第109話 中間管理職ってしんどい
「祐輔。ご飯おかわり」
「はいはい。大盛ね」
「祐輔。飲み物、麦茶じゃなくてホット烏龍茶がいい」
「はいはい。茶葉買っておいたから」
「祐輔~」
「もう我慢なりません!」
バンッ! とリビングテーブルを叩く音で、ビクッとなった。
「ちょっと、速水さん。朝から大声出さないでよ」
「ユウ様! 私は、自分の敬愛する上官が、小娘2号に召使いのように扱われているのを見るのは耐えられません!」
速水さんは、唇を噛みしめて悔し涙をいっぱいに浮かべ、素知らぬ顔で朝食を頬張っている美鈴を指さしながら叫んだ。
なお、小娘1号たるミーナは昨日から、また音楽隊の方に合流していて不在だ。
「いや、これは別に俺が自主的にやってることだよ」
「そこも死ぬほど羨ましいポイントですから抗議の声を上げているんです!」
「いや、速水さん。本音が駄々洩れになってるよ」
「それに、下の名前を呼び捨てって!」
ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえる。
「美鈴は軍を抜けたんだから、今は一般人だから名前呼びで問題ないんだよ」
「日本でも東方連合国でも、年上は敬われる文化。だから、私が年下の祐輔を呼び捨てにしても問題ない」
ズズッと音をたてて美鈴が味噌汁をすする。
「しかし、脱走兵を個人宅に匿うなんて」
「それは、俺がちょっと幕僚本部に無理を通してね。ほら、個人的な贖罪の意味もあってさ」
「……それはユウ様が気に病むことではないです」
速水さんが少し声のトーンを落として、真面目な顔で諭すように俺に語り掛ける。
バッテリーの件を俺が気に病んでいると思って、心配してくれているのだろう。
「分体でも死ぬ時は、すごく痛い」
「ほら、こう本人に言われちゃ、せめてご飯くらいは腹いっぱい食べさせてやりたいじゃない」
「この小娘2号め……私の進化した転移術式なら、貴方を東方連合の軍本部へ熨斗を付けて送り返すことくらい、訳ないんですよ」
「こら、速水さん! 外交上の要人の美鈴にそんなことしたら、軍法会議にかけられて銃殺刑だよ」
美鈴相手に凄む速水さんを俺は慌てて止める。
美鈴は今後、外交上の重要な日本側のカードだ。
そうでなくても、美鈴は東方連合国軍にとっては最重要な魂装能力者だ。
そんな重要人物を一兵士が勝手な一存で相手国へ返すなんてしたら、利敵行為扱いは免れられない。
「この小娘2号がそんな重要人物ならば、市ヶ谷の統合幕僚本部なり、沖縄の国立魂装研究所なりに幽閉しておくべきでしょう!」
「それだと、彼女が力を奮った時に対処できない。現状、彼女のホムンクルス生成術式に対抗しうるのは俺だけだ」
そう。
何も、俺の個人的な感情だけで、美鈴を我が家に居候させているわけではないのだ。
美鈴のホムンクルス生成術式による分体生成数の上限は不明だ。
無限に近い相手に対して、同じく飽和の能力を持つ俺ならば、少なくとも数の暴力に押し負けることはないのだ。
だからこそ、俺の目が届く所に彼女を置いておくのは、合理的な判断なのだ。
「しかし、その理屈ですと、この小娘は学園に通うことになってしまいますが?」
「ちゃんと1年A組に編入するように高見学園長に話を付けておいたよ。書類仕事面倒だった」
美鈴ちゃんの編入は俺のわがままからだし、こちらに美鈴を引き入れるのに反対の真凛ちゃんの協力も得られずで、書類を仕上げるのが大変だった。
「ユウ様が、苦手な書類仕事をやってまでこの小娘2号を……」
「学園祭の地獄の日々は無駄じゃなかったよ」
学園祭準備のデスマーチの日々は本当、俺にとって大いなる糧になった。
でなきゃ、独力で学園の編入手続きなんて不可能だった。
「私が学園に通うの?」
「うん。美鈴は18歳なのに1学年からだけどな」
「学校、通ったことないから楽しみ」
普段はどこかアンニュイで、喋りも抑揚がほとんどなく、いまいちどういう感情を抱いているのか分かりにくい美鈴だが、学校に通うと解った時の声は心なしか弾んでいるように聞こえた。
東方連合国の切り札として扱われていた彼女だ。
きっと、まともな少年少女のような環境なんて、望むべくもなかったのだろう。
「そっか。俺も似たような境遇だったから、気持ちわかるよ」
「特務魂装学園って、どんな学校?」
「俺の時はどうだったかな……いきなり先輩に決闘を申し込まれたり、その結果、先輩が奴隷になったりしてたな」
「……なんだか、私の思い描いていた学園生活と違う」
「ま、まぁ、魂装能力者の学校だからな。色々と特殊なんだ」
美鈴が少し顔を曇らせたので、俺は慌てて弁明する。
俺は例示として向かなすぎる。
それもこれも、やっぱり周防先輩のせいだ。
今度、あらためて苦情を言っておこう。
「じゃあ、今日は制服の仕立てに行こう。速水さん、一緒にお願い」
「私が一緒に行くんですかぁ?」
明らかに嫌そうな声色で速水さんが、俺に聞き返す。
「頼むよ速水さん。女の子の制服の仕立てなんて、俺と美鈴だけでお店に行っても、冷やかしだと思われて追い返されちゃうからさ」
俺は拝むように手を合わせて、速水さんに懇願する。
「……まぁ、ユウ様と小娘2号を2人きりにするわけにはいきませんから、仕方がありませんね」
なんとか、渋々といった感じで速水さんが了承してくれた。
しかし、俺が我を通すためとはいえ、やはり敵兵だった美鈴を受け入れるとなると、各所で色々と反発が思った以上に強いな。
あっちにこっちにヘコヘコ拝み倒して、これが中間管理職の下士官の悲哀か……と、俺は今更ながらに、そのしんどさを痛感している。
俺は、下士官時代をほとんどすっ飛ばして階級が上がっちゃったからな。
「制服……良い」
「そりゃ良かった。美鈴の身長に合うサイズがあれば良いけど。早速、お店に行こう」
美鈴が喜んでくれているのがせめてもの救いだった。