第129話 とうとう秘密がバレた
「ハァハァ!」
俺は、下足箱の前で息を大きく吐き出して吸って、呼吸を整える。
あの後の記憶が曖昧だ。
想定外の事態に、俺は何とかマスコミの人込みを掻き分けて、校内に入った。
道中で、どうやらミーナとはぐれてしまったようだ。
大丈夫だろうか……俺のせいで、マスコミに捕まっていやしないだろうか?
何はともあれ、今は情報が欲しいところだ。
一先ず、教室に荷物を置いてから学園長室に行くかと思い、俺はクラスの教室のドアを開けた。
「おはよっす」
どうせ、朝の挨拶してもクラスの皆は、ビクッ! と怯えるだけで、挨拶なんて返ってこないのが常なので、いつも朝の入室時の挨拶は聞き取れるか否かギリギリの声量で行っている。
俺だって、クラスで浮いている自覚はあるので、なるべく目立たないように気を使っているのだ。
教室へ入ると、登校して来ているクラスメイトは、残らず教室に備え付けられたテレビの前に人だかりを作っていた。
そして、皆静かにテレビに見入っていたせいなのか、俺が教室のドアを開けた音に反応したのは、人だかりの一番後方にいた女子生徒だけだった。
「ひっ!」
女子生徒が口元を手で覆って、引き絞るような悲鳴を上げると、一斉にクラスメイト達が俺の方へ振り返る。
なに、なに?
と、いつも以上に不穏な空気をまとうクラスメイトに、俺が戸惑っていると、いきなりその場にいるクラスメイト全員が、一斉に床に迅速に這いつくばる。
「「「今まで、大変失礼いたしました! 神谷少将閣下ぁぁあ!!」」」
床に突っ伏したクラスメイト達は、土下座して床を見つめながら、絶叫するように謝罪の言葉を口にする。
「あ、いや、あの……」
「ゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい!」
「二等兵の分際で……今までの数々の御無礼、大変申し訳ありません!」
「どうか……どうか、お許しを……」
「後日、家人の者を連れて正式に謝罪を……」
俺は何とか皆を宥めようとするが、一種の恐慌状態に陥っている彼ら彼女らは、一様に謝罪の言葉をてんでバラバラに絶叫するばかりで、俺の声なんて届いていない。
俺の声が届かないという点では、ある意味いつも通りと言えばいつも通りだが。
「ふぅ、ギリギリセーフ。朝食を堪能していたら、毎度登校がギリギリの時間に……って、ん?」
遅刻ギリギリで登校してきた美鈴が、俺と俺の前で土下座して絶叫謝罪しているクラスメイト達を交互に見やる。
「美鈴! ちょっと助けてくれ!」
「これがジャパニーズ土下座……既に日本でも滅んだ古の慣習と聞きましたが、まさか生で見れるとは」
「感心してる場合か!」
「しかし、なぜ皆は祐輔に土下座して……って、これですか」
そう言って、美鈴がテレビの方に視線を移す。
朝の報道番組では、平時の番組構成を大きく変えて、俺の事が報道されていた。
『わずか10歳の少年を戦場へ投入する軍の非情』
『国家による魂装能力者への重大な人権蹂躙』
『挙げた数々の武勲による少将への異例の昇進』
『日本が各国の戦線を押し上げ始めた別名:アマテラスの夜明け期と、神谷少将の戦線投入時期がぴったり重なる』
どこのチャンネルを変えても、似たような話が繰り広げられていたので、俺はそのまま黙ってテレビの電源を切った。
◇◇◇◆◇◇◇
「どうなってんのさ高見さん!?」
すでに始業のチャイムが鳴ったが、俺は学園長室へノックも無しにドアを開けて入室しつつ、開口一番に文句を言った。
「はい。その点については、学園としては答えられません。市ヶ谷の方へお問い合わせください。窓口担当部署はええと……」
が、当の高見学園長は、執務机で絶賛、取材対応なのかクレーム対応なのか解らないが、電話でペコペコしていた。
「学園長なんだから、もっとドーンと構えててくださいよ」
ようやく電話を終えた高見学園長に苦言を呈す。
「誰のせいでこんな事になったと思って……って、また内線電話が……はい高見です。はい、はい……国会議員の先生からの神谷少将に関する問い合わせ……解りました。じゃあ、こちらに繋いでください」
げっそり顔の高見さんがため息をつきながら、職員からの内線電話の取次ぎを受けようとしている。
俺は、すかさず受話器を高見さんから奪い取る。
「どうも~、神谷祐輔少将本人であります。え~と、何先生でしたっけ? 与党の? 野党の? どっち?」
「んなっ、な⁉」
受話器の向こう側の議員先生は、予想外のご本人登場にひどく狼狽える。
「用は特に無いんですか? じゃあ、切りますけど」
「ま、待ってくれ! 君は、本当に10歳で従軍していたのか?」
「そうですけど」
「戦地では実際に戦闘に参加していたのか?」
「あの。俺について聞きたい事があるなら、もうすぐ記者発表資料なりを官邸が作成して公開すると思うんで、それを大人しく待っててくださいよ先生」
「な⁉ 貴様、私は国民の民意を背負った国会議員だぞ! それを」
初手は急に俺本人が電話に出て動揺もあったようだが、舐めた口をきくガキに即座にボルテージが上がる先生。
「必要な省庁のセクションには事前に投げるんで、そっちで聞いてください。こっちも混乱してて、一々現場で先生に個別で説明なんてしてられないんですよ。解ります?」
仕事を解ってねぇなお前は、と相手に解るように、俺は小ばかにしながら突き放す。
「きさ……貴様! たかだか制服組の軍人風情で、私にそんな口の利き方を!」
「三権分立なんで~。どっちが上とか無くて、平等なはずですし~。じゃあ、忙しいんでもう切りますね。それじゃあ」
ガチャリと受話器を落とし、フンッと鼻から息を吐き出す。
「祐輔……相手はバッジ持ちなんだから、もうちょっと穏便に」
「俺が電話に出ても即座に退散しないって事は、大したレベルの国家機密を知らされてない小物でしょ」
呆れた顔の高見さんに、俺は気にする心配はないと手をヒラヒラさせて見せる。
どうせあの先生は、怒り心頭で市ヶ谷に殴り込みをかけるだろうが、そこで青くなった党のお偉いさんにお灸を据えられるのがオチだろう。
「半分はお前の八つ当たりだったろ」
「あ、バレました?」
こちとら、クビや閑職に回されるのウェルカムです! な状態なのだ。
そんな無敵な俺にパワハラ気味な脅しをしかけてくるとか、片腹痛いを通り越して、最早愛でる対象ですらある。
「しかし、事態は深刻だな」
「ここにいても埒があかないんで、ちょっと市ヶ谷に行ってきます」
面倒だなと思いながら、俺は重い腰を上げる。
「解った」
「もう、学園側は今日は電話とホームページは落としておきましょ。俺が許可するんで」
「ありがとよ祐輔。気を付けてな」
「あ、業務なんで今日の授業は公欠で頼んますね。あと、速水さん借ります」
「そこ、今更気にするんだな。解ったよ」
「出席日数が足りなくて留年とか嫌なんで、よろしくです」
高見学園長に、こんな状態だが、ちゃんと自分はここに戻ってくる気だからと言外に伝えつつ、俺は教官室で電話の問い合わせ対応に追われているであろう、速水さんの元へ向かった。