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第113話 女の人が仕事上でキレてるのマジ怖い

「お肉持ってきたよミーナ。ってあれ? こっちの席に変えたの?」

「ごめんユウ君。あっちの席は名瀬と土門前会長が2人の世界に入っちゃってるから、一緒に居るのはしんどくて」


「ああ、なるほど」


 苦笑しながら見ると、名瀬会長が土門前会長の横に座って、


「今日は僕が焼くからキョウちゃんは食べてて」

「や! こういう場所なんだから、後輩の私がお肉焼くの!」


どちらが肉の焼き加減の世話をするかで小競り合いをしている。

 どう見ても、付き合いたてでラブラブカップルのほほえましい痴話げんかである。


「あれ、2人の仲って一応、秘密ってことになってるんだよね?」

「もう好きが溢れちゃってるんでしょ。周りも察してるみたい」


 ミーナが、少し羨ましそうに名瀬会長と土門前会長のカップルを眺めながらボヤく。


「まぁ、学園祭で2人の仲が急接近とか、よくある話だし」

「そうなの? ミーナ」


「いや……私も少女漫画での知識でしかないけど……」


 エビデンスが弱いな。


「生徒会は、学園祭準備中はデスマーチ進行だったから、そんなラブロマンスなんて生まれようも無かったね」


「だね」


 琴美と俺は、見つめ合いながらフフッと笑い合う。


「こら、そこ! 私のいない間に良い雰囲気になるな!」


「いや、だから大変だったねって話してただけだよミーナ」

「実際、凄く大変でしたからね。戦場の歌姫のコンサート準備とか」


「そうやって、苦難を一緒に乗り越えた連帯感を、恋と混同しやすいのよ!」


 そういうもんなの?

 まぁ、たしかに一緒に困難な作戦をやりぬいた時の小隊は、とても結束が固くなるからな。


「それで、ユウ君。まだ、周防兄妹とは険悪なままなの?」


 チラリと、ミーナが別のボックス席で、これまた兄妹で2人の世界に入っている真凛ちゃんたちを見やる。


「うーん……そうなんだよね」

「私は詳しい事情は知らされてないけど、このちびっ子が原因なんでしょ?」


「小さいからと言って、人の頭をポンポンとしないで、戦場の歌姫」

「あんたは表向きは私の後輩で、私は先輩なんだから、これくらい耐え忍びなさいよ。誰があんたの朝食と夕食を作ってると思ってるの?」


 事情を知らされていないことを逆手にとり、ミーナはポンポンと美鈴の頭を叩く。

 美鈴の方も諦めたのか、目の前の肉に集中を戻す。


「まぁ、仕事の事でギスギスしちゃうのはあるあるだよ。どうしてもね」


 自嘲気味に少し投げやりな気分で、俺はフッと目線を下にそらしながら答える。


「私もさ。学生じゃなく、気楽な学生の身分じゃなく音楽隊の業務をやってみて、あらためて10歳の頃からお仕事してたユウ君って凄いんだなって思った。私の音楽隊の仕事なんて、戦場の前線で命をはってた人からしたら、それが仕事かよって笑われちゃうかもだけど」


「そんなことないよ。ミーナは、色んな人たちを笑顔にして癒してるじゃない」


「けど、私も虎咆先輩の気持ちわかります。後方で仕事をしていると、やっぱりその辺の後ろめたさはありますよね」


 俺が即座に否定したが、琴美もミーナと同様の感想を述べる。

 そりゃ、ひたすら前線で泥にまみれてる時は、後方勤務の人たちが羨ましいなんて思ってたし、時には向こうは現場の事を何も解っちゃいない! って感情的にもなったりした。


「立場が違うと、やっぱり見えている物やこだわるポイントも変わるからね」


「そうだね。だから、常に意見が一致してる必要なんてないし、むしろ何も衝突がなく全会一致の方が、大きな穴を見落としていて危険かもしれない」


「けど、俺は今回、自分の意見をかなり強硬に押し通しちゃったんだ。それが気まずくてさ……」

「じゃあ、これからの結果を見ててくれって言うしかないね。筋が通っていれば、案外、相手はそれで許してくれるし、組織なんだから、いざという時にはちゃんと助けてくれるし」


「そっか……ありがとうミーナ。戦場の歌姫ってカウンセリングまでやってくれるんだね」

「私も人々を癒すために、色々と勉強してるんだよ」


 久しぶりにお姉さんぶれたのが嬉しかったのか、ミーナはフフンッと得意げに胸をはっている。


 けど、おかげで随分と心が軽くなった。


「じゃあ、このままの勢いで真凛ちゃんたちに謝ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 俺は、ミーナに勇気づけられた熱が冷めぬうちに、そのまま真凛ちゃんと周防先輩がいるボックス席に突撃する。



「やぁ、ちょっとお邪魔するよ」


「お邪魔なので帰ってください」


 あれ~?


 真凛ちゃんから冷え切った言葉のツララが突き付けられたぞ?


 ミーナが、案外向こうはそんなに怒ってないかもよみたいに言ってたけど、これバリバリ怒ったままじゃない?


 けど、ここですごすごと帰る訳にもいかない。


「何か込み入った話か? それなら俺は席を外すが」


 周防先輩、マジ天使!

 ちゃんと俺が困ってると手を差し伸べてくれるんだから、マジツンデレ。



「要件があるなら文書で送ってください。こちらも文書で回答しますから」



 周防先輩の名アシストもむなしく、真凛ちゃんは、俺の方を見もせずに、せっせと焼いている肉の世話をして、お兄ちゃんの皿に食べ頃の肉を置く。


 やべぇ。これ真凛ちゃんガチでキレてるよ。


 けど、なんで女の人が仕事上でブチ切れてる時ってこんなに怖いんだろ。


 おっさん上官に怒られるのはその場限りのダメージだけど、女の人のキレ方って、後まで尾を引く継続ダメージを与えられてる感じだ。


「本当に申し訳ありませんでした! 俺の我がままで真凛ちゃんには多大な迷惑をかけました!」


 もう、こうなったら誠意ある謝罪をするだけだと、俺は頭を深々と下げた。


「…………」


「俺の我がままのせいで、更にこれからも真凛ちゃんには迷惑をかけると思うけど、それでも俺は自分の選択は正しいと思っている。だから、今後も協力よろしくお願いします」


 周防先輩がいるからボカした言い方になっているが、俺の我がままとは美鈴を匿ったことだ。


 けど、俺は美鈴を自分の庇護下に置いたこと自体は、後悔もしていないし正しい選択だったと思っている。


 最初の動機は、個人的な贖罪の気持ちからだったが、今こうして楽しそうにしている美鈴を見ていると、この選択は間違いなんかであるはずがない。


「もし、こちらが本件に関して強硬策に出た場合はどうするのです?」


 真凛ちゃんが相も変わらず、冷たい言葉で応戦する。


 謝罪しつつも『俺のした事は間違ってねぇ!』って主張だから、さらにキレてくるかと思っていたので、意外に大人しい反応だ。


 真凛ちゃんが言う強硬策とは、軍側が美鈴を拉致監禁あるいは処理することを意味しているのだろう。


 これは、俺の覚悟を問うているということだ。


 だからこそ、俺は取り繕いやウソは交えずに真凛ちゃんの問いに答える。



「全力で俺が叩き潰す」


「…………」



 あ~~、言っちゃったよ。


 こんなの謝罪じゃなくてただの宣戦布告じゃん。


 もう終わった。

 これで、俺と真凛ちゃんの間には決定的な亀裂が出来て……


「解りました。謝罪を受け入れます」


「へ?」


「だから、謝罪を受け入れると言ったんです。もう、あっち行ってください。お兄ちゃんとの焼肉デート中なんですから」


 迷惑そうに、トングを持った手でシッシと手を払う際の真凛ちゃんの顔からは、先ほどまでの険が抜け落ちていた。


「許してくれるの?」


「案外、女々しいところもあるんですね神谷先輩。もっと俺がキングなんだから、俺の言う事を聞けって態度でいらしたらいいのに。まぁ、きちんと謝罪から入ったのと、それでも主張は曲げない一本筋が通っていますから、今回は良しとします」


 真凛ちゃんがフッと笑いながら許しの言葉をくれる。


「いや、俺そんな2学年当初の周防先輩みたいな俺様キングじゃないから」

「おい、そこで何で俺に飛び火する⁉ あの時の事は俺にとっても黒歴史で」


「お兄ちゃんの俺様キング時代……詫びの品として、私に献上してください神谷先輩」


 うんうん。こんな物で真凛ちゃんがご機嫌になってくれるなら、いくらでもあげちゃう。


「いいよ。折角だから、俺が入学手続の時に絡んできた時と、琴美に絡んでた時の当時の状況を寸劇で再現しようか。ミーナ、琴美ちょっとこっちの席に来て」


「なになに?」

「仲直りは済んだのユウ?」


「おいヤメロ!」


「俺と奴隷契約してる周防先輩に拒否権はないよ」

「だそうです、お兄ちゃん」


「なんで、そこはお兄ちゃんのために戦ってくれないんだ真凛⁉」


 こうして、周防先輩という尊い犠牲によって、無事に俺たちの間にあった緊張状態は解きほぐされた。



「こっちの学生は、本当に平和で呑気……」


 美鈴は俺たちがバカ騒ぎをしている様子を見て、焼肉を食べるのを止めてボソッと独り言を呟いているのが聞こえた気がした。


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