第128話 老害ムーブするのが俺の夢
「おはよミーナ。う~、寒い」
「そろそろ冬だね」
玄関で待っていたミーナと、いつものように待ち合わせて、学校へと向かう。
なお、一緒に住んでいる速水さんは早め出勤で先に家を出て、美鈴はまだ朝食が済んでいないと後からの出発のため、2人きりでの登校だ。
「これ、冬だからそろそろ片付けた方がいいんじゃない?」
そう言って、ミーナが我が家の玄関に置かれた周防先輩がくれたシーサー像を見やる。
「家の守り神だから、1年中置いておく物みたいだよ。沖縄だから夏だけのイメージだけど」
「ふーん。今度、サンタ帽子でも持ってきて被せようかな」
「帽子はともかく、そろそろ手袋した方がいい気温だね」
隣を歩くミーナがかじかんだ手に白い息を吐き掛けて寒そうにしている。
「この時期は、お料理する時の水もびっくりするくらい冷たいしね」
「手先や足先の保護は重要だから、手袋は重要だよ」
そう言いながら、俺は軍用グローブ手袋を装着した両の手をパーにして見せる。
「ユウ君の手袋暖かそうだね。白い手袋なんて男の子で選ぶの珍しい」
「雪中行軍にも耐えられる代物だからね。さすがにマイナス20度を超えると効かなくなるけど」
「マイナス20度……」
「あれは寒いって言うより、痛いや痺れるって感覚だね」
雪中行軍で何より恐ろしいのは、敵より寧ろ寒さだ。
凍傷は取り返しのつかない壊死ダメージを身体に残してしまう。
「ってことは、ユウ君ってスキー滑れるの?」
「別に上手い方じゃないけど、冬山を軍用スキーで山を3つ越えた経験がある位かな」
「それ、一般的に言ったら超上級者なんじゃ……ねぇ、ユウ君。ここでちょっと提案なんだけど……」
モジモジとミーナが両手をすり合わせながら、上目遣いで俺の方を見上げる。
これは、ミーナがおねだりしたい時のサインだ。
「なに? ミーナ」
「もうすぐ冬のボーナスが出るじゃない? それで、一緒にスキー旅行に行かない?」
「何か、夏休みの沖縄旅行の時のデジャブが……」
「あの時は、みんなに見つかっちゃったけど、今度は本当に2人きりで!」
ミーナがむんと口を引き結んで、確固たる意志を示す。
「そうなの? スキーなら団体で行っても楽しいと思うけど」
「あのね。2人きりで行きたいのは、もちろんユウ君を独り占めしたいって言うのもあるんだけど、もう1つ理由があって……」
少し言いにくそうに、ミーナが両人差し指をツンツンして恥ずかしがる。
「私って北欧の血が流れてるからスキーが上手いと思われてて、教官から指導補助を頼まれてるんだけど、実は私スキーってやったことないんだ」
「あれ? そうなの? てっきりミリアさんに習ってるのかと思ったけど」
「うん。お母さんは北欧の田舎の生まれで、スキーでその辺の山でクロスカントリーしてたらしいんだけど、逆にお金払って人がたくさんいるスキー場で滑る意味が解らないって言って連れてってもらってなかったの」
そうだったんだ……。
まぁ、田舎の人は、都会の人が田舎暮らしに憧れる意味が解らないとか言うし、そういうのと一緒なのかもしれないな。
「で、ミーナはつい見栄を張って、スキーの指導補助の要請を断れなかったってわけね」
「お願いユウ君~。内緒でスキーを上手くなるにはこれしかなくて」
拝むように手を合わせる幼馴染のミーナの願いに、否やも無しだ。
「OKわかった。そういう事なら、2人で行こうか」
「やった~♪」
ミーナが飛び跳ねて喜んでいる。
通学中の街中なので、なんだなんだと往来の通勤途中のサラリーマンが見てくるが、当の本人は嬉しさからか気付いていない。
「もう戦争も終わったし、これからは安心して旅行とかにも行けるね」
「とか言いながら、ユウ君はこの間もジャングル行ってたじゃない」
「ま、まぁ散発的にはね。あれは、ちょっと個人的な都合もあった訳だし」
先日のユンカー要塞の件は、トシにぃのお姉さんが関わってたから、俺の方も積極的に首を突っ込みたかったから。
「けど、もう俺レベルの魂装能力者が投入されるようなシーンは無いんじゃないかな」
「そうなの?」
俺は主に大規模な戦線に投入される戦力だ。
各所が平定され、東方連合国との和平も締結された中、散発的な反乱分子との戦闘はあるだろうが、それらは現地戦力で十分に対応できるはずだ。
「俺の能力は小回りが利かないからね。その点ミーナの虎咆の能力は、純粋な歌唱力にも活かされてて、平時でも活躍できていいよね」
「ユウ君は、もう戦場に立てないのは正直寂しい?」
「いや、全然! ゴロゴロ食っちゃ寝して、『俺が若い頃はジャングルで苦労して~』って若年新兵に酒飲みながら老害ムーブかますのが俺の夢だから」
「そ、そうなんだ……」
戦後も音楽隊の歌手としての使い道がある自分に後ろめたさがあるのか、ミーナは聞きにくそうに俺に尋ねてくるが、当の俺は何も気にしてない。
「私の方は、下手に音楽隊にも所属してるから、学園を卒業したらそっちに専念になるのかな」
「ミーナは入学当初は特火戦力として戦場に立つつもりだったのに、変われば変わるもんだね」
「ユウ君のおかげだよ。けど、ユウ君を強制徴兵した当時の軍の上層部の奴らには、いつかきっちり詰め腹を切らせるからね」
「それは、もういいから。つまらない仇討ちなんてしてミーナが責任取らされるなんて嫌だよ俺は」
「優しいのねユウ君は。でも、ちょうど良い復讐方法があるの。まさに全方位WIN WINな」
「ちょうど良い復讐?」
言葉だけ聞いても、イメージが具体的には浮かばなくて、ミーナに問い返す。
「私がこのままアイドルとして更に人気になるでしょ? で、その人気絶頂の時に、ユウ君と結婚して寿退官してやるの」
「ちょっと待ってミーナ」
シレッと俺との結婚という重要な要素があるけど、そこは俺の同意を得なくてはならないのでは?
「それによって、軍のお偉いさんの面目は丸つぶれ、更に退官して暴露本を出版して」
駄目だ。
ミーナのざまぁ復讐計画妄想が爆発していて、話をきいてくれない。
こういう時は、変に突っ込まないでガス抜きさせてあげよう。
きっと、ミーナは連日のアイドル歌手活動で疲れているだけなんだ。
多分……。
と、横でミーナの復讐計画譚を聞いていると、校門が見えてきた。
「ん?」
俺は、思わず立ち止まる。
「あれ、ユウ君どうしたの?」
「校門の前に何だか人だかりが……って、マスコミだな、あれ」
人だかりを見ると、スチールカメラやビデオカメラを持っている人たちが見受けられる。
「なんだろう? 私の取材については、学園周辺では禁止のお達しを出してるはずなんだけど。もしかして、私とユウ君の熱愛の事実がすっぱ抜かれて」
いや、そんな事実ないから。
とミーナに突っ込みたいところだったが、それどころではなくなった。
こちらが校門前に居たマスコミの集団に気付いたように、むこうもまたこちらに気付いた。
ミーナの銀髪は、遠めでも目立つからな……。
ドドッ! とこちらに押しかけてくるマスコミの一団が小走りに近づいてくるのを視認し、俺はミーナを自分の背後に庇った。
「はわわ! 自分を盾にして守ってくれるユウ君、年下後輩なのにかっこいい……これは結婚発表秒読み……」
とかミーナが呑気なことを背後で呟いているので、どうやらマスコミへの抗議は俺がしなくてはならないだろう。
ちっ! しかし、なんで一斉に各社マスコミが協定を無視するこんな横暴を……
と思った俺の疑問は、奇しくも各マスコミから投げかけられた質問によって、晴れた。
「あなたが神谷少将ですね!」
「10歳から従軍していたというのは事実ですか?」
「子供の頃に軍に拉致されて人間兵器として仕立て上げられたというのは本当ですか?」
集まったマスコミたちは、後ろに庇ったミーナの事を見向きもせずに、矢継ぎ早に質問を俺に投げかけてきた。
記者の突き出してくるボイスレコーダーやガンマイクに囲まれて、俺はしばし状況が飲み込めず、茫然と立ち尽くすことしかできなかった。