表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/135

第123話 歓待のハオティ

「うはは! 味噌汁バカ旨い! ヤバい、ちょっと涙出てきたわ」

「インスタントだけどな」


「いや、味噌汁なんて数年ぶりに食べたわ。しかも、赤だしで故郷の味。さすがの利明チョイスだわ」


 ようやく牢から出してもらえた俺たちは、食事を共にしようと小箱紗良司令に誘われて、車座で食事をしていた。


 そして、紗良司令は、トシにぃが持参したインスタント味噌汁を作り、久しぶりの和食にご満悦な様子で食べていた。


「ぐぅ……このハオ族の伝統料理……相変わらず匂いの癖が凄い……」


「ユウ様……このスープ、食べて大丈夫なんですか?」

「スープの色が緑色……」


 対して、俺たちの前には、ハオ族の伝統料理であるハオティが振舞われていた。


 ユンカー要塞の周囲を走る川で獲れる川魚を発酵させたものを汁と具材にしたスープで、魚醤やナンプラーを数十倍強烈にしたような匂いの料理だ。


 俺は、ジャングルで食べる獣肉なら、割と癖が強くても香辛料で誤魔化せば比較的にいける口なのだが、発酵系統の料理は不得手なのだ。


「アハハッ! 少将閣下は、ハオティの料理は口にした経験がおありなんですね。日本人的には、中々に受け入れ難い風味と味付けでしょ」


「いえ。せっかく振舞ってもらっている料理ですからいただきます」


 無理をしなくても良いと言外に言ってくれている小箱紗良司令だが、俺は目の前の緑色のスープに口をつける。


異民族同士で共闘する時には、何よりも信頼関係が大事だった。


 こういう風に、相手の国の文化を尊重していると明確にわかるように示すことは、とても大切な儀式でもある。


「ふぐぅお……」

「おぶっ……」


 しかし、実際に舌に合うかはまた別次元の問題である。


 俺と速水さんは気合を入れて何とか飲み込むが、口の中に、まだ独特の風味がのさばっているので、水筒の水を飲んで洗い流す。


「塩味がきついが食べられる」

「…………」


 なお、食いしん坊の美鈴は割とストライクゾーンが広めなようだ。

 大陸出身だからか、比較的似た系統の料理を幼少時に食べていた経験の有無の差がでかそうだ。


 あと、トシにぃはポーカーフェイスを気取っているが、汗が噴き出ているから、無理してるのがバレバレだ。



「さて、単刀直入に聞きます、小箱司令」


「2口目を食べる勇気がないから、早速本題という訳ですね」


 小箱司令がニヤニヤしながらも、こちらにむけて座りなおして居住まいを正す。


「う……さすがは、トシにぃのお姉さん。鋭い……」


「まぁ、儀礼的に食べてる役回りは、副官の弟が担うからいいでしょう」

「ちょ!? 姉貴!」


「小箱中佐。司令のご厚意に甘えて、食事を続けなさい」

「祐輔、姉貴……お前ら、後で覚えてろよ」


 悪態をつくトシにぃに料理を押し付けたところで、俺は今回のユンカー要塞訪問の主目的の話を始める。


「小箱司令は日本に帰投する意志はありますか?」


「…………」


 小箱司令は口元に微笑みをたたえながら、無言で味噌汁を一口すする。


 日本語で語り掛けたのだが、なぜか小箱司令の後ろに立つ副官が、ピクリと反応していた。

 副官は、明らかにハオ族だと思うのだが、日本語が解るのだろうか?


「とっくに私は、戦時行方不明扱いになっているかと思っていましたがね」

「あなたの名前は、予想以上に、外部で有名になっていますからね」


「やはり、異国の女性兵士が独立運動義勇軍の要塞の司令では、目立ってしまっていましたか」


 小箱司令が苦笑するのを、弟であるトシにぃはハオティの入った器に口をつけて顔をしかめながらも、ジッと見ていた。


「私は特殊作戦群として、この地に赴きました。当時、ハオ族の軍事レベルは低かったので、私の方で教練しました」


「そういうのも特殊作戦群の仕事なんですね」


「よく、特殊部隊の隊員は、通常の兵の何十倍もの力を持っていると言いますが、あれは単純な戦闘技能の話ではなく、こうやって現地民族を戦闘教練して、何十倍もの兵力を生み出す能力があるという意味でもあります」


「なら、小箱司令は十二分に任務を果たしたと思いますが」

「そうなんですけどね……どうにも、こちらに居ついてしまって……」


「情が湧きましたか?」

「そんな所です。ただ、ホッとしました」


「トシにぃの味噌汁がですか?」

「いえ。少将が、いきなり帰投命令ではなく、私に帰投の意志を確認してくださったことにです」


 そう言って、小箱司令はカップの味噌汁を飲み干す。


「大の大人ですからね。こういうケースも想定してました」


 俺は背嚢から書類を取り出した。


「これは退役届の書類です。これに自署名を貰ったら、小箱司令は晴れて民間の人です」


「……一応、返答を一晩待っていただくことは出来ますか?」


 俺から書類を受け取りながら、小箱司令は申し訳なさそうに、俺に期限について尋ねた。


「もちろんです。ゆっくり考えてください」


 力を見込まれて、現地の重要な要塞の司令官を任されるという立志伝の者で、豪放磊落を地で行っているという感じのトシにぃのお姉さんだが、やはり即署名とはならないか。


 これは、実質的に、故国を捨てることに近い選択だからだ。


「ユウ様よろしいのですか? 上層部からの指令は、小箱大尉の救出のはずですが」

「いいんだよ。手荒な真似をしてまで、無理やり連れ帰りたくないしさ」


 速水さんの空間転移を使えば、瞬時にお姉さんを日本に連れ帰ることは可能だ。

 だが、どう見ても、小箱司令は自分の意志でこちらに残っていたようだし、それなら自分の意志で軍を辞める選択をすればいい。


 ほぼ、世界大戦の趨勢が決まった今の情勢下なら、日本の軍の上層部もうるさい事は言わないはずだ。


「温情、痛み入ります」


 小箱司令が頭を下げる。

 そんな姉の様子を、少し複雑そうな顔でトシにぃが見ているのを、俺は見逃さなかった。


「で、トシにぃは、どうなの?」


「……俺は別に」


「ヤダヤダ! お姉ちゃんも一緒に帰ってくれなきゃヤダヤダ! ってベソかいて、お姉さんにすがりついても良いんだよ? トシにぃ」


「そんな事するか!」


「あ、俺たちは一回日本に帰投するけど、トシにぃはユンカー要塞に残ったら? 大丈夫。俺たちはいないから、存分にお姉さんに甘えな」


「おう。ハオティ片手に語り明かすか利彦」

「いや、ハオティは既にお腹いっぱいだから!」


 やっぱりお姉さんと言う身内の前だからか、珍しく感情を露わにするのが多いトシにぃがおかしくて、思わず場が和む。



「あ、敵来た」



 ただし、そんな和やかな時間は、実に容易く終わりを迎えた。

 美鈴のつぶやきと同時に、ユンカー要塞内にけたたましいサイレン音が鳴り響いた。


作中に出てくるハオティはニャオティという料理をモデルにしています。

可愛い名前とのギャップが凄いらしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ