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第10話 虎はネコ科

 俺と速水さんが校舎の壁の影から覗き込むと、上級生と思しき男子生徒4人が1人の女子生徒を取り囲んでいた。


 男たちの壁の隙間からチラッとしか見えないが、どうやら新入生と思われる。


「そうか。俺たちの派閥に入るならば、穏便に終わる所だったのだがな」


 サディスティックな笑みを浮かべている男の顔が見えた。

 あ、ミーナと一緒に登校した日の帰りに絡んできた周防先輩だ。


「実習外での魂装の行使は禁止されているはずでは?」


 取り囲まれている女子生徒は、周防に向かって尋ねた。


「学内のセンサーはまだまだ手薄なところが多いんだよ。今後のために覚えておくことだな」


 周防は、手に持った長物を袋から日本刀の一振りを見せつけるように取り出し、泰然と構えを取ろうとして、


「ほいっとな」


「ぐっ!」



 突如乱入した俺の手刀を手首に受けて、周防先輩が日本刀を取り落とす。


 突如眼前に現れた俺に驚愕する周防先輩だったが、慌てて取り落とした日本刀を拾おうと屈む。

 随分と愚かな選択をするもんだなと思いながら、俺は日本刀を遠くに蹴り飛ばして、屈んだ態勢になっていた周防の首根っこを掴んで地面に引き倒して抑え込んだ。


「おい、貴様なんだ! 周防さんを放せ!」


 取り巻きの男たちがようやく反応し、俺に食ってかかろうとするが


「動くな。俺に触れるな。こいつの首をへし折るぞ」


「な⁉」


「うぐあ……」


 抑えつける手に体重をかけると、周防先輩から苦悶の声が漏れ、周りの取り巻きたちが動きを止める。


「後輩への可愛がりとか、先輩らいつの時代の人間っすか? ここは最先端の魂装技術を学べる学校だってのに」


「ぐは……はぁ……その声……入学式前に虎咆といた1年坊か」


 周防が話が出来るように、すこし拘束の力を緩めてやる。


「どうも。怖~い先輩に同級生がやられそうだったんで、介入しました」


「貴様、俺にこんな事をしておいてどうなるか……」


「何が起きるんです? 入学1日目なんでよく解らんです」


「1学年が上級生に、こんな正面から歯向かう様な真似をした知れたら、他の2学年が黙って……」

「あ、この姿を他の2年に晒すんですか? 見られると興奮するタイプなんですね、周防先輩は」


「…………」


 ここで、周防も今の状態、1年に取り押さえられている上級生の自分という醜態を晒すことへのリスクについて思い至ったようだ。


「おい、神谷。お前は何が……」

「ま、ギャラリーはもう呼んじゃったんですけどね」



「両者、そこで止まれ‼」



 ビリビリ!と周囲が振動するように、音の波が空間を伝わり、校舎の窓や木々を振動させると、校舎の角の影から声の主であるミーナが現れた。


 人間の喉で発声できる限界を大きく超えた声量だが、これがミーナの魂装能力の一端だ。偶然にも、苗字の虎咆と一致する能力で、ミーナが場を一喝して制する。


 実は、周防を引き倒す前に、速水さんにミーナを呼んできてもらうよう頼んでいたのだ。



「周防くん。何をしているのかしら?」


 ミーナが冷えた空気をまといながら、地べたにうずくまる周防に話しかける。


「おい、虎咆。2学年の筆頭として、この状況を見て他にいう事はねぇの……か?」


 1学年の俺に拘束されている2学年という図式に、2学年の筆頭として思うことは無いのかと周防はミーナに問いかける。


「思う事? この状況を見るに、1学年に焼きを入れようとした周防君が、神谷くんに返り討ちに合ったって感じかしら?」


「だから、ここは筆頭のお前が……」


「私が1学年に焼きを入れろなんて貴方に命じた? 勝手に売った喧嘩のしりぬぐいを請うなんて、貴方が筆頭に選ばれなかった理由がよく解るわね」


「ぐ……」


 吐き捨てるように言葉を投げつけるミーナに、周防は奥歯を噛み締めている。

 が、流石に騒ぎの声が大きかったせいか、周りに他の生徒が集まりつつあることに気付くと、周防は羞恥に顔を紅潮させる。


「早くその恥さらしを連れて行きなさい。神谷君、拘束を解いて」

「はい、虎咆筆頭」


 俺が周防の拘束を解くと、そそくさと取り巻き質が周防へ肩を貸して退散していった。


 これで一段落と、俺は絡まれていた子に声をかけようとしたが、


「あれ? さっき絡まれてた子は?」

「いないわよ、そんな子」


 あれ?


 周防を俺が拘束したタイミングで逃げ出したのかな。

 結局、周防たちの人垣で顔はよく見えなかったな。随分小柄だったような感じだったが。


「まったく……速水教官から、1学年が校舎裏でトラブっていると聞いた時は、やっぱり貴方かと思いましたよ」


 速水さんには、適当にボカしてミーナに伝えてくれと頼んだが、どうやら紛らわしい言い方をしていたようだ。


「すいませんでした虎咆筆頭」


 野次馬の生徒が周りにいるので、ミーナ呼びではなく、苗字と役職名で応じた。

 ミーナも周りの目を気にしてか、余所余所しい態度だ。


「学園について殊更に無知な貴方には、お説教が必要ですね」


 ギロッと俺に視線を向けるミーナは、どこからどう見ても、後輩に厳しい女先輩だった。





◇◇◇◆◇◇◇





「にゃ~ご♪ にゃにゃにゃ~♪」


 入学式の後、帰宅してソファに座っているリビングに、鳴き声が響く。

 別に、俺が1人暮らしが寂しくて猫を飼い始めたという訳ではない。


「ゴロゴロにゃあぁぁ♪」


 俺は、膝の上に顔を埋めてスリスリしてくる猫の、銀色の綺麗な髪の毛を撫でてやると、機嫌のよい声を上げた。


 え? 猫に髪の毛って、体毛の間違いじゃないかって?


 いいや違わない。

 俺の膝の上には、人語を発する能力を喪失したミーナがくっついてきているのだ。


「あの、ミーナ?」

「んにゃあ?」


 先ほど学内では、キリッとした怖い女先輩という感じだったのに、その姿は見る影もない。


「お説教があるんじゃなかったの?」

「あれは周りの皆の手前、そう言っただけにゃあ♪ ごめんにゃあ」


「なんで、帰宅した途端に猫語に……」


「2学年筆頭って、しんどいポストなのにゃ~ 生徒会や3学年からは指示が飛んで来るし、1学年からの突き上げも食らうし、同学年からも面倒な話を持ち込まれるし」


「うんうん」


「だから、プライベートでは思いっきり伸び伸びするのにゃ♪」


 なるほど。


 有能な人ほど、仕事とプライベートのオンオフの切り替えが上手いというけれど、ミーナのこの猫語も自身のメンタルを整えるための物なのか。


 早速、ミーナの心労の一端を担ってしまった俺としては、黙ってミーナ猫をあやすことしかできない。


 うん。赤ちゃんプレーを強要されるよりは、心理的ハードルは低いな。


「まだ1日目だけど、学園内には色々問題がある感じだね」


 俺がボヤくと、


「学園内は、基本、魂装の力の強さで序列が決まるにゃ~♪」


 子猫口調でミーナが俺の疑問に答えてくれる。


「けど、強さって言うのは単純な戦闘力と必ずしもイコールって訳じゃないのにゃ~♪ 軍派閥じゃ戦闘系統の能力が重視されるけど、民間派閥では直接の戦闘以外にも使える支援系統の能力がむしろ重視される傾向にあるのにゃ~♪」


「ふぅ~ん。要は、役に立つ奴が偉いっていう曖昧な基準なんだね」


「派閥同士で評価基準も違うから、だからお互いを認め合わないのにゃ。その点が、この学園内での対立の根本原因なんだにゃ~♪」


 なるほど

 この猫、さすが筆頭を任されるだけあって、理路整然と答えよる。



(ブー!ブーッ‼)



「ミーナ、スマホが鳴ってるよ。何かメッセージが届いたみたい」


「うにゃあ? ミーナはもう今日は猫だから文字読めないにゃ~♪ ユウくんが読んでにゃ~♪」


 ちゃんと人語、話してるじゃん……という野暮な突っ込みはせず、俺はソファの上でゴロゴロ転がるミーナを尻目に、俺はミーナのスマホのメッセージを開いた。


「生徒会からだ。何だろう……ええと」


「2学年 周防大樹が決闘を申し込んだ。ついては~」



「 あ゛⁉ 」



 一瞬で素に戻ったミーナが俺の手からスマホをひったくる。



 無言でスマホの文を読むミーナの背中が、ワナワナと震えだす。

 ミーナの放つプレッシャーで、まるで銀髪がメデューサのように蠢いているような錯覚を覚えた。


「あのク◯カスが……! 私とユウくんに正面から喧嘩売るなんて何考えてるの」


 握り込む力が強くて、ギチギチとスマホがきしむ音がする。


 先ほどの猫ちゃんから、緩急つけすぎでしょ。

 しかし、決闘制度なんて現代にあるんだな~と俺は他人事のように考えていた。


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