表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

134/135

第134話 モブ顔少将

「あれ、照り焼きマフィンって誰だっけ?」

「それ私。サイドはコーンでジュースはオレンジ」


 熱気を帯びる茶色い紙袋から取り出したバーガーたちの行き先を尋ねながら、持ち主へ渡していく。


「はいよ、ミーナ。次、ダブルチーズチキングリドルは琴美だっけ?」

「ありがとユウ。サイドはマッシュポテトでコーラね」


「デミタマ、デミベーコン、Lポテトのペアセットはシスコンとブラコンね」

「その呼び方はなんだ」

「ちゃんと名乗り出たって事は、自覚あるんじゃん、周防先輩」


「で、後のラッキーセットたくさんは美鈴ね」

「なんで、私は子供用のセットなの……」


 デカい紙袋を両手いっぱいに抱えた美鈴が、不満顔で抗議してくる。


「これがコスパの良い頼み方だからだよ。はい、じゃあいただきます!」


 俺の号令により、食事が開始される。


「レンタカーなんですから、みんな汚さないでくださいよ」


 運転席の速水さんから、引率者の大人らしい注意が飛んでくる。


「は~い、速水先生」


「なんか、早朝のドライブスルーで頼んだハンバーガーを、車中で食べながら目的地へ向かうってワクワクするねユウ」


「なんか旅の始まりって感じでテンション上がるよな」


 早朝の高速道路。


 俺たちは今、速水さんが運転してくれているレンタカーのミニバンで、一路、県外の温泉複合アミューズメントパークへ向かっている。


「なんで私が助手席なのよ」

「それは私のセリフですよ小娘。早くフランクフルトを寄越しなさい。運転中で手が離せないんだから」


「女が女にフランクフルトを食べさせるとか、誰が得するのよ……」


 助手席に座るミーナが、嫌そうに速水さんの口元にフランクフルトを持って行く。


「ハグハグ……しょうがないでしょ。私もユウ様に食べさせてもらいたいのは山々だったのですが、さすがにユウ様に肉の棒を咥えさせてもらうなんて、刺激が強すぎて運転へ甚大な影響が出てしまいますから」


「うん。速水さんは、冷静に自己分析出来て偉いね。さすがは優秀な副官だ」

「恐縮です」


 モグモグ咀嚼しながら、速水さんがルームミラー越しに目礼する。


「こんなのが副官でユウ君も大変だったわね」

「そう言わないのミーナ。今日だって、速水さんが運転手を引き受けてくれなかったら、遊びに行けなかったんだし」


「それは、そうだけど……」


 今回の目的地である温泉複合アミューズメントパークは、施設利用者向けのシャトルバスが最寄りのターミナル駅から出ていたりするのだが、いかんせん、俺とミーナの顔が世間にバレすぎているので、多くの同乗者がいる交通手段は使えなかった。


 故に、車での移動が最善となり、速水さんにドライバーを頼んだわけだ。



「こうして、皆で車で移動していると、夏の沖縄旅行を思い出しますねユウ様」


「そうだね。今回は日帰りだけど」

「結局、沖縄の時と同じ大所帯になっちゃうんだから」


 一応、自分のせいでの車移動という事で、ミーナもいつもより速水さんへのツッコミの角度は鈍い。


「でも、後期に入ってからは、虎咆先輩は歌姫の仕事で忙しかったし、神谷先輩の騒動もあったりで、こうしてまたこのメンバーで集まれたのは奇跡ですわ」


「そうだねぇ。もし俺が国に幽閉されてたら、もう無理だったろうね」


 真凛ちゃんの話に、俺もうんうんと頷きながら、もしもの仮定の未来の話をする。


「もしそうなったら、私が空間転移でユウ様を救出して、そのまま人里離れたポツンと一軒家で生涯を共にするつもりでした」


「そんな事になったら、私はコンサートでユウ君のことを大暴露して世論に訴えかけてたかな」


「私はシンプルに官邸に毒ガスかな」


「本当、刈谷首相が賢明な判断をくだしてくれて良かったよ」


 単なる仮定の話なのに、なぜ真凛ちゃんと美鈴を除く女性陣は、こんな覚悟が決まっているんだ。


 怖いわ。


「どうせ、大人しく拘禁されるようなタマじゃないだろ神谷少将殿は」


「周防兄に同意」


 それに対し、冷静な2人の回答である。

 こっちの方が、むしろありがたい。


 もし、俺が幽閉されたら、この2人が必死に止めてくれていた所だろう。


「まぁね。けど、こうしてお日様の下を歩けるんだから良かった」


「じゃあ、今日は無事に守れた自由を謳歌しなきゃだね」


「おう!」


 戦争も終わり、俺の存在の世間での立ち位置という物が一先ず定まったのだ。


 国際情勢も安定しているし、最近、社会で大きく話題になった俺には、よっぽどの事が起きない限り、しばらく出動は無いはずだ。


 後は、こうして学生らしく、卒業まで遊び呆けるだけ。


 そんな気楽な未来を夢想しながら、俺は自分の分のハムチーズエッグマフィンにかぶりついた。




◇◇◇◆◇◇◇




「平和って、やっぱり幻想だったのかな……」


 争う人々の前で、俺は茫然としながら立ち尽くす。


「平和を望んで人は花を植えるはずなのに、人はその手で、またその花を吹き飛ばす……」



 俺のしてきたことは一体何だったんだ……そんな無力感に支配されそうになる。



「センチメンタルなこと言って無いで、ちゃんと左サイドをガードしろ神谷!」

「ご、ごめん周防先輩! ほら、下がって! 彼女、今日はプライベートなんで!」


 大声を張り上げながら、俺はこちらへ寄って来る群衆を、全身を使って何とかブロックする。


 目的地の温泉複合アミューズメントパークのまだ入り口なのだが、ミーナが早速、他の来場者にバレて、群衆に取り囲まれてしまったのだ。


「ミーナちゃ~ん!」


「キャアアアアッ! 銀色の髪キレイ!」

「実物、顔小っちゃい! 腰ほっそい!」

「歌ってぇ~~!」


 ミーナの銀髪は非常に目立つ。


 なので、車から降りる時から、髪をまとめてツバの広い帽子を被って出たのだが、アンラッキーな強風がミーナの帽子を飛ばしてしまい、一発でバレてしまったのだ。


「施設の警備の人はまだか?」

「ヤバい、人数がどんどん増えてる」


 そろそろ俺と周防先輩だけじゃ抑えられず、俺達一団は駐車場敷地の片隅にジリジリと追いやられている。


「私の空間転移で、緊急脱出しますかユウ様? 」

「さすがに、これだけの人数の前だし、すでに動画撮影してる野次馬もいるから、軍事機密の速水さんの術式を晒すのはマズいよ」


「じゃあ、私のホムンクルス生成能力で群衆を数の暴力で蹂躙する祐輔? 食後だから、力は有り余ってる」

「屋外で全裸の少女が溢れだしたら、完全出禁になるわ! 絶対やるなよ美鈴!」


「わた……」

「琴美のもダメ!」

「私、まだ、何も言って無いのに……」


 琴美のスタンガスで群衆を痺れさせるとか、警察・消防沙汰になる。


 どうしよう。


 周防先輩は近接戦闘能力、真凛ちゃんは諜報能力だからこの場を切り抜けるのに適していないし。


「みんな、ゴメン……私の不注意で……」


 最奥に匿われたミーナから、か細い謝罪の言葉が漏れる。


 殺到する人を押しやりつつ横目でミーナの様子を窺うと、ミーナは目じりに涙を浮かべている。


 戦場の歌姫として人々を癒す存在であるミーナが涙する。

 その理不尽さに、俺は覚悟を決める。



「となると、こうするしかないか」



 そう呟き、俺は変装用のキャップ帽と色の濃いサングラスを目元から外し、群衆に呼びかけた。



「神谷です。すみません皆さん。虎咆ミーナは、今日はプライベートで、軍務ではありません。どうか、私の顔に免じて、今日だけは彼女を普通の女の子として、そっとしておいてくれませんか」



 よく通る声。


 群衆の人たちをゆっくりと見渡しながら、訴えかける。


 そんな、少将たる威容を以って、群衆の人たちも……





「キャアアアア! ミーナちゃん!」

「顔見せてぇぇぇぇぇ!」



「あ、あるぅええ!?」



 今、テレビのニュースで話題沸騰の神谷少将ですよ俺!?

 俺の方に群衆の興味を逸らそうと思ったのに、誰一人、俺の方なんて見ちゃいないぞ。



「おい、神谷。そもそも軍服や制服姿じゃないから、みんなお前だって気付いてないんだよ」


「神谷先輩はこれといった特徴のないモブ顔ですからね」


 反応が皆無な状況にキョトンとする俺に、周防先輩と真凛ちゃんから、きついボディーブローのような言葉の暴力が繰り出される。


「祐輔。人に覚えられにくい特徴のない顔は、諜報要員として才能があるということ」

「いや、それフォローになってねぇよ美鈴」


 そんな才能要らんわ。


『すみませんマスター』


『なに、コン? ちょうどいいや。あの愚かな群衆の足元に威嚇射撃を』


 突然、内心に話しかけてきたコンへ、心に傷を負った俺は、つい感情的な指示を出す。


『いえ、それよりもっと良い解決方法があるでしょう。それを伝えるために出張って来たんですよ』


『そうだっけ?』 


『これだから、日頃、私に銃火器ばかりぶっ放させてばかりの人は……』


『何だよ、勿体ぶらずに教えろよコン』


『私とマスターの能力は “飽和” でしょう。群衆の心を飽和させれば』


『……あ、あれか!』

『完全に忘れてましたねマスター』


『だって、あれ地味なんだもん』

『そんな事言うなら、私は引っ込みますよ』


『ウソウソ! コン様、よろしくお願いします』

『まったく調子のいい……。“心的飽和術式” 発動します』


 その術式は、発動しても何ら発動の兆候や、いつ始まりいつ終わったのかも知覚できない。


 ただ、目の前の状況は劇的に変わる。


「そろそろ行こう」

「早く入館しようよ~」

「私ら、何でこんな夢中になってたんだろうね」

「ね。ただ、戦場の歌姫がいただけなのにね」



 周りを取り囲んでいた群衆は、突然冷や水をかけられたように、リゾートの正面入り口の方へゾロゾロと進んでいた。


 心的飽和の術式。


 効果は、何度も人々の心に同一の存在を積「和」させ、その事に慣れさせ「飽」きさせること。


 群衆はミーナの存在に一瞬で飽き、興味を失い、去って行った。


ブックマーク、評価よろしくお願いします。

励みになります。


先週、無事に『私が名人になったら結婚しよ?師匠 』が完結となりました。

盤外編の投稿もありますので、こちらも是非読んでみてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ