第122話 成人してからの姉弟関係って何かアレ
「ねぇ祐輔」
「なんだい? 美鈴」
「貴方はハオ族は温厚な人たちと言っていた」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、この状況は何?」
俺たちは今、日本から遠く離れたジャングルに位置するユンカー要塞の、牢獄に拘束されていた。
「さ、さぁ? なんでだろ? 最初に、要塞の正面に空間転移した時は、ハオ族の兵たちは歓迎してくれたんだけどな……」
基本的に日本の兵は、東方連合という共通の敵に対するため、ハオ族の人たちとは共闘した過去があったので、日本兵に対して悪感情はもっていないと思うのだが。
「ユウ様……私には小娘2号が彼らの前に姿を現した所から、ハオ族の人たちの様子が豹変したように見えたのですが」
「俺もハオ族の言語は、基本的な単語しか覚えていないから確かな事は言えないが、『悪夢』とか『悪魔』、『突撃』みたいなワードを、彼らは叫んでたな」
速水さんと、トシにぃが同時に美鈴にジトッとした目線をおくる。
「まぁ、ぶっちゃけると全部私のせい。むしろ、よく即射殺されなかったと感心している」
「美鈴って、ユンカー要塞とはどんな関係だったの?」
「ここ、ユンカー要塞は背後と側面を激流の川により守られ、正面からしか攻撃が出来ない天然の鉄壁の要塞」
「そうだね。少数民族で、武力総量では圧倒的な差があるのに、ハオ族がここまで戦ってこれたのは、地の利を最大限に生かしていたからだね」
ハオ族にとっては、正面だけを守れば良い。
そして、その正面は当然ながらトラップや地雷が仕掛けられまくっている。
「敵の東方連合としては、待ち構えるハオ族の兵の正面から突撃するしかできない、悪夢のような戦場だった。だから、私が投入された」
「美鈴が投入されたっていうのは、ホムンクルス生成能力で生み出された分体がこのユンカー要塞の戦場に投入されたって意味?」
「そう。投入された単位は千ダースにのぼる」
「そんなに……」
つまり美鈴の分体たちは、そのおびただしい数だけを頼りに、正面からハオ族の攻撃に晒されながら、ユンカー要塞へ幾度となく突撃を繰り返していたようだ。
それは、ハオ族の兵がいたいけな同じ顔と背格好の少女兵を撃って来たことを意味する。
そして、殺しても殺しても、次々と同じ顔の少女兵が投入されてくる。
これは、ハオ族の兵はノイローゼになってもおかしくはない。
「私を投入するには、ある意味打ってつけの戦場だった。ただ、その圧倒的な物量をもってしても、この要塞の攻略は叶わなかった。そうこうしている内に、バッテリーの技術が開発されて、そちらへの分体の供給が優先されるようになり、このユンカー要塞の攻略は後回しにされるようになった」
元々、東方連合としては、ユンカー要塞は制圧したとしても国家戦略上、是非とも攻略が必要な要衝という訳ではない。
あくまで、少数民族の独立の機運をこれ以上広めないために、ポーズとして叩いておく必要があるというだけだ。
ユーロとの国境にも近いため、爆撃機を飛ばすことも叶わず、ただダラダラと戦費と命を垂れ流す場所になっていた。
「そりゃ、ハオ族の人たちにとっては美鈴の顔はトラウマだわ」
「まったくだよ。ようやく、最近は戦闘も無くなってヒマになったと緩んでいた矢先に、トラウマのオリジナルが来たんだからな。兵たちをなだめるのが大変だったぞ」
俺の独り言に、檻の外から返事が返って来た。
「あなたは……」
檻の向こう側に現れたのは、長い髪を三つ編み一本で束ね、戦闘服の上にハオ族の民族衣装の布地のストールを巻いた女性兵士だった。
「どうも。ここ、ユンカー要塞の司令を務める者だ。ようこそ、日本からの来訪者よ」
日に焼けた肌だが、顔立ちからそれと分かる通り、その女性は日本語を話し出した
「……氏名、所属部隊と階級、認識コードを述べよ」
「小箱紗良。認識コードはもう忘れた。所属は陸軍の特殊作戦群で、階級は大尉。もっとも、まだ私の籍が日本軍にあればの話だが」
誰何の言葉を投げたトシにぃに、檻の向こう側の女性が微笑んだ。
「認識コードは確認できませんが、小箱紗良大尉本人で間違いないです。肉親の自分が証言しますので、間違いありません神谷少将」
それに対し、トシにぃは事務的なやり取りの言葉だけを俺に寄越した。
「そっか。初めまして、紗良大尉。日本軍の神谷祐輔少将です」
「その歳でジェネラルですか……いやはや」
こちらの陣容的に、弟のトシにぃが部隊長だと思っていた紗良大尉は、苦笑しつつ、一人納得したように独り言ちた。
「驚きましたか?」
「ええ。けど、少将の名と、ハオ族と共闘した際の数々の武功は、この辺鄙なジャングルの奥にも轟いてきていました」
どうやら、俺の顔は知らなくても、名前と少年軍属という事で誰なのかは一致したようだ。
「お互い素性が解った所で、ここから出してもらえますか?」
「申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。何せ、“突撃少女の悪夢”が敵でない旨のアナウンスを行き渡らせてからじゃないと、要塞内を歩かれるのはちょっと……」
「突撃少女っていうのは、もしかしなくても美鈴のことですか?」
「ええ。ここの兵は、私も含めて全員が、彼女の悪夢を夢に見ますから」
紗良大尉が苦笑しながら、美鈴の方をちらりと見やる。
すぐに視線を外した所から見るに、本当に美鈴が苦手なようだ
「突撃少女の悪夢ってカッコいい戦場の二つ名じゃん美鈴」
「ここの兵の夢見を悪くさせてしまっている自覚はある。私は、この要塞内では顔を隠すようにする」
「ご配慮、痛み入ります」
紗良大尉は頭を下げた後に、横に居る副官と思しき男性兵士にハオ族語で何ごとか指示する。
多分、美鈴のことについてのアナウンス内容を指示しているようだ。
「ほら、トシにぃ。さっきから黙って仏頂面して立ってるけど、こっち来なよ。まだ、ここを出るまでちょっと時間がかかるみたいだし、今は目をつぶるから、お姉ちゃんと久しぶりの再会を喜んだら?」
「いや、俺は」
「いいから、いいから」
俺は、気を利かせたつもりで、背後に控えていたトシにぃの背中をグイグイと押して、前方に押しやる。
「数年ぶりだな利明。何だお前、ちょっと老けてオッサンになったな」
「別に……そんなのお互い様だろうが姉貴」
お姉ちゃんの語りかけに、トシにぃはまるで反抗期の子供のように、ボソボソッと答えを返す。
「おっと、今は中佐殿か。階級抜かれちゃったな。今は何してるんだ?」
「軍の幼年学校で教官してる……」
「アハハハッ! しょっちゅう子供の頃に私に泣かされてた鼻たれが軍の教官か」
「ちょっ! 姉貴、毎度毎度、そうやって小さかった頃のエピソードトークでマウント取るのやめろよ」
「こいつ、軍ではどんな感じなんですか? 神谷少将」
「はい。トシにぃは俺にとって、憧れの兄貴分です」
「ブフッ! 良かったじゃん利明、兄貴面出来る弟分がいて。あ、でも、その弟分に階級抜かれてるのかお前」
「もぉ~ 黙れよ姉貴」
ヤバい……何だろこれ。
数年ぶりに再会するのに、何の打ち合わせもなく息がぴったりな軽妙なやり取りをする姉弟の姿って、すごく尊い。
そして、いつもは兄貴然としてるのに、いいようにお姉ちゃんにやられてるトシにぃが可愛い。
「今ならちょっとだけ、姉キャラをこじらせてる速水さんの性癖が解る気がした」
「本当ですかユウ様⁉ じゃあ、今度は年の離れた姉弟シチュで授乳」
「ごめん、さっきの発言撤回するわ」
速水さんの性癖の深淵を垣間見た口直しに、俺は再度、目の前の姉弟の久しぶりのじゃれ合いへ視線を戻した。
そこには、軍人や要塞の司令官としてではなく、久しぶりの姉弟としての触れ合いがあった。
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久しぶりにエッセイを書きました。
『共働き子育て世帯の小説書きの1日ルーティーン』
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