第116話 沖縄出張
「再びの沖縄~~!」
俺は柄にもないがテンションを上げていた。
「青い海に白い砂浜。10月だけど、沖縄ではまだギリギリ夏!」
隣にいる速水さんもテンションが上がっているようだった。
「「仕事の出張でだけど、沖縄ってやっぱり嬉しい!」」
今回、俺と美鈴、それと速水さんで、美鈴の食費の見返りとして協力することになる美鈴に同行する形で、沖縄国立魂装研究所へ来ているのだ。
前回はプライベートでの旅行で自費だったが、今回は公務なので出張費が出るのだ。
「とはいっても、日帰り出張になりますがね~」
「ほんと、速水さんがレベルアップして、複数人の人を運べるようになったから、飛行機を使う必要がなくなったおかげだね」
「ユウ様、それって私は素直に喜べばいいのでしょうか?」
「旅の情緒ゼロ」
移動をのんびり楽しみたいって人もいるけど、まぁ飛行機代もかからないから、経費的にも環境的にも優しいんじゃないかな。
「しかし、ドアtoドアで東京から瞬時に、沖縄の国立魂装研究所へ移動できるとは凄いですな。これなら、忙しい我々でも日帰りハネムーンとか出来るんじゃないですかな? 名取氏」
「本当に便利ですね。桐ケ谷所長の東京出張が楽になるので、今後はドンドン東京へ仕事に行ってくださいね。その方が、私も東京の転職活動がしやすいです」
桐ケ谷ドクターの言葉はフル無視して、副官の名取さんが感想を述べる。
「え、名取さん、軍の仕事辞めるつもりなの⁉」
「副官の仕事は、京子さんの卒業までという、人事異動上の当初約束を反故にされて絶望していますからね。こうなったら、民間で転職をと考えています」
「もぉ~ 名取氏ったらブラックジョークがお好きですな~ 私は、ちゃんと信じてるでござるよ」
いや、名取さん、微笑みを絶やしてないけど目が死んでるから、おそらく転職活動はマジなんじゃないか、これ。
「それでは良い機会なので、今回は美鈴殿と合わせて速水殿の能力測定も行うでござるよ」
「え、じゃあ俺は暇だから海で遊んできていい?」
「神谷殿。一応、これは公務なんで、さすがにそこまで大っぴらに遊ぶのは無理ですぞ。というか、美鈴殿と一緒なのが、今回の沖縄出張の条件ですし」
「ちぇっ」
「しょっちゅうサボっている人の含蓄には説得力がありますね」
「名取氏! シーーッ! じゃあ、早速行きますぞ。仕事が早く終われば、帰る前に遊んだり出来るんですから頑張るでござるよ」
「それ、私がいつも私が桐ケ谷所長になだめすかして仕事させる時のセリフですね」
名取さんの内心はいざ知らず、相変わらず息の合った掛け合いの桐ケ谷ドクターと名取さんの掛け合いを見ながら、俺たちは魂装研究所の門をくぐった。
「ふ~む。そうすると、速水殿は展開した次元転移の膜を神谷殿に破られる時に、力のリミッターが外れたと」
「はい。感覚的には、そこがターニングポイントでした」
「俺の魂魄もそういう見解だったよ」
種々の検査を終えてデータが表示されたモニターを見ながら、桐ケ谷所長は興味深げに速水さんの救出時の話に聞き入っていた。
「膜を破られて一皮むけたと。なるほどなるほど」
「桐ケ谷所長、全方位へのセクハラです」
「こりゃ失敬。で、あの時の私の次元転移の阻害術式はどう構成されていたのです美鈴?」
検査着から着替え終えた速水さんが、ジロッと横にいる美鈴に尋ねる。
やはり、自身の能力の弱点を突かれた形なので、どうしても気になるようだ。
「私も阻害術式の原理はよく解らない。私はあくまで分体を提供しているだけで、術式についての開発は研究員が行っていた。私は、あの箱の中で術式の発動の動力源になっていただけ」
「そっか……」
サラリと美鈴は言っているが、バッテリーと彼らが呼称していたあの暗い箱の中に閉じ込められて、ひたすらに魂装能力を発言させて終わる人生とは何なのだろうか。
美鈴の無表情さは、それを考え尽くした上でのものなのかもしれない。
「ふむ。美鈴殿は各種の魂装能力が使える特殊体質でもあり、認識阻害の術式が使えた。意図的に波形をずらした術式を束ねて当てれば、次元転移が乱されるというのが、吾輩の立てた仮説でござる。ちと、実験をしたいので、美鈴殿、分体の生成を願いますぞ。ええと、分体の数はとりあえず5人で」
「わかった。じゃあ、あっちで出してくる」
まるでトイレにでも行くかのように、美鈴は人数分の検査着をもって別室へ向かっていった。
◇◇◇◆◇◇◇
「とりあえず今回の検査は以上でござるよ」
「結局、仕事の後に遊んでる暇なんて無かったな」
砂浜に夕暮れが沈むのを魂装研究所の食堂の窓から眺めながら、俺はちょっと恨めしそうに桐ケ谷ドクターに目線をやる。
「いや~、けど、おかげで色んな戦術的なアイデアも浮かびましたし、有意義でしたぞ」
「まぁ、そうなんだけどさ。特に、速水さんの空間転移の術式については、予想以上にレベルアップしてたんだね」
「まさに戦場の常識がひっくり返るかもしれないですぞ。これは、速水殿も単騎で特記戦力入りしても何らおかしくないですぞ」
「生涯、私はユウ様の副官でありたいので、推薦の話があったら潰す方向でお願いします」
興奮した様子の桐ケ谷ドクターに、速水さんが苦笑いで返す。
え、サラッと言ってるけど、生涯一緒なの?
ちょっと、自身のキャリアにとって重要な事項を軽々に判断し過ぎでは?
「とは言え、日本にはすでに敵はいないのでは? 東方連合も最早、日本の軍門に下ったも同然」
美鈴が、少し複雑そうな顔で質問する。
自身を使いつぶそうとしたとは言え、やはり祖国のことに関しては、中々完全に割り切れてはいないようだ。
ただ、俺はかえって、美鈴の人間臭い感情の揺れ動きに安心した。
それが自然なのだから。
「あの国だけが、強硬に我が国に反抗していましたからな。その強気の種であった美鈴殿を失った今、好き好んで通信も使えぬ石器時代を送る意義も無くなったでござろう。早晩、降伏してくるで候」
東方連合国の高官が我先に亡命先を求めて派手に動き出したことは、既にこちらの耳にも届いてきている。
この事実はいずれ、今は国内の通信網が寸断状態とは言え、人づてに東方連合国内の国民も知ることとなるだろう。
失策を犯した、普段えばり散らかしている政府高官が、その責任を果たさずに我先に泥舟を脱出したと知った時、一体どれだけの怒りが沸き上がるのか。
考えただけで恐ろしい。
「まぁ、その辺は外交筋に任せて、我らは研鑽の日々ですぞ。明日もお頼み申す~」
「数日間に渡るなら泊りにして欲しいな。日帰り沖縄出張って、やっぱり味気ない」
「祐輔。ここの食堂のご飯美味しい。美鈴は気に入った」
検査を受けている美鈴がご満悦なのは何よりだ。
「あ、そうだ。折角なんだし夕飯はここで食べてから帰ろうか」
「あの……美鈴殿。残念なのですが、昼食に美鈴殿が各種メニューを食い尽くしたので、材料切れで、今日は夕飯の部の食堂はやってないのでござるよ」
「しょぼん」
たしかに、昼食で美鈴はゴーヤチャンプルーからソーキそば、タコライスなど、一食で沖縄グルメを網羅するくらい食べてたな。
「じゃあ、夕飯は桐ケ谷ドクターのおごりで、外に食べに行こうか。名取さん、車の手配をお願いします」
「承知しました」
「なぜに吾輩のおごり⁉ 階級的には神谷少将が一番上ではござらぬか!」
「こういう時は年長者が出す物ですよ。お店は、いきつけの沖縄おでんのお店に先ほど席予約をしました」
「名取氏、いつにも増して仕事が早いのはともかく、この飲食代って、ちゃんと研究費で落ちますよね? ねぇってば名取氏!」
「それでは迎車が来ましたので皆さん参りましょう」
「やっほ~ 沖縄のおでんってなんだろ? 楽しみ~」
桐ケ谷ドクターの悲痛な叫びを背中に聞きながら、俺たちは沖縄の夜を楽しみに足を弾ませるのであった。
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