない連射が降り注ぐ。


『マスター。敵ミサイル基地は土に還りました』


「攻撃終了。速水少尉、実地目視での戦果観測を」


「了解しました」


 俺の言葉を受けて、速水さんが目の前から消え失せる。

 1分もせずに速水さんがまた姿を現した。


「目標の完全破壊を確認しました」


「これで現地での作戦行動を終了する。帰投しよう」

「は!」


 速水さんの報告を聞いて、俺は魂装を解いた。


 正直言って、安穏とした生活からの久しぶりの戦場で、そのギャップに、また心の中で折り合いをつけたはずの罪悪感といった戦場で生きる上で厄介な感情がまた噴き出してくるのではと危惧していた。


 だが、俺の心は以前と同じフラットなままだった。


 良かったと胸を撫でおろす反面、心が平坦なままの自分を少し恐ろしくも感じた。


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