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第125話 ハリネズミの攻防

「かなり前線が圧しこまれてますね小箱司令」


「うわっ!? ビックリした! って、なんで神谷少将閣下たちがここにいるんですか⁉」


 速水さんの空間転移で、ユンカー要塞の指令室に突如として現れた俺たちに、小箱司令が素っ頓狂な声を上げる。


「状況は?」


 今は、色々と経緯を説明している時間も惜しいので、小箱司令から現況報告を求める。


「敵の猛攻です。敵は通常時の5倍の戦力を投入してきました。奴さんたち、とうとう本腰を上げてこの要塞を陥落させにかかったみたいです。要塞の勢力陣地が20%敵の手に落ちました」


 迫撃砲の弾着音が激しい中、小箱司令が端的に現況を報告するが、その内容は絶望感を伴うものだった。


「ゴメンね。多分、ここを東方連合が本気で落としにかかってるのは、日本が遠因だと思う」


「と言うと?」


「日本はまもなく、東方連合国との戦争を終わらせる」

「そのため、対日本のための余剰戦力が、こちらに振り分けられたと?」


「それに加えて東方連合国にとっては辛い条件での休戦になる。だから、東方連合国としては、怒れる世論を鎮めることと、傷つけられた民族としての尊厳を早急に取り戻す必要がある」


「なるほど。ユンカー要塞をおとして、小さなトロフィーを掲げようというのが奴らの狙いですか」


 苦笑した小箱司令が、非効率なことをと呟く。


「という訳で、このままこの要塞が陥落されたら日本としても夢見が悪いから、ちょっとだけ協力させてもらうよ。


「し、しかし良いのですか? 本国は何と言って」


「軍令無視してこのユンカー要塞に留まりつづけた小箱司令なのに、本国の命令も何もないでしょ」


 俺は小箱司令の逡巡を笑い飛ばしながら、一緒に空間転移してきたニャランさんの方を向く。


「ニャランさん。オープンチャンネルで、こう東方連合側に通信してくれる? 『ユンカー要塞には現在、貴国にとっても重要な国家の要人を招いている所である。直ぐに攻撃を停止せよ』って」


「はい。解りました」

「大丈夫なのですか少将!? 私共のために、そんな自身を曝すような真似をして」


「報酬分は働かないとなんで、これくらいはお安い御用です」

「はぁ」


 少女のクソマズチョコバーの件を知らない小箱司令は、何だかよく解らないと戸惑った顔をしている


 後ろでは、ニャランさんが通信マイクを使って、東方連合国の言語と英語で繰り返し、先ほどの俺の指示した文章を読み上げている。


 ニャランさん、何か国語喋れるの⁉ 有能過ぎないか。


「任務でユンカー要塞に来てるのは事実だし。これで撤退してくれるのがベストだけど……」


 ニャランさんの通信が終わって、しばらく戦況を眺めてみるが、迫撃砲の勢いが治まる様子はない。


「ニャランさん、東方連合国側からの返答は?」

「何もありません」


「一応、同じメッセージを繰り返し伝え続けるように通信兵に指示して。ただのアリバイ作りのためだけど」


 そう言って、俺は戦況を示した砂盤の前へ移動する。

 砂盤とは、ユンカー要塞と周囲の起伏や原生林などを再現したジオラマ模型だ。


 ここに、想定される敵兵力の侵攻具合がリアルタイムに表現される。


『ユーロ国境側である背面以外がカバーすべき範囲かな。コン、久しぶりのお仕事だぜ』


『はい。イーゲルレーゲンですか?』

『さすがコン。言われなくても解ってるね』


『迫撃砲の雨を防ぐには、こちらも雨を降らせるしかありませんからね』


『そういうこと。じゃあ、行くよコン』


「魂装発動 イーゲルレーゲン。敵を近づけるな」



 目の前の砂盤で見当をつけたユンカー要塞の外周部分を、ガトリング砲を束ねた砲門が埋め尽くす。



「砲撃開始」



様々な角度の仰角で空を向いた砲門たちが、地面から上空に弾丸の雨あられを打ち上げる。


 結果、迫撃砲たちは空中で爆散していく。


「イーゲルレーゲン。独語で『ハリネズミの雨』か」

「対ユーロ戦でよく使ったから、その呼び名になったんだよね」


 ハリネズミは臆病な性格ですぐに自分のトゲトゲで丸まってしまう生き物だから、そうやって、殻に閉じこもる敵を卑下する皮肉で命名されたんだと思う。


「トシにぃは懐かしいでしょ? これでよく、拠点防衛してたもんね」


「ああ。ガトリング砲を恒常的に切れ間なく撃ち続けるのは、技術的にも経済的にも不可能だから、敵からしたら反則技もいいところだな」


「弾薬だけでも、実弾換算したら1秒で億の金がかかるからね」

「まさしく、魂装能力者だからこそ可能な、物理を無視した防衛機構ですね」


 小箱司令が、唖然とした様子で即座に戦況が塗り替わった前線を見て呻く。


「さて、迫撃砲はとりあえず止んだかな。さぁ、どうする? もはや、迫撃砲の無力化も出来ていない要塞に、正面から歩兵が突撃するしか手立てはないぞ?」


「祐輔、楽しそう」

「たった一人で戦況をひっくり返すユウ様素敵です」


 勝っている戦闘というのは楽しいもんなので仕方がない。


『本当は、高高度直上から爆撃されたら要塞はあっと言う間に堕ちますけどね』


『ユーロの防空圏に被るから、その心配は要らないよ。それが出来てたら、東方連合側もとっくにやってるよ』


 地の利、外交情勢、すべてのバランスを見た上での好立地。

 これが、圧倒的に武力で劣るハオ族がこの要塞を長年もたせることが出来た理由だ。


「けど、これじゃあ、祐輔が撤退したらまた東方連合は攻めてくる」


「そこなんだよな……」


 日本の重要戦力の俺がこのユンカー要塞に関わっていることが判明したのだ。

 東方連合側は、少なくとも日本を刺激したくない時期には、ユンカー要塞の侵攻を外交上の理由で控えるだろう。


 ただ、それも喉元過ぎればだ。


「私に考えがある。速水、小箱司令。ちょっと相談が」


 何やら、女性陣3人でコショコショと内緒話が展開される。


「なるほど。ちょっとキャンプの子供のいる集落に至急、確認します。ニャラン。速水少尉殿に帯同してキャンプに至急あたってみて」


「わかりました」


「なに? 美鈴、何かするの?」


「祐輔は撃ち続けてて」


「あいよ。こっちは一晩でも撃ち続けられるけど、敵さんが戦意喪失して帰る前にね~」


 できれば、夕飯時になる前に帰ってきて欲しい。

 またハオティ食べたくないし……。


 段々と傾きだした日を眺めながら、俺はハオティの味を思い出して身震いした。


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