第12話 速水先生の優越
土曜日。
入学式と、入学早々に決闘騒ぎに巻き込まれたが、戦場と比べれば平和なものだ。
そして、学校は完全週休2日制。
戦場を飛び回り、休める時にシュラフに包まって、そこら辺に寝転がって休むという生活しかしてこなかった俺にとっては、カレンダー通りの休日でベッドの上で惰眠を貪るなんて小学生以来だ。
「あ、やっと起きたねユウくん」
リビングではミーナが出来上がった朝食をテーブルに並べている所だった。
休日だが、当たり前のように俺の家にいる。
「休日なのに朝早いねミーナは」
俺は、欠伸をしながらダイニングテーブルの椅子を引き出して座る。
「今日は一緒にお出かけしようって言ったでしょ」
「え⁉ 初耳なんだけど」
ミーナが作ってくれた朝食のハムエッグを危うく口からこぼれ落としそうになる。
「ちゃんとスマホで連絡したでしょ?」
「連絡……ってまさかあれのこと?」
昨夜スマホのメッセージアプリに来ていたミーナからのメッセージは、
『にゃにゃ、にゃうにゃにゃにゃにゃ、なごなごな~にゃ♪』
「ごめん。俺、ネコ語は履修してなくて」
「明日、10時00分に、買い物行こ♪ って誘ってたの」
「解るか」
「ユウくん、ちゃんと『はい』って返事してるじゃない」
ミーナは深夜のテンションでふざけてるだけなのかと思って、適当に『にゃ』って返事したんだよな。
適当な対処が仇になった。
まぁ、特に予定は無かったし良いか。
「じゃあ朝ごはん食べて着替えたら行こうか……って、あ……」
「どうしたの? ユウくん」
「俺、私服持ってないや。取り敢えず制服で良い?」
「今日は、ユウくんの服を買わないとね」
ミーナは飽きれたように腰に手をやって、けど嬉しそうに言った。
「へぇ、こんな所に大きなショッピングモールが出来たんだ」
俺とミーナは5駅先の駅に直結したショッピングモールに来ていた。
お休みの日とあって、たくさんの人が行き来していた。
「出来たのは2年前だね。でも、戦争のせいで1年開業が遅れたんだよね」
「こういう身近な所にも戦争の影響ってあるんだね」
「日本は他の国より全然マシよ。日本本土が戦場になった訳じゃないし、散発的なテロがあったくらいで……って、ごめん……テロで両親を亡くしたユウくんに言うべきじゃなかった」
「気にしてないよ。そっか……これも兵が護った日常なんだよな」
随時戦場にいた身としては、こういう何気ない日常を故郷の人たちが享受できていたというのは救われた気持ちになる。
俺たちが戦ったから、この人たちのノホホンとした顔が見れるのだ。
「戦場にいたユウくんは、ここにいる人たちを見て、平和ボケしてるって思う?」
「なんで?」
「戦争中なのに日本国民は平和ボケしてるって批判が常にわいてるからね」
実際、戦争はまだ終わっている訳ではない。
膠着状態になっていたり、命のやり取りをする場所が遠い異国だから、国民はいまいち現在が戦時下だという実感が湧かないのだろう。
「平和ボケ大いに結構。国にいる人たちが険しい顔をしているより、楽しんで生活してくれていた方が戦場にいた身としては何倍も救われるよ」
戦場の悲惨な光景や経験をここにいる名も知らぬ人たちに味会わせたくはない。
そんな物を見て苦しむのは、俺たち兵だけで十分だ。
「私も卒業したら、ユウくんみたいに戦って背負う側になるからね」
「ミーナは軍志望なの?」
「私の魂装能力は戦闘向きだからね」
「へぇ~、女の子は民間志望が多いって聞くけど」
「うん。おかげで他の女子との関係もビミョー」
タハハと笑うミーナは、寂しげな顔を覗かせた。
「そうなんだ……」
「原因はそれだけじゃないんだけどね。私って、敵国とのハーフで、見た目も一目でそれだって解るでしょ? それも忌避されてる原因かな」
それでもミーナは努力して2学年筆頭の座を勝ち取ったんだよな。
そういった逆境を乗り越えて、筆頭の座を勝ち取っているということは、逆にミーナの優秀さを示していた。
「じゃあ、今度俺と模擬戦しようよ」
「え、いいの⁉」
「もちろんだよ」
「じゃあ、学園の実習エリアが借りれたらやろうね。と……せっかくの休日なんだから学校の話題はこれくらいにして、まずはユウくんの服選びだ」
そう言って、ミーナは俺の手を引いてお目当てのフロアへ向かった。
服選びは、最新のシルエットやらの勝手が解らないので、ミーナにお任せになった。
あれもいいね、これもと、ショップを数店またぎ何着も試着させられた。
上下フルセットを3セットほど選んで、すでに大きなショッピングバッグを抱えることになった。
「ちょっと早いけど、休憩がてらランチにしないか」
ショッピングで人混みの中を歩き回るのは、行軍の時とはまた違った疲れを感じる。
そして、何故か女性はその手の疲労感を感じにくいようだ。
先に音を上げた俺は、早めのランチを提案する。
「そうだね。ユウくんは何が食べたい?」
「甘い物」
「好きだね~。じゃあ、美味しいパンケーキ屋さんがテナントで入ってるみたいだから、そこに行こうか」
最早、甘未中毒者の俺に、ミーナはお目当ての店を事前にピックアップしてくれていたのか、当該のフロアへ向けて歩き出した。
「あ、お待ちしていました神谷君」
「あ゛⁉」
ファンシーなパンケーキ屋さんの前で、空気がにわかに殺気を帯びたものになった。
なぜか、俺たちの目的の店の前に速水さんが、まるで待ち合わせのように立っていたのだ。
「さすがはユウさ……神谷君です。ここのパンケーキ屋さんは評判なんですよ」
「あら、お褒めにあずかり光栄です。このお店は私の見立てなんですよ、速水先生」
にこやかに笑う速水さんに、ミーナが眉間にシワを寄せながらの笑顔をぶつける。
「あら虎咆さん。私服かわいらしいわね」
大人っぽいベルベットのワンピースをシックに着こなした速水さんが、ミーナを見てクスリと笑った。
「先生は気合の入った格好ですね。年季の入った独身貴族だと洋服にお金かけられて羨ましいです~」
言葉は穏やかだが、2人の間にはバチバチと火花が散っているようだ。
「あ、そういえば速水さんとは、約束してたね」
「覚えていて頂いて光栄です」
統合幕僚本部の執務室で超長距離リモート飽和爆撃作戦が落ち着いた頃に、美味しいスイーツのお店に行こうと話していたのを俺は思い出した。
あの頃は、速水さんのこと、ただの出来る女性士官だと思ってたんだよな……
「ちょっとユウくん、約束ってなに? あと、担当教官の事を速水さんなんて親しげに呼ぶのは、その……不適切じゃない?」
ミーナが物々しいオーラを放ちつつ、俺に詰め寄って来た。
しまった。つい私服姿だったこともあって、速水先生じゃなくて、速水さん呼びをしてしまっていたことに今さらながら気付く。
「あー、実は速水先生とは、学園に入る前に一緒に仕事してて知り合いなんだ」
ミーナは俺に軍歴があることも知っているので、詳細はボカしてミーナに速水さんとの関係について伝えた。
「パートナーとして、神谷君とは世界中一緒に飛び回ったり、寝食を共にしましたね」
「言い方!」
速水さんは、性癖はともかく、普段は折り目正しく思慮深い女性士官で、俺の発言の意図に気付かないはずはないのだが、今日はどうにも人を逆なでするような言動が目立つ。
「パートナーって何? あー、どうせ研究所のお仕事で一緒だったのを拡大解釈しちゃってる感じなんですね」
「あ~、貴方はこちら側の事情を何も知らない側の人ですか」
研究所云々のくだりを聞いて、速水さんはミーナが俺の偽の経歴についての話をしているのを聞き、ミーナがどの程度俺の内情について把握しているのか悟ったのだろう。
「どういう意味です……」
速水さんの、自分は全てを知っているという優越感による見下した態度に、ミーナが反応する。
「国家機密につき教えられませんね~」
ニコニコと余裕の表情で笑う速水さんとは対照的に、ミーナも少したじろぐ。
その表情には、焦りの色が見えた。
「ど、どうせ、ユウくんの上官であることを利用したんでしょ」
苦し紛れに、単なる憶測を返したミーナに、
「は? ユウ様が下の訳ないでしょ小娘。取り消せ」
速水さんが過剰に反応してしまう。
ミーナも速水さんの豹変にビクッとなっている。
「だって、速水先生は教官なんですから尉官ですよね? それなら当然、速水先生の指揮下にユウくんがいたってことじゃ……」
「ユウ様は少将よ! そしてこの国に無くてはならな」
「はいストップ! ストップ‼ とりあえず、お店入ろう!」
俺は、危うく国家機密を漏らしかけている部下とミーナを連れて急いでパンケーキのお店に入った。
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