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第132話 褒め殺し

『彼は間違いなくこの国を救った。彼がいなければ、今頃日本は間違いなくどこかの属国にされていた。今があることを、この国の全ての大人は、感謝と彼への後ろめたさを持たなくてはならない』

『彼は軍で少将という階級だそうですが、最高位ではないですよね? 国の英雄として、もっと国としては手厚く遇するべきでは?』

『神谷少将の為したことを考えればそうですね。その存在の秘匿性から、彼には勲章一つ授与されていません。どこまでも、政府に都合よく使われ』


「テレビ消してミーナ」

「はいはい」


 ミーナが苦笑しながらリモコンでテレビをオフにしてくれる。


 学園から速水さんの空間転移で帰宅して夕飯を済ませたが、テレビでは相変わらず俺の事ばかり報道されている。


「褒められてるねユウ君」

「褒め“殺し”とは、よく言ったもんだね」


 されてる方としては、非常に居心地が悪い。


「私は嬉しいけどね。ユウ君が皆に褒められてるのを見るのは」


 誇らしそうにミーナは、家から持ってきた今日の新聞の夕刊の俺の記事を見てニヤニヤする。


「ミーナも戦場の歌姫として、世間に露出するのはしんどかった?」

「軍属だから、未成年でも顔が出ちゃうっていうのが痛いよね」


 そうなのだ。


 未成年なのに、マスコミに顔が出まくりなのはいただけない。


 ただ、少将という軍属の地位で考えると、それらの人事異動の情報については本来、一般に公開されるものなのだ。


 これは、為政者かあるいは軍部が暴走をして、恣意的な組織運営をしていないかどうか、民草で監視するという意味合いがある。


「とは言え、学校まで取材陣が来るのはやりすぎだろ。いや……っていうか、そもそも学校にこのまま通い続けられるかどうか……」


「え! なんで⁉」


 呑気に夕刊をダイニングテーブルに広げて見ていたミーナが、ガバッと紙面から顔を上げる。


「俺がこの学園に通うようになったのは、世間に俺の存在がバレかけたから、その隠れ蓑のためだったんだ。けど、こうして盛大に世間にバレたら、政府にはもう俺を学園に通わせる必要なんてないんだよね」


「ユウ君の歳で学校に通うのは普通じゃない!」

「俺は普通じゃないからね。良くも悪くも」


「ユウ君……」


 自嘲気味に答えた俺の言葉に、ミーナも二の句を告げられずにいる。

 っと、こうやって自虐すると、気を使わせてしまうから話題を変えよう。


「けど、どうして今回ばかりは政府はマスコミを抑えられなかったんだろ?」


 俺が帰国してまもなくの頃で、市ヶ谷の庁舎を少将としての正装姿でうろついていた姿をすっぱ抜かれた時は、軍の上層部は苦労したがマスコミを抑えこんだと言っていた。


「たしかに、ユウ君が少将である事と、大戦の英雄であることは最初からマスコミの人たちにバレてたもんね」


 たしかに。

ミーナと2人で登校した時には、完全に俺の面も正体も割れていた。


「政府が抑えきれないくらいに、気付いたら情報が拡散しつくされていたってことだよな。けど、俺の情報なんて相当秘匿レベルが高い情報に設定されていたはず」


政府がネットやマスコミをどう監視しているかは、パソコン音痴の俺にはさっぱり解らないが、バレたらこの有様になるわけなので、そりゃもう上層部は必死に予算と人員を割いていたはずだ。


 それらの監視網をかいくぐって、俺の情報を拡散させるなんて、一体どんな天才ハッカー様なんだ?


 刈谷首相が、犯人については専門チームで調査中と言っていたが、要は政府側でも尻尾を掴めていないということを意味する。


「そ、それでさユウ君。前に話してた、スキー旅行についてなんだけど、こんな状況だから、やっぱり中止……だよね?」


 俺が思考の海に沈みかけたところを、ミーナが、『パパの仕事が忙しいのは仕方が無いもんね……』と聞き分けの良い子供のように俺にションボリしながら尋ねる。


 そう言えば、俺の身元バレの騒動ですっかり忘れていたが、ミーナのスキーの指導をするって約束していたんだった。


「いや、ゲレンデならゴーグルとかで顔隠れるし、行けるんじゃない?」


「え、ほんと!?」


 ミーナがパァッと顔を明るくする。


 そんな、『パパ、仕事で忙しいのに連れてってくれるの⁉』みたいな期待を持った顔されたら、否やは言えないよね。


「ただ、さすがに不特定多数の食博客がいるホテルとかではバレるな。それじゃあ、夏の沖縄旅行の時みたいにロッジとかを借りる感じか」


「え……ユウ君と2人きり、暖炉の前でロッキングチェアに座ってコーヒーを飲みながら、しんしんと降る雪を窓から眺める……いい……」


「旅の目的はあくまでミーナのスキーの練習なんだけど」


「吹雪の中、遭難した2人がたまたま辿り着いたスキー倉庫……」


「いや、俺のスキー教練で遭難とかさせないから」


 生徒と一緒に、所詮はレジャー目的のゲレンデで遭難するとか、とんだ無能教官じゃねぇか俺。


「毛布は1枚……人肌で温め合う2人はやがて……」


 ダメだ。


 ミーナはすっかり自身の妄想の世界にトリップしてしまっていて、俺のツッコミに反応しない。


「ユウ、お腹すいた。夜食食べたい。」

「寝たんじゃないの美鈴?」


 目をこすりながら、パジャマ姿の美鈴がドアを開けてリビングに入って来た。

そして、起き抜けに夜食を所望してくる。


「はいはい。土鍋で雑炊作ったげるわ」


 妄想劇場から素早く帰還したミーナが、ルンルン気分で美鈴の夜食の準備に取り掛かる。


「なんか、ミーナ上機嫌。何かあった? ユウ」

「子供は早く寝なさい」


 いぶかし気にする美鈴が、理由を尋ねるように俺の方を見るが、一応、スキー旅行については2人の間の秘密なので適当に誤魔化す。


「だから、私は2人より年上のお姉さん」


ふくれっ面する美鈴だったが、大人しくミーナが雑炊を作るのをダイニングテーブルで待つ姿は、やっぱり食べ盛りの娘と、甲斐甲斐しくその世話をする母親にしか見えなかった。


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