第110話 小学生からの飛び級とか最早なんでもあり
「かわええ~~!」
「え~~、何この子。小っちゃ~い」
1年A組の教室は、朝からとてもテンションが高かった。
「はい、みんな静かに、編入生に騒がない。自己紹介して」
「平作美鈴です。よろしくお願いします」
チマッとした美鈴がペコリと頭を下げる。
その所作と、クリッとした目が小動物的な愛らしさを想起させ、クラスメイトたちの多くが、ハートを撃ち抜かれたようだった。
「美鈴ちゃんはいくつなの?」
「じゅうは……9歳です」
「え~、飛び級ってこと⁉ 凄いんだ美鈴ちゃん」
「編入学の試験にはちゃんと合格してる」
「C組にも中学から飛び級で編入した子がいて話題になったけど、今度は小学生からの飛び級か。すごいね~ 天才少女だ」
1時間目の座学の授業が終わると、瞬く間に美鈴の席の周りをクラスメイトが取り囲み褒めそやす。
日頃は、魂装能力を磨くライバル同士であり、派閥意識もまだ根強く残っているこの学園だが、さすがにここまで小さな子相手には、そういった意識は薄れるようだ。
っていうか、なんか美鈴、明らかに俺よりクラスに受け入れられてるよね?
転校初日の美鈴よりクラスで浮いている俺って、いったい何なんだろう……
俺は、少し傷ついた。
「その制服、有名な名門私立小学校のだよね?」
「学園の制服の仕立てをお願いしたけど、私の身長じゃサイズがなくて特注になって、出来上がるまではこれを着ることになった」
「名門小学校に通っていたってことは、頭も良いし、お家柄も良いんだね」
「親は親で、私は私ですから」
「大人びた言葉遣いだね。とても9歳には見えない」
そりゃ、美鈴は本当は俺らより年上の18歳で軍歴も長いからな。
当たり前だ。
美鈴が学園に入学するにあたり、当然ながら、敵国から亡命してきた魂装兵だなんて本当の事が言えるわけもないので、嘘の経歴をでっちあげたわけだ。
嘘の設定を作るにあたり、やはり容姿と年齢が合っていない点について余計な詮索を受けないためにも、年齢設定は容姿の方に合わせた。
特殊な設定づけをすると、かえって要らぬ詮索を受けたりボロを出しそうだったからだ。
琴美のコンカフェ用の名門小学校の制服が、こんな形で生きるならば、この制服をネットオークションで落札した琴美のクラスメイトの男どもも浮かばれるだろう。
「ねぇ、美鈴ちゃん。お昼ごはんは、学生用食堂でランチ食べようか」
「ごめん、先約がある」
先約?
もう、友達でも出来たのか?
「お昼は祐輔と一緒に食べる」
美鈴の言葉に、あんなにガヤガヤワイワイにぎわっていたクラス内が、水を打ったようにシン……と静まり返る。
「え……美鈴ちゃん、神谷くんと知り合いなの?」
恐る恐るという感じで、クラスの女の子が尋ねる。
「ん……詳しくは言えないけど、祐輔は私と離れられない間柄」
美鈴さ~~ん⁉
いや、確かに詳しくは言えないのはそうだし、俺が監視しなきゃいけないって意味では離れられないっていうのは正しいっちゃ正しいけど、言い方!
美鈴は、東方連合国での教育で日本語を習得して、発音も違和感がないが、時々言い回しをミスることがある。
それもあって、9歳設定にしたのだが。
「え……あの神谷君と仲が良いってこと……?」
「うん。祐輔、優しい」
お! 俺の事、褒めてくれてる。
俺のどん底のクラスメイトからの好感度を回復させてくれるなんて、美鈴ちゃんはやっぱり良い子だ。
「初対面の時、私のためにいきなり顔面に股間を見せつけてきた」
はい、死んだ。
俺の好感度、今、完全に死にました。
ちなみに、この美鈴とクラスメイト達の会話だが、俺は自分の席に突っ伏して昼寝をしている振りをして聞き耳を立てている。
美鈴の拙い日本語表現にツッコミを入れたいのは山々だったが、おそらくは女子のクラスメイトから浴びせられているであろう、氷のような蔑む目線が突き刺さっているのを、席に突っ伏していてもひしひしと感じた俺は、恐ろしくて顔を上げることが出来なかった。
◇◇◇◆◇◇◇
「美鈴……やっぱり俺のこと恨んでるの?」
「……? 恨んでなんていない。私の事をユウが庇ってくれたおかげで、私は今、この学び舎を歩いていられる。ユウには感謝しかない」
キョトンとした顔で、なぜそんな事を聞くのか? という美鈴の顔は、演技をしていたり、ふざけているようには見えなかった。
さっきの、俺の好感度が完全に死んだ美鈴の発言は、天然なのね。
「そうなんだ……なら、もうちょっと日本語の勉強頑張って、いつかクラスメイトへの誤解を解いてくれよな」
「よく解らないけど、覚えておく。それより、早く何か食べないと倒れそう」
激しく燃費の悪い美鈴にとっては、授業中の時間でも死活問題なようだ。
「わかったわかった。よし、ここが魂装研究会の部室だ。俺はいつも、ここで昼食を食べてる」
「なんで、教室で食べないの? 祐輔はボッチなの?」
「美鈴、お前やっぱり日本語ちゃんと解ってるんじゃない?」
的確に俺を傷つける言葉だけはよく知っている美鈴に対してボヤキながら、魂装研究会の部室のドアを開ける。
「あ、やっほー。ユウ、美鈴ちゃん」
部室の中には、すでに琴美が来ていた。
「こんにちは」
「あれ? 真凛ちゃんは一緒じゃなかったの? 琴美と同じクラスでしょ?」
1人で畳の上のちゃぶ台にお弁当を広げていた琴美を見て、不思議に思い尋ねた。
「あー、真凛ちゃんはお兄ちゃんと一緒に食べるって言って、お弁当を持って周防先輩の教室へ行っちゃったよ」
「そうなんだ」
「やっぱり、美鈴ちゃんのことで含むところがあるみたいだね」
「まぁ、今回は大分、俺の我がままを通させてもらっちゃったからな……嫌われちゃったか」
今回は、周りが大反対している中を、地位から何からを使って押し切ったからな。
愛想をつかされても仕方がないか。
「あ……」
どこかで周防兄妹をフォローしとかないとなと考えていたら、美鈴が部室の天井の何でもないところを眺めながら、独り言を呟いた。
「どうしたの美鈴。天井にゴキでもいた?」
「ユウ、食事前にやめてよ。どうしたの? 美鈴ちゃん」
琴美が顔をしかめて注意をしてくるが、美鈴は何やら達観したような表情で上を見上げたままなので、美鈴を気遣う。
「大したことじゃない。ちょっと、本国に置いていた身代わりが消滅しただけ」
そう言って、美鈴は何やら確認が終わったのか、お弁当の包みを広げ始める。
「……それって、東方連合国に美鈴が逃亡したことがバレちゃったってことなんじゃ……」
「そうですね」
事も無げな様子で美鈴が肯定し、小玉スカイくらいのサイズの特大おにぎりを頬張る。
「日本のおにぎりは初めて食べましたが、存外、効率が良い食べ物ですね。鮭と卵焼きと唐揚げが入っているとは」
いや、それは大食漢の美鈴のために特大おにぎりを握って、中身の具材として種々のおかずを入れたからだ。
ミーナみたいに、ちゃんとしたお弁当は俺には作れない。
っていうか、おにぎりの事は今はどうでもいい!
「じゃあ、今頃、東方連合国は……」
「バッテリーの生産がもう出来ないことに気づいて、唯一の逆転の芽を失くして茫然自失」
まるで他人事のように言いながら特大おにぎりを頬張る美鈴を、俺と美鈴は呆れたように見ていた。