第135話 一転
「それで、急激に潮が引いて行くみたいに、人々が離れて行ったわけか」
「そういうこと。フフフッ、どうよ周防先輩? 俺もただ銃火器をぶっ放すだけの魂装能力じゃなく、こういう小技も使えるんだよ」
あの後、無事に群衆のミーナへの興味を引かせることに成功した俺たちは、そそくさと温泉複合アミューズメントパークの温水プールの館へ入り、更衣室へ男女分かれた。
水着への着替えなんて一瞬な男性陣である俺と周防先輩は、こうして女性陣の着替えが終わるのを待っている所だ。
「神谷の能力に精神作用系統の技があったのは素直に驚きだ」
「まぁ、使うと対象への興味を完全に失くさせちゃうから、加減が出来ないんだけどね」
こういう所は、やっぱり飽和という加減が出来ない能力の性質上、やはり極端な効果となる。
「お待たせ~ ユウ」
「お待たせしましたユウ様」
「お、来たか」
着替えの終わった女性陣が合流してきた。
「あ、沖縄旅行の時の水着だ」
「すみません。急な話でしたし、もうすぐ冬のこの時期では、水着ショップにもあまり種類がなかったので」
速水さんが、新しい水着でないことをまるで手抜きをしたかのように恐縮する。
「いや、バックドレス風の水着は速水さんに似合ってるよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
いや、男なんて水着を買ったら色褪せたり、腰紐が無くなったりでもしないと買い換えなんてしないから。
女の人は大変だな。
「私も買い替えはしなかった……水着のサイズが合わなくなってたら、仕方ないから買い換えようかと自宅で試着したら、1センチも成長していなかった……」
「……まぁ、夏から数か月しか経ってないから」
センシティブな話題なので、琴美の方はそっとしておこう。
「なんで、私は子供用の、しかも学童用の水着なの……」
大いに不満という様子で、美鈴がいわゆるスクール水着姿で現れる。
「また、特定の癖の人に刺さりそうな格好だね美鈴は」
「美鈴ちゃんの水着は、私のお古じゃ嫌だろうし、この時期だから女児用の水着もオフシーズンだから全然売ってなくて、それしか手に入らなかったんだよ」
スクール水着で不本意顔の美鈴の横で、琴美がフォローを入れる。
決して、玄人受けを狙ったチョイスではないようだ。
「それで……ミーナはどうしたの?」
「ほら、小娘。私の影に隠れてばかりいないで、出てきなさい」
「うう……」
ミーナが恥ずかしそうに、速水さんの影から出てくる。
「ええと……ミーナは水泳キャップに、水中メガネもかけてるんだ。本格的に競泳でもするの?」
白ビキニに、競泳用キャップでしっかり束ねた髪の毛を収納し、これまた競泳用の黒色の水中メガネをかけている様は、正直かなりアンマッチだ。
「だって……私の銀色の髪の毛や碧眼の目は目立つから、また囲まれちゃう……」
「いや、これじゃあ却って目立ってると思うけど」
ここはレジャー屋内プール施設なので、小さな子供以外、誰も水泳キャップなんて被ってないし。
「で、でも……いっそ、私は皆と別行動の方が……」
「そんな気にしなくていいよ。玄関前の時みたいに、また人に囲まれそうになったら、俺がさっきの魂装術式で人々の関心を逸らすから」
「だけど……」
「ほら。せっかくのお休みなんだから目いっぱい楽しも。大丈夫、今日はずっと俺が側にいるから」
「ユウ君……」
「いざとなれば、私とチュウスケのスタンでナンパ野郎どもは撃退できますし」
「ほら、琴美のチュウスケ入り防水ケースリュック姿も目立つし大丈夫だよ」
プールでもぬいぐるみのチュウスケを肌身離さずとは、琴美のプロ根性は相当だ。
何か、新しいタイプの地雷系女子みたい。
「ユウ様。私も、ナンパされることが多いので、一緒に守ってくださいね」
「はいはい。速水さんも俺の側を離れないでね」
「んぐふぅ……」
「お兄ちゃんは、私を守ってね」
「ああ。チャラい男どもが寄ってきたら潰す」
「じゃあ、皆一緒に楽しもう! まずは波の出るプールだ! さ、ミーナ行こ」
「う……うん!」
皆の、何も気にしていないという様子に、ミーナもようやく踏ん切りがついたのか、競泳キャップを脱ぎ捨てて、一緒に波のプールの方へ駆け出して行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「ああ~。プールで泳いだ後の、ちょっと塩辛いラーメンって、何でこんなに美味しいんだろ」
「ユウははしゃいで泳ぎすぎ。流れるプールを逆走で泳ごうとするなんて小学生みたい」
「だって、楽しかったんだもん」
「フフフッ」
プールでたくさん泳いだ後、お腹がペコペコだったので、俺たちは少し早目の昼食をプールサイドにあるフードコートで摂っていた。
朝食がドライブスルーで早目だったので、空腹になるのが早かったのだ。
「それにしても、やはり虎咆はよく気付かれたな」
「ゴメンねユウ君……」
「心的飽和の魂装能力は大した負担じゃないから大丈夫だよ」
やはりミーナの銀色の髪色は目立つから、かなり目を引くようだ。
それに引き換え……。
「それはそうと、ユウはやっぱり全然気付かれなかったね」
「ほら……髪が濡れてるし、水着だし……」
「それは虎咆も一緒だろ」
「うるさいやい! どうせ、俺はモブ顔ですよ~ だ」
遊んでいる時に発動した心的飽和の術式は、いずれもミーナか琴美や速水さん、中には美鈴に声をかける変態野郎達ばかりがその術式の大勝で、俺由来で術式を行使する機会は絶無だった。
「しかし、神谷先輩の心的飽和術式は興味深い物ですわね。潜入任務の時などにも活用できそうです」
サンドイッチを食しながら、真凛ちゃんが興味深そうに、先ほど俺が群衆からミーナの興味を失くさせた術式について私見を述べる。
真凛ちゃんも諜報系統の魂装能力なので、気になるのだろう。
「ああ。ユーロ第3首都陥落作戦の潜入任務で、桐ケ谷ドクターを連れて行かなきゃいけない時に、めちゃくちゃ活用したよ」
「ああ……あの人は、潜入任務でも騒がしそうですものね。いっそ、桐ヶ谷ドクターに先ほどの術式をかけて、魂装能力への興味自体を削いでしまった方が早かったのでは?」
「さすがに、それは国家としての損失がデカすぎでしょ。あのウザイ喋りで、何度か敵地に置いて行きたくはなったけどね」
せっかくの南国風室内プールなのに、結局は物騒な仕事の話題が出てしまうのは、特殊な学校に通う身としてのご愛嬌といった所か。
「でも、こうして南国リゾート風の温浴スパで和むのいいね。沖縄の時は真夏だったから、海であまり泳げなかったし」
「沖縄では、砂浜でビーチバレーばっかりしてたね。もうなんだか懐かしい」
「そうだな。また、行きたいね。今度は仕事じゃなくて」
戦争も一応の終結を見せ、こうしてのんびりできるなんて良いな。
日本に帰国出来た時にも感動したけど、あの頃はまだリモートワークで戦場に参上していた訳で。
ここからが、真の平和な余生になるのかもしれない。
「さて、じゃあ昼食を食べ終わったら、このまま温泉施設の方へ行こうか」
「うん。日本の温泉楽しみ」
「美鈴は、そっちの方が楽しみだったんだもんね。よし、じゃあ食べ終わったら……」
『ここで、臨時ニュースをお伝えします』
先ほどまで、優雅なカリブ海の砂浜の景色の映像を映していた大スクリーンに、無機質な首相官邸の記者発表室と、スーツ姿の官房長官が映る。
「何だよこれ。南国気分が台無しじゃん」
俺は思わず不平を口にしてしまう。
人が、南国リゾート気分を味わっているっていうのに、暑苦しい背広姿のおっさんのつまらない話なんて聴きたくない。
『先般の、神谷少将に関する情報漏洩について、政府は桐ケ谷燈子大佐と小箱利明中佐を国家反逆罪の罪で指名手配しました。なお、両名共に現在逃亡中であり、政府は全力を上げて捜索を行っており……』
俺は弾かれたように、席を立つと、まだ半分以上残したラーメンを残して、更衣室へ走った。