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アクアの自爆によって白飛びしたセナの視界。
意識が飛んでいたのは数十秒という短くも長い時間。
仰向けになっているセナの視界には、青空が広がっていた。
「アクア、仇。」
「がぼっ」
空が赤く染まる。
否、それは、セナが吐き出した血が目に入ったため。
腹を踏みつけにしているグランの足がより深くめり込んだから、内臓が損傷している。
「ぐがっ、【一閃】……!っ?」
どうにか抵抗しようとしたセナ。違和感はすぐにある。
振りかぶったハズの手が見えない。
スキルを行使したハズの右腕が、よくよく気づけば感覚から無い。
「無駄、右腕、右足、アクアと、消えた。」
首をどうにか動かして、その言葉の意味を確認する。
そこには、二の腕から先と、付け根から先が無い自分の右側。
切断ではない、完全な消滅。今までにない喪失感に、セナは自分の体温が下がるのを感じる。
「剣、飛ばした、お前、無力。」
「ががっ!?」
死に体のセナを踏みつけ、グランは無感情な目を向けてくる。
怒っているとも見えない、無感情な表情。
「魔王様、会う、お前、連行。」
断片的で片言すぎるグランの言葉を、痛みで回らない頭でかみ砕く。
つまりは、魔王にセナを会わせようということなのだろう。
今は魔力で止血と、水や光系での治癒で、少しでも傷を塞ぐことだけに注力する。
「ぐぼへっ!!」
「抵抗、無駄」
大きな手でがっしりと腹を掴まれ、その衝撃で血を吐く。
最早自分の体積ほどの血を吐いたセナは、ぐったりとして抵抗も無い。
現状を打破できないと感じたセナは、無抵抗のまま魔王に会うことにした。
◇◆◇
魔王の城?塔?の中はまさに異世界のよう。
広く深く高く厳かで、金だけでは作り上げられないような装飾と調度品の嵐。
配置という概念から解き放たれた無重力の混沌。
先ほどまで床だった場所が壁となり、扉に先は無く、認知をゆがめて固定観念をぶち壊す。
照明らしいものは見当たらないのにモノははっきりと見えるし、外の様子は見えないのに昼も夜も在るらしい、
そんな、一つの世界でも見ているような異常景色に、セナは見入っていた。
「魔王様、例の」
ひときわ大きな扉の前に来たグランは、そう言って門扉を叩く。
拳と金属の打ちあう音とはとても思えない重低音が響き、扉がゆっくりと開く。
「やぁ、よく来てくれたね。歓迎する。」
グランの手の中で、セナは若く柔らかい声を聴く。
前評判から想像していたような、怒り狂う亡者や、怨嗟の権化とはとても思えない、朗らかさに満ちた声。
グランの手から降ろされ、片膝と片手だけでバランスの悪い体は、床に倒れ込むように横たわる。
「ま、魔王……」
「ああ、僕が魔王だ。」
魔王の容姿は、セナと大差が無い少年と青年の間のよう。
今まで見てきた魔族や獣人たちとはまるで違い、その姿は人間そのもの。
「ちぃっ!!我の自爆で手足一本ずつかよ!畜生!」
「ワシなんてなんかいきなり死んだからのぅ。」
「死なず、任務、完了。」
「……」
「ぐ、くっ」
ついさっき自分の手足と共に自爆したはずのアクアの姿、見知らぬ二人、そしてグラン。
この四人が魔王四天王ということで間違いはない。
そして、その四人を束ねているのが魔王。
「ふふっ、やっぱり彼は僕と同じ、星らしい。お前ら、一旦停止。」
魔王がそう唱えただけで、四天王らは一切動かなくなる。
それを一瞥することもなく、魔王はセナの近くに歩み寄る。
「君、僕と同じで星の子だろう?」
「……星の子?」
「スキルに干渉できる不思議なスキルを持っている人の事だよ。」
そう言うと魔王は、セナに軽く触れる。
「僕の持つ力は【@;:・・@】、君には聞き取れないだろうけど、スキルを創り出す力なんだ。」
スキル名、と思われる名前を言ったであろうところだけ、ノイズが走ったような変な言葉を話す。
「僕はこの力を持っていて人々に迫害された。神の摂理に反するだとか、世界の敵だとか、そう言われてきた。」
「……」
「その昔に結婚を約束していた人から裏切られ、仲間は僕を売り、国から逃げ、ここに至った。僕が信頼できるのは、僕が作り出した魔族たちだけ。」
「……」
「なんであんな迅速に対応できたか分かるかい?魔族たちは全員僕と同一の存在なんだ。だから、連絡手段すら必要が無く、僕の一部として活動してくれるんだ。」
「……」
「この力を全て使って、僕は僕が信頼できる魔族だけの世界をつくる。人類には全て滅んでもらう。あいつら全員をぶっ殺してやる。その気持ちだけでここまできた。」
「……」
「ねえ、何か答えなよ。」
「……」




