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第127話 その除隊届は受け取れないですね

「宴じゃ~!」


 ハオ族語は解らないが、多分そう言ったんだろうな~ という小箱司令の号令と共に、どんちゃん騒ぎが始まった。


 見事に敵を退けた祝いに、そして今日も家族が無事であったことを、そして地面に眠る戦友への手向けとしての乾杯の後に、焚火を囲んでの宴が開催されていた。


 できれば、キンキンに冷えたコーラでも飲みたいところだが、あいにくそんな設備はこのユンカー要塞には無い。


 そして、宴の場にはもちろん、


「またお前か……」


 緑色汁の伝統料理、ハオティの登場である。


「あ、でも心なしか、お昼に食べた時より食べれる」


「ホントだ。ジャングルの暑さでたくさん汗かいたから、塩気の強いハオティがちょっと美味しく感じられる」


 地元の料理って、ちゃんと地元風土に合った栄養が摂取できて理には叶ってはいるんだよな。

 まぁ、臭いは相変わらず強烈だから好きにはなれなさそうだけど。


「本当にありがとう。一献どうぞ」


 小箱司令が瓶とカップを持って立っていた。

 一献と言っているので、おそらく酒だろう。


「あ、俺と美鈴は未成年なんで」

「お酒は速水が好き」


「これ美味しい! フルーティ」


 遠慮するのも悪いので、俺の代わりに飲んでと頼む前に、速水さんはもう注がれた酒を飲み干していた。


「お、速水少尉は酒はいける口か。居住キャンプにあるヤシの木の実から作られた酒だ。家庭ごとに醸造する家庭酒だから、味も微妙に違うぞ」


 パカパカ酒をあおる速水さんに、次々とハオ族兵たちが酒を注ぎにやって来る。


 自家製の酒を振舞うというのは、最大限の歓待の気持ちの表れだから、敵の大軍勢を退けた俺たちに感謝してくれているのだろう。


「美鈴の姿を見ても騒がなくなって良かったです」

「前線に立って、東方連合国軍を追い返してくれた様子を皆見ていたからな」


 突撃少女としてハオ族から恐れられていた美鈴だったが、自分たちの味方になってくれたという事を、ユンカー要塞の皆が認識してくれたようだ。


「紗良。お前、酒は……」

「大丈夫だよニャラン。乾杯の時も口をつけた振りだけだから」


 傍らにいる副官のニャランさんと小箱司令が、コソコソと話をしているのが聞こえた。


 ん? 司令のことをファーストネーム呼び? 宴会の場だから無礼講?


 あ、そう言えば、ニャランさんって、居住キャンプで攻撃を受けた時にも、とっさに小箱司令のことを紗良って呼んでたな。


 そして、お酒を口にする事に、ニャランさんが苦言を呈するというより、おもんばかるという感じ。


 これは、まさか……。


 俺の中で、一つ一つのピースが一直線につながった。


 そして、同時に一つの妙案が浮かんだ。


「それで、小箱大尉。除隊の件ですが」


「ああ、そう言えばそうでした。戦闘のゴタゴタですっかり忘れてました。こちら、署名したものです」


 司令でなく、あくまで日本軍での地位である大尉呼びをしたので、小箱大尉もすぐに俺の言いたいことを理解したようだ。


 ちょっとクシャクシャになってしまっているが、自署名がされた除隊届を小箱司令が俺に手渡そうとする。


「姉ちゃん、やっぱりこっちに残るのか」

「ああ。私は、ここに骨を埋める覚悟だ。ただ要塞を築くだけ築いて、そのまま自分だけ日本に戻るなんてことは出来ない」


「そうか。姉ちゃんならそう言うと思ったけど」

「すまんな利明」


 少し寂しそうだが、現地での様子を見て納得もしているという感じのトシにぃに、小箱大尉が姉として笑って答える。


 そんな美しい姉弟愛のシーンに、俺が爆弾を投下する。


「残念ですが、その除隊届を受理する訳にはいかなくなりました」


「「え!?」」


 小箱大尉ではなく、副官のニャランさんとトシにぃが、俺の発言に反応する。


「…………」


「俺たちに隠してる事実がありますよね? 小箱大尉」


 俺が突如投げ込んだ爆弾に取り乱したりしないところは、流石は特殊部隊としての教育を施された精兵だ。

 今頃、小箱大尉の頭の中では色んなパターン分けをしている所だろう。


 トシにぃは訳が解らないという感じで、副官のニャランさんは険しい顔つきで小箱大尉の顔を見やる。


 すると、思案の結論が出たのか、フッと小箱大尉の空気が緩む。


「いやはや。お若いのによく気付きましたね」


「部下の言いにくい事を汲み取ってこそ優秀な将官だと習ったので。幹部研修の内容はうろ覚えですけど、これは大事なことなので覚えてました」


 除隊届をズボンのポケットに押しこむ小箱大尉の賛辞の言葉に、俺が謙遜してみせる。


「お話の途中失礼します神谷少将。質問の許可を」

「小箱中佐、発言を許可する」


 軍儀礼にのっとった質疑をトシにぃが投げかけてきたので、俺も同様に返した。


「姉の小箱大尉の届を不受理とした理由は何なのでしょうか?」


 俺は、小箱大尉にトシにぃに話してよいかと目線で尋ねると、小箱大尉は首肯した。



「だって、小箱大尉は今、妊婦さんだよ」



「はぇ!?」



 予想外過ぎたのか、トシにぃが間の抜けた声を上げる。

 しまった、今の声は貴重だったな。


 録音しておけばよかった。


「ええ!? 小箱大尉、オメデタなんですか⁉ おめでとうございますぅ! お相手はどなたなんです?」


 すでに大分、お酒で出来上がってる速水さんが、ズケズケと聞いて行く。


「こういうことです」


 そう言って、小箱大尉は副官のニャランさんに寄り添い、その肩をニャランさんが抱く。


「きゃあぁ! 戦場で芽生えた上官と部下の愛なんて素敵!」


 キャッキャとはしゃぐ速水さんとは対照的に、トシにぃはまだ色々と情報が整理しきれてないのか固まっている。


「トシにぃも、もうすぐ叔父さんになるんだ。良かったね」

「妊娠が、なんで姉の除隊届を受理しないことにつながるんだ?」


 俺がからかうと、トシにぃはようやく再起動する。

 が、お姉ちゃんの妊娠というニュースを脳が処理しきれていないのか、いつもと違って思慮が浅い。


「解ってないな、トシにぃは。軍にも産休と育休があるんだよ。どうせなら、それらの制度を使い倒してから辞めるのが吉でしょ」


「そんな、人事制度を悪用するような」


「軍人だって労働者なんだから、制度上の権利を行使するのに躊躇なんていらないよ。ましてや、今まで特殊作戦群として過酷な任務にあたって来たトシにぃのお姉さんなら、なおさら自分の都合で組織を振り回したって、バチは当たらないよ」


 トシにぃの懸念を俺は一蹴する。


「あと、産休育休に入る小箱大尉には、日本軍として代替要員を送る必要があるよね。ただ残念ながら、大尉相当の人をユンカー要塞には配属させられないんだ。だからさ」


 そう言って、俺は美鈴の方を振り返る。


「美鈴の分体を何人か定期的に派遣するという形にしたいんだけど、どうかな?」


 これぞ、将官の醍醐味、ギリギリのルール内でのゴリ押しである。


 これで、産休育休の代替要員として、今後も美鈴の分体を日本軍として派遣する言い訳が立つ。


 外務省と軍の人事局は泣くかもしれないけど、こちとら今まで散々な目に合ってきてるんだから、多少は許されるでしょ。


「こちらとしては願ってもない話です」

「私も、今後のことを懸念していた。東方連合国は、ほとぼりが冷めたらまたこの要塞を攻めてくる」


 どうやら派遣する、される双方ともに異論はないようだ。


「という訳で、後日に産休・育休に関する書類をお持ちしますね。じゃあ、後は宴を楽しみましょう」


「うぇ~い! 妊婦さんの小箱司令の分までお酒は私に注いじゃってくださ~い!」


「速水さん。あんまり飲み過ぎないでね。明日、二日酔いで空間転移して事故になるといけないから」


 一時はピリついた宴の場だったが、無事に小箱司令が残留して、おまけに美鈴の分体と言う頼もしい援軍が継続派遣されることが決まり、宴の場は一気に盛り上がった。


「俺にも一杯ください」


「大丈夫トシにぃ? ここのお酒、結構アルコール度数が高いみたいだよ」


 速水さんのへべれけ具合を見るに、ハオ族自家製酒は沖縄旅行での泡盛並みだ。


 自家製の酒って、結構アルコール度数にバラつきがあって、現地の酒は酔いやすいという感じなんだけど。


「今日は酔いたい気分なんだ。なにせ、俺に甥か姪が出来るんだからな」


 そう物憂げに言いながら、トシにぃは杯を傾ける。


「トシにぃ、お姉ちゃんをニャランさんに捕られたみたいで寂しいんでしょ?」

「ぶっ! 何言ってるんだ!」


「大丈夫。お姉さんがいなくても、俺がトシにぃの弟だから。トシにぃがいくら度し難いシスコンでも、俺は決して弟として見捨てないから」


「誰がシスコンじゃ! 違うわ!」


 皆の笑い声と焚火の煙とニャオティのくせつよ臭が立ち上る騒がしい宴で、夜は更けていった。


ユンカー要塞編はこれにて終了。

次回は久しぶりにラブコメかな。


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