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『完全無欠の最強星王』。それは、星が望んで星が作り出した世界そのものの王。星の子というスキルの最終到達点。
Gと魔王の持つ貯金を全て奪い、セナのステータスは1兆に届いていた。
他の者なら並び立つことすら不可能な領域。セナにちょくちょく手を貸していた神々すら、殺すことができないであろう力の結晶。
今のセナであれば、聖神程度は単騎で撃破できるほど、その力は素晴らしい。
「でも、結局はこうなるんだよね。」
輝きの大半が消え去って、ボロボロの姿になっているセナ。
その姿は、死にかけていたあの時よりも更にボロボロで、見ているだけで不安になるような、そんな悲しい姿。
何より、その周り全てが、彼の無力さを物語っていた。
ユゥリ、ベルモット、ラング、ハロ、マロニー、ライラ、ユウキ、ラーヌ、オーラ、ロミナ、エルフの子たち、知り合った人々。
その全てが、物言わぬ屍となって転がっていた。
首から下が存在していない。この状態からの蘇生は、敵と戦いながらなんて不可能。
みんな、そんな風に死んでいた。
「君は頑張ったね。」
セナにそう声をかけるのは僕、いや、体の大半を包帯でぐるぐる巻きにした奇妙な男。
「ああ、俺もそう思う。」
「プロットでの最後は、もっと小さくて、もっと弱かったんだ。それを君は覆した。」
「ぷろっと?」
「君の知識には無い言葉だったか。まあいいよ。ともかく、君はそれだけ頑張ったんだ。」
「意味が分からない。」
突然現れて、突然に世界中の命を奪ったその包帯男。
セナは全力で抗った。今という幸福を一瞬で奪われたことに激怒しながら、それでも全力で。
それなのに、包帯男の力はあまりにも強く、強大すぎて、セナは包帯の一枚も切ることができなかった。
「君は今までにないくらい僕に近づいた。それは人類にとっての快挙で、歴史上見たことの無い栄誉だ。けど、やっぱり足りない。」
「……近づいた?お前は今までも、こんなことを―――」
「そう、君と同じように、力を与えた主人公が、どこまで強くなるのかを見てきた。それでも、足りない。」
表情の見えない包帯の奥底に、一筋の涙が流れる。
自分の奪った命を想い泣くという、意味不明な水滴。
「僕の望みはただ一つ。僕より上位の生命の誕生。」
「それは、どういう。」
「説明はしておくよ。僕はステータスを作った側だから、僕自身がステータスの基準となる。僕のステータスは100京。冗談とかではない。どれかが100あれば、かなりの強者という君たちの常識を理解している。そのうえで宣言するのが100京。これは変動しても意味が無い数字。仮にこれを10京にしても、君たちの力を確認するときに表示される数字が1桁減るだけ。」
長々と語る包帯男の姿は、まるでこの話を少しでも長引かせようとしているみたいで
「つまり、君たちを含めた全生命全世界は、僕の一部ということ。」
「じゃあ、100京を超える化け物をつくればよかったじゃないか。」
「そう、そこが問題。それができたら苦労しない。」
「———」
「僕は今までいろんな実験をしてきた。無限に成長する生命、多種多様な手段で強く在れる生命、強く在ってくれと望んで創った生命。その全部が期待外れ。」
「あの”悪魔”は、どうなんだ?今の俺でもあいつとはまともに戦えない。」
「アレは違う。僕の世界にとってはただの異物。外部から来たウィルスのようなものでしかない。そもそもあれは人の形をしているだけで人じゃないし。」
心底吐き捨てるようにそう言った包帯男は、ゆったりと両手を構える。
「じゃあ、最後のホント、クライマックスだよ。これでこの物語を終わりにして、僕は次の用意をしないと。」
「待てよ。」
「……?」
「お前を超えれば、お前を殺せばいいんだな?そうすれば、全部元に戻せる。」
「無理だよ。君はもう、魔力も■力も残ってない。」
先ほどまでの慈しみ溢れる声ではない。底冷えした無関心の声。
「ユゥリが遺してくれたものがある。俺は一人じゃない。」
ボゥッと何かが点火する。セナの全部が燃え上がる。
「すごいっ、ステータス100兆。今までに見たことが無い。これが、愛の力?」
原因不明の急増に、包帯の奥の眼窩を光らせてそう呟く。
「『星王化・極』」
白銀のエネルギーがセナの全身を包み、その武の技も、魔の術も全てを押し上げる。
「いいねっ、かっこいいいいい!!!」
両者が地を蹴った。
セナと包帯男の戦いは熾烈を極めた。
両者の拳は目で追うことができず、屍の山をX座標もY座標も、Z座標すら狂わせる空間的にも歪な軌跡で殴り合っていた。
常に体が限界を超えて、心臓の鼓動はコンマ01を下回る速度で跳ね、筋繊維は脳からの信号を予約しているかのように躍動した。
時間が止まっているかもと思える速度の応酬が空間を裂き、2人と世界で物理法則が意味を間違えたと錯覚する。
永遠に続く攻防も、最後にはたった一つの拳が黙らせた。
「ーーーッ!?がはっ!!」
「っっ!!!?……やっぱり、ダメなのか。」
神の拳がセナの腹を突き破る。
内臓もボロボロで、生命の蠟燭が一気に吹き飛ぶ。
「なんでなんだっ!なんでっ!」
「……負けか……」
「ぃや、君は負けてないよ。大丈夫だ。だからっ!」
「……泣きそうなツラしてんなよ。情けねぇ神様だなぁ。」
セナの命が溢れていく。
傷口からは血が出ないが、体が、光の粒となって崩壊していく。
「……大丈夫だ。お前の望みは今から叶う。俺が、叶えてみせる。」
「本当に……?そんなことができるの?」
「見ていろ。」
セナの圧力が増す。死にかけの、虫より劣る生命力が膨れ上がる。
「【天命王聖・極楽煌拳】」
光り輝く拳が、神の顔面を貫く。
爆発的な暴力に、神の細胞が徐々に崩れて……
「凄いよ。ここまでダメージを負ったのは初めてだ。」
しかしそれでも、まだ足りない。
「君は確かに届いた。僕のHPの2割が蒸発した。けど、HPなんて意味は無い。生命を止めるには至らなかった。」
「くそっ……ぅぅうううう!!!」
「きっと君なら、いつか届くよ。今はゆっくり休んでくれ。」
神の掌がセナの胸に当てられる。
回避も防御もできない。
「【爆天・涅槃・奏羅神砲】」
オーバーキルを装う『手かげん』の暴風が、即死を纏う『峰打ち』となってセナに襲いかかる。
致死量の非致死魔法で全身をチリ一つ残さず消滅させられたセナ。
復讐を心に誓い、復讐を叶えて、幸福を享受した男の最期は、呆気ないモノだった。
◇◆◇
肉体を持たない魂たちの終着点。
世界に『死』を認められなかった魂の集う場所。
玉石混淆の魂の中で、明確な魂の形を持って瞑想をする影があった。
「きっと届くさ、必ず。首を洗って待ってろよ、殺してやるからな。」




