第107話 軍事機密と乙女の本音
「ほら、朝だよユウ君」
カンカンとフライパンをお玉で鳴らすという、世話焼き幼馴染がよくやる目覚ましで俺は目を覚ます。
「むにゃ……さすがに眠いってミーナ……」
辛うじて、ミーナの呼びかけには答えるが、瞼が一向に開こうとしない。
連日の学園祭準備に伴う短時間睡眠が続いた日々に加え、美鈴ちゃんの亡命騒ぎに対する報告と処理で大変だったのだ。
「ほら、起きる~」
世話焼き幼馴染ムーブその2 寝坊助な幼馴染の布団を引きはがしにより、無情にも俺はベッドの上で丸まる。
学園祭も終わり、そろそろ冬の気配が近付いてきたことを感じさせる、朝の冷え込みだ。
「ミーナも全国ツアーで疲れてるだろうに、なんでそんな元気なの……?」
「久しぶりにユウ君と朝一緒に居られる興奮で早く起きちゃったの」
「そんな、クリスマスの日の朝の子供みたいに興奮することなの?」
「うん。先日、学園に敵軍のミサイルがコンサート会場に打ち込まれそうになったから、全国ツアーも延期になっちゃったし」
ミーナは、そう明るく答えた。
通常、アーティストやミュージシャンが、トラブルや事件で全国ツアーが中止になったら、忸怩たる思いで、ふさぎ込みそうなものだが……
そこは、成り行きで神輿に乗せられた戦場の歌姫。
ミーナには大して、アーティスティックな思い入れはないようだ。
まぁ、全国ツアーで大変でも、給料は微々たる手当がつくだけで、そんな変わらないもんね。
「ほら、早く起きて。今日の朝ご飯は私が作った和食だよ」
「お、それは楽しみだ」
久しく食べていない、ミーナの朝食を食べられるのはありがたい。
俺はミーナに手を引っ張られて、リビングへ足を踏み入れると、
「うーん。味噌汁というものは初めて食べましたが、案外美味しいものですね」
ダイニングテーブルに座った美鈴が、ちょうど味噌汁を飲み干した所だった。
「あ~~~⁉ このちびっ子、配膳しておいた私とユウ君の2人分食べちゃってる~!」
「全然足りないので、おかわりを所望します」
ミーナの悲痛な叫びなんてどこ吹く風で、美鈴がおかわりを要求する。
「って、炊飯器のご飯も全部食べきってるじゃない!
「五合炊きでは一食分に足りません。今後の効率を考えて、もう1台、炊飯器を購入しておくことをおすすめします」
アドバイスの体をよそおっているが、ただのド厚かましい美鈴の要望に対し、せっかく自分が作った朝食を食い荒らされたミーナのこめかみにピキリとしわが寄る。
だが、美鈴のこの尊大な態度を受けて、俺はというと。
「炊飯器2台体制ね、わかった。ネット通販で今、ポチッたから今日の夜には届くよ。とりあえず、今食べる分は冷凍のご飯玉があるから、そっち食べて」
「おかずも無いのでお願いします」
「すぐ食えるのは海苔の佃煮くらいかな……って、美鈴は食べれる?」
「大丈夫です」
「……ユウ君。なんで、このちびっ子にそんなに甘いの⁉」
冷蔵庫の中をゴソゴソと漁る俺に、ミーナが俺に詰め寄る。
「ああ……まぁ、美鈴は能力的に、エネルギーが大量に必要みたいだね」
「分体生成でお腹が空くどうこうの話じゃないの! なんで、たまたま助けたユウ君が、このちびっ子を家に住まわせてあげてるのかって話を私はしてるの!」
俺の歯切れの悪い弁明に、ミーナが更に追撃してくる。
「ちびっ子ちびっ子って。私は、18歳なので2学年の貴女より年上なんですよ、戦場の歌姫さん。あ、さっき食べた卵焼きおいしかったので、また作ってくださいね、戦場の歌姫さん」
「あんたこそ、私のこと馬鹿にしてるでしょ!」
美鈴の戦場の歌姫さん呼びに悪意を感じたのか、ミーナは美鈴の方へ矛先を向けるが、当の美鈴は湯呑からお茶をすすり涼しい顔だ。
ここら辺は、歳の功なのかそれとも、軍人としてのキャリアの長さによるものなのか。
「隣国に居た美鈴でも、ミーナのこと知ってるの?」
「我が国は、この国の誰かさんのせいで、電子通信ネットワークが牛耳られてしまったのですが、この戦場の歌姫のコンサート動画だけは流れていて、娯楽動画に飢えていた民衆がこぞって観て、大人気です。情報局での削除もできず、野放し状態です」
これは、桐ケ谷ドクターの仕業だな。
通信網の掌握だけではなく、アイドル歌唱動画という絡め手で文化侵略とは恐れいる。
「だから、ミーナが攻撃目標になったわけか」
まぁ、それも簡単に情報を掴まれて、日本に置かれていた拠点まで炙り出されてしまったわけだが。
「それで、話を戻すけど、ユウ君がなんで、このちびっ子に対して、そんなに弱腰なのよ?」
「ああ、ちょっと軍事上の理由で詳しくは言えないんだ……ごめん、ミーナ……」
俺は、拝むようにミーナに手を合わせる。
実際、ミーナには美鈴の能力のことは機密レベルが高すぎて詳しくは話せない。
昨日の柔肌の洪水により、美鈴の能力はただ自身のコピーを生成する能力だとミーナは思っている。
「また、それ……私だけいつもそう……」
ミーナが悲しい顔をしてうつむく。
「ミーナ?」
普段は、こう言えば素直に引き下がるミーナだが、今回は様子がおかしい。
ミーナが言葉を続ける。
「解ってるよ。ユウ君が私なんかには考え付かない重荷や重責を背負ってることも。でも……年増や、あと夏休みの合宿後くらいからは火之浦さんや真凛ちゃんも、ユウ君のように背負う側の人間になったって」
「ミーナ……」
「私も、そっち側に行きたい……ユウ君の重荷を、少しでも肩代わりしてあげたい。でも、私にはそのための力がない……だから、見ているだけしかできない……」
「…………」
ミーナのふり絞るような言葉に、俺も言葉を返すことができない。
こんな風にミーナが思っていたなんて、正直、俺は全然解っていなかった。
「ゴメンねユウ君。こんな事言われても困るよね……ユウ君だって、軍のルールを守ってるだけなのにね……けど私、どうしようもなく寂しくて」
「ミーナごめん……俺のせいで」
ミーナの身体を優しく包んで、俺は涙がこぼれ落ちそうな目じりを指先で拭う。
「私、泣いてユウ君に慰めてもらってばっかり……こんなんじゃ、小学生の頃と変わらないね」
俺の胸の中で、ミーナが頭の重さを俺に預ける。
「ううん、変わってる。昨日のライブでも、ミーナは色んな人たちを笑顔にしてた。あれは、俺には逆立ちしてもできない事だよ」
「別に私はやりたくて、戦場の歌姫なんてやってるわけじゃないんだけどな……」
「でも、人に求められるって意味では、俺も、速水さんや琴美、真凛ちゃんたちも。何なら、ミーナは敵国の人たちすら癒してるみたいだから、それこそ凄いよ」
先ほど、美鈴が言っていた戦場の歌姫の歌がネット配信で届けられているという話も、もしただのプロバガンダ映像だったら、東方連合国の人たちもすぐに無視していただろう。
当局から禁止されてもなお視聴してしまうというのは、それだけミーナの歌声に皆がひきつけられているという証左だろう。
「そ……そうなのかな……」
「そうだよ。ミーナだって、きちんと大きな責任を背負ってる。だから、自分だけ仲間外れだなんて思わないで」
「ユウ君……」
「まぁ、学園祭で1人だけクラスTシャツを貰えずに仲間外れにされてた俺が言うのもなんだけどね」
結局、昨日は美鈴の騒動もあってか、クラスTシャツは貰えずじまいだった。
昨日は速水さんがクラスTシャツを着ているのを見て、ちょっと絶望してこれは一生傷かと思ったが、今ではこうして自虐的な笑いに変えられるまでに回復している。
「え……ユウ君、クラスでボッチなだけじゃなくて、いじめられてるの? お姉ちゃんがユウ君のクラスに乗り込んで話をつけてきてあげようか?」
「い、いいよミーナ。そんな事したら、ますますボッチだよ」
「遠慮しなくていいから。今の戦場の歌姫の私が言ったら、みんな言う事聞くだろうから」
ミーナは、先ほどまでグズっていたのとは打って変わって、目をらんらんと輝かせている。
「あ、あの……ミーナ?」
どうやら、俺のために自分がやれる仕事を見つけた喜びに酔っていて、俺の話は届いていないようだ。
「そうと決まれば、早速ユウ君のクラスに乗り込もう! ついでに、無能なクラス担当教官の年増を追い落とせるし一石二鳥じゃない! そうか、このために私って戦場の歌姫なんてやってたんだ。私の力を使えば友達なんてすぐできるよユウ君! 私に任せて!」
いや、そんな事に戦場の歌姫のコネパワー使わないで。
強い幼馴染のお姉ちゃんのおかげでとか、格好悪すぎる。
「ちょ! やめてミーナ! そういうやり方で友達ができても嬉しくないから! あと、そもそも今日は学園祭の振り替えで休みだから!」
ドタバタしている俺とミーナを尻目に、
「ご飯のおかわりまだでしょうか……」
と、美鈴は茶碗を手に持ったまま、ダイニングテーブルでぽつりと呟いた。
炊飯器2台体制はマジでおすすめ。
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