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第13話 味のしないパンケーキ

「あ~、もうやってくれっちゃったな」

「も、申し訳ありません、少将……つい小娘の無礼な言動に我を忘れて」


「外では神谷君でしょ」

「し、失礼しました」


 俺が、憮然とした顔でコーヒーをすすっていると、先ほどの余裕ぶっていた大人のお姉さんキャラか打って変わって、向かいの席に座っている速水さんがしょぼくれていた。


「それで……なんでミーナは突っ立ってるの?」


 俺はテーブルの横に目を向ける。


 席の横にビシッと背筋を伸ばしてミーナはきつりつしていた。


 可愛い私服なのに、軍隊式の綺麗な屹立であるため、ファンシーな雰囲気のパンケーキ屋さんと実にアンマッチな光景であった。


「いえ……小官はここで結構です」


 強張った顔で、ミーナが敬語で返答する。


「ミーナ。だから、外では階級は関係ないでしょ。気にしないでよ」

「限度があります!」


 まぁ、確かにミーナの階級は上等兵だから、将官なんて雲の上の存在どころの話じゃないからな。

 本来なら、直接話すことすらない程の階級差だろう。


「も~、こうなるからミーナには黙ってたのに」


「ようやく己の立場がわかったようですね」

「速水さんはちょっと黙ってて」


「はい……申し訳ありません」


 ミーナ相手になると何故か態度が悪くなる速水さんをギロッと睨むと、再び速水さんは小さくなった。


「ミーナ、取り敢えず座って」

「それは命令でありますか!」


「うん。もう、命令でも何でもいいから座って。目立ってるから」


『彼女を立たせている超ドS系彼氏?』


『対面に座る美人の大人のお姉さんもいて、どういう関係?』


 と、周りの席の女性客がヒソヒソしているのだ。

 こんな状況では、折角のパンケーキが楽しめない。


 ミーナはおずおずと向かいの席に座った。


「ミーナ、まずごめんね。色々、軍でのこと黙ってて」

「そ……そんな」


 いきなり俺が頭を下げるので、まだ階級差の衝撃について行けていないミーナは、あたふたする。


「どうしても機密の関係もあったりで言いにくくてさ」

「り……理解しております」


 ミーナは素直に首肯するが、これは圧倒的に上の立場の者から言われているので、今のミーナは、ただのイエスマン状態だ。


 これは、非常に居心地が良くない。


「ミーナ。お願いだから、元の気安い感じに戻って」

「う、うん…… それで、ユウくんは本当に少将さんなの?」


「そうだね」

「何をしたら、その歳でそんな地位に……」


「戦時中の国って言うのは、昇進を気前よくばらまいたりするものだからね」


 さすがに軍事機密レベルが桁違いな俺の魂装能力や今までの戦場の話については喋れないので、ミーナにはボカした話ではぐらかした。


「研究所にいたんだから、てっきり士長とか曹あたりの階級なのかなって思ってた」

「それが普通の発想だよ。15歳のガキに将官の地位を与えるなんてマトモじゃない」


 現場で活躍している者を手厚く遇しないと、部隊の士気に関わるという方針で、大戦果の度に階級を考えなしに自動的に上げていった弊害だ。


「けど、そんな高位にいるユウくんが何で今さら学園に通うことに?」

「経歴ロンダリングのためだってさ。10歳から軍に強制徴兵されてたのが世間にバレるとマズいから」


「なるほど。やはり軍の上層部は腐っていやがるのね。やはり天誅を……」

「ミーナ?」


「あ、なんでもないよ。ただの独り言。けど、ユウくんが将官だと、私と結婚したら前代未聞の階級差カップルになるね」


「は? 上等兵の小娘が何を言っているの?」


 黙っているよう命じた速水さんが、俺の指示を無視して口を挟む。

 注意しようと速水さんの顔を見ると、瞳孔が開き切っていて、その迫力に思わずビビってしまう。


「階級差は外では関係ないですよね? 速水センセ」

「神谷少将は一兵卒の貴方では考えも及ばない程の、重要な地位にいらっしゃるのよ」


「はい。パンケーキ来たから食べよう!」


 ムキになった速水さんが、またもや機密を漏らしそうになっているので、俺は強制的に会話を終わらせた。


 折角のホイップクリームたっぷりのパンケーキだったが、味がしなかった。




「この後はどうしよっか? ユウくん」


「そうだな……午前中は俺の買い物に付き合ってもらったし、午後はミーナの買い物に行こう」


 パンケーキを食べ終わって2杯目のコーヒーを口につけノンビリしながら、この後についての予定を話し合う。


「そうだね。じゃあ、速水先生。お疲れさまでした。これで」


 ミーナがスッと立ち上がって俺の腕を掴み、そそくさと店を後にしようとする。


「待ちなさい。まるで私とはここで別れるかのような言いぐさね」


「あ、速水先生はちゃんと直接言わないと理解できない系ですか? じゃあ、はっきり言ってあげます。帰れ」


「いくら外では無礼講だからと言って、限度がありますよ虎咆さん」


 眉間にシワを寄せて威圧する速水さんの顔を、真正面から迎えうつミーナの顔は威風堂々たるものだった。


「ごめんなさ~い。でも、将官のユウくんが砕けた口調が良いって言うものですから、尉官ごときの速水さんだと、つい親しみやすさが出ちゃって。それはさておき、早く帰ってくれます?」


「不純異性交遊の気配がするから教官として見過ごせないですね」

「どうせニャンニャンするのは、ユウくんの家なのでついて来ても意味ないですよ。私とユウくんは、家がご近所の幼馴染なので」


「んぎりぃ‼」


 速水さんが奥歯を噛み締める音が聞こえた。

 ふわふわな食べ物しかないはずのパンケーキ屋で聞こえる音じゃない。



(ピーッ! ピーッ‼)



 目の前で繰り広げられる暴発寸前のやりとりを現実逃避気味に見つめていた俺だったが、スマホからの通知音で現実に引き戻された。


「神谷少将。これは」


「うん。速水さんにも来てるよね。非常呼集だ」


 メッセージを開くと、非常呼集のフォーマットの通知だった。

 非常呼集の発送元は統合幕僚本部だが、参集場所は学園だった。


「悪いミーナ。仕事が入って行かなきゃいけなくなった」

「え⁉ そうなの」


「ごめん。この埋め合わせは必ず」

「そんな、いいよ。お仕事なんだし、しょうがないよ。私の事はいいから。あ、買った洋服は私の方でユウくんの家に届けておくよ」


「悪いな。頼む」


 そう言って、俺は慌ただしく会計を済ませて、ショッピングモールを後にした。


 なお、俺の後ろについていた速水さんが、去り際に勝ち誇ったような顔でミーナに一瞥を寄越して、今度はミーナが奥歯を噛み締める音が店内に響いていた事に、俺は気付かないふりをした。


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励みになっております。

パンケーキはハワイアンマカダミアナッツソースパンケーキが好き。

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