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「では、契約はこれでよろしいのですね。」
店主の問いにセナはうなずく。
契約書には、セナの姓を含めた本名を全て書き、血判まで押した。
「これを押してしまえば、貴方の寿命は途方も無く減ってしまいます。破り捨て、無効にするなら今が最後のチャンスですよ。」
「構わない。日和るつもりはない。」
セナの承諾を聞き、店主はその契約書を丸めて一口で飲み込んだ。
当然、行先は胃袋ではないのだろう。
しかし、これによって契約は完全に成立。
「素晴らしいものです。今まで、貴方ほど思い切りの良い買い物をしたのは、数えるほどしかいません。」
「いるのかよ。」
嗤う店主に突っ込み、残ったドリンクを飲み干す。
「お見送りします。」
「いらない。もう用事もないだろう。」
これはあくまでも泡沫の夢。
実際にはありえないただの白昼夢。
セナは誰にも会っていないし、誰かと話をしてもいない。
だから、これはただの幻ということになる。
◇◆◇
「———ナ!セナ!!」
「ん?」
「ん、じゃないわよ!ボーッとしてどうしたの?」
ふと気づくと、目の前にはセナの顔を覗き込むユゥリの顔があった。
周りを見れば、人目の多い表通り。
セナは立ったまま呆けていたらしい。
「ああ、ごめん。で、なんだっけ。」
「そうよ。別行動する?集団じゃ動きにくいし、私はセナと二人きりでデートしたいな。」
「———そうだな。それも悪くないが、ここは4人で動こう。ロミナに迷惑を掛けないためにも、Gみたいな変な奴に絡まれないためにもな。」
先ほど冒険者ギルドで出会った男は、本当に変な奴だった。
本当のように嘘をつくやつは見たことがあるが、嘘をつくように本当のことを話すやつというのは見たことがない。
あまりにも奇妙な雰囲気をしていたため、セナもあまり関わりたくなかった。
「では、お店を何件か見て回りましょうか。」
「そうだな。」
「裏路地なら掘り出し物も」
「いや、表で十分だろう。この街の裏路地には大したものはない。」
行き先を提案するベルを引き止め、その通りで買い物を済ませることにした。
きっと、表でもいろいろと面白いものを見つけられるだろう。
◇◆◇
時間が飛び、ハルメニの街に来て2週間が経過した。
この街にもずいぶん馴染み、ロミナの監視もだいぶ緩んだと思う。
そこで、南に行くということをロミナに伝えることにした。
「それは許可できないな。」
「……なぜ?」
「第一領域の支配者である私が、君たちを認可しないからね。」
第一領域。ここにきて初めて聞く言葉だ。
その支配者と言った。
ロミナが、この街の領主のようなものであることは知っていたが、どういう意味だろう。
「ハルメニの街は聖アルマ法国を外敵から守るための一つ目の門。そして、その門番である私が君たちを認めていない。だから通せない。」
「つまり?」
「嘘は通じないということだ。セナ・カルハート」
抜剣。速度で言えば、並みではない。
超人的なセナの動体視力でなければ、その剣筋すら追えないだろう。
もちろん、それが見えているセナからすれば、その剣は避ける必要が無いのは見てわかるわけだが
「見えているのに避けない。やはり、君が報告にあった者か。」
「司祭様やらが殺されたことですか?それは誤解———」
「いや、もっと前の話だ。勇者のエンブレムが盗まれ、それを処断するべく向かった数名の神聖騎士が帰らないという大事件。君が犯人だろう?」
その手の話は、意識的にしてこなかった。
しかし、どこからそれを確信したのか。
セナが切り出したことで確信したのか、それ以外に理由があるのか。
ただ一つ言えるのは
「俺は殺されそうになったから殺した。それは譲らない。」
「……そうだな。君が温和な人間であるというのは、この数日で理解した。だが、私も神聖騎士の一人として、君と戦う必要がある。」
「どうしてもですか。」
「ああ、どうしてもだ。」
高品質な剣の切っ先がセナに向く。
同席していたユゥリ達は、セナの合図に従い、その部屋の隅に避けて安全を確保する。
「1対1の決闘だ。もちろん、手加減はしない。行くぞ!!」
夕食の並んだ机を蹴り飛ばし、ロミナがセナに切りかかってきた。