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二週間が経過して、セナ一行はボロニルでの生活に慣れてきていた。
セナの体力と魔力であれば、たいていの魔物はただのボロ切れ同然で、かつステータスを奪うスキルによって簡単に倒せるため、普通の冒険者のような命の危険は殆どない。
ユゥリやベルモット、今ではラングまでもが超人的なステータスを持っているため、空き巣や強盗の心配もなく、充実したボロニルライフを送っている。
とはいえ、残してきたハロたちのことが時々心配になったり、スキルの暴走についての気がかりもあるにはある。
そのため、ギルドマスターらとの交渉の末、業物を数本作ってもらう契約にして、数はラングに任せることに。
また、作ってもらう紹介を頼んだだけで、費用はセナ持ちであるため、金はそこそこ稼ぐ必要がある。
もちろん、たまの休日という体の日には再び怪盗ごっこをしているため、多少ではあるが金は貯まっている。
いや、湯水のようにとはいかないだけで、都に家を買えるくらいは持っている。
が、贅沢な暮らしはするつもりもなく、剣にも必要な分だけあてて、ある程度は箱の中にしまっておくつもりだ。
話を戻して。
セナが捕まえた『メタリック・ゴーレム』の作り出す金属は、純度がかなり高く、魔力も少し帯びている特殊な金属であると判明。
どうやら進化したことで体から生える金属の種類が増えたということらしく。鉄、銀、銅、金が生えているらしい。
「魔力を帯びている分、量産に使っても及第点な剣が作れる。」
とはラングの談。
もしもの時のことを考え、ある程度手元に残して売っている。
それと、怪盗で手に入れたスキルの中にはまたしても【固有】スキルがあり、
【付与】
【保護】
という二つを手に入れた。
まだ前に手に入れたスキルの検証も済んでいないが、持っていて損は無いだろう。
ということで、しばらくはステータスの肥やしになる予定。
予定ではセナ達のボロニル滞在はあと一か月ほど。
最大で半年の予定だったことを考えれば短いもので、狩る対象が少なくなってきたころに、セナは本当の休日を過ごすことにした。
◇◆◇
ユゥリとのデート。
「ほら、あそこの露店に面白いものがいっぱいあるの!」
「食い物だけじゃないのか。」
午前中の露店回りに出かけていたセナとユゥリは、街の中のいろいろな場所を巡っては露店で売られている珍しい物を見て回る。
つまりはウィンドウショッピングに興じていた。
「読むだけで魔法のスキルが手に入る本?こんなものあったらそれこそ金貨何千枚って値になるんじゃないか?」
「ふふっ、そんなの偽物に決まってるでしょ?セナったら本気にして面白いっ!」
ぼったくり品に真剣な評価をしていると、ユゥリがからかってくる。
そういう偽物や嘘に鈍感なセナは、ユゥリにとって笑いのツボらしい。
「お、これは『相手の心が読める水晶』だって。ユゥリ、どう思う?」
「え~?そんなのあったらつまんないじゃん。」
そう言うユゥリを水晶越しに見てみる。
上下反転したずんぐりユゥリを見つめていると、その中心から茶色と紫色の塊のようなものがもくもくと溢れてきているのが見えた。
それは、まるで生物のようにうごめきながらその水晶の中全体を覆って———
パリン
セナの手から叩き落とされた水晶が、音を立てて割れた。
ユゥリが、かなり勢いよく叩いたためか、その衝撃がセナの手に残っていた。
「あ、ごめん。けがとかしてない?」
「それは大丈夫だけど、今水晶の中に……」
「あああ!!!ウチの商品壊したな!それに店の前を散らかしやがって!!弁償しろ!!」
自分の店の商品を壊された挙句、自分の店の前に破片が散らばったことで、カンカンに怒った店主にセナ達は平謝りするしかできなかった。
その日に使う予算が水晶の弁償代に消えてしまって、ユゥリとのデートは半日程度で終わってしまった。
◇◆◇
ベルモットの日常。
ベルモットはセナ達の身の回りのことをなんでもやってくれる。
料理に洗濯はもちろん、鉱山に行けば素材を箱に入れてくれるし、けっこういろんなところに目が届く。
「今日は俺が昼飯を作るよ。」
予定より早く帰ってしまい、やることのなくなったセナはそう提案した。
すると、それを聞いたベルモットは返事をしないまま、その場でボロボロと涙を流し始めた。
「わ、私の料理に何か至らないところがありましたか?」
「え、いや、たまには俺が作ってみんなに食べてもらいたいって思って、え、ごめん。」
「わ~、セナがベルちゃん泣かした~。いけないんだいけないんだ。」
そう茶化すユゥリをあえてスルーして、ベルモットの涙を拭う。
良かれと思って言ったことなのに、まさか泣かれるとは思わなかった。
「お願いしますから。私に料理させてください。」
涙を拭った手をがっしり掴まれ、そう言われてしまえば、セナはこれ以上何も言えない。
手を掴まれ、椅子に座らされたセナは、ユゥリでそこに拘束され、宿の台所を借りているベルモットの音を聞くしかできなかった。
「まさか泣かれるとは、俺の料理、まずかったのかな。」
「ふふ、セナはほんと、何もわかってないんだから。」
出会ったばかりのころを思い出しながら、セナはそう呟く。
ユゥリがセナにとって唯一の心の支えだったころ。
奴隷として買ったベルモットが今よりもっと自己主張の弱かったころ。
「はい、できましたよ。」
「おっ、おいしそ~!」
「ああ、そうだな。ラング!飯だぞ!」
「……ぁい、今行く。」
外のラングを呼び、机を囲む。
一礼のあと、黙々と食べる様子をベルモットはニコニコと見てくる。
ベルモットはセナが自分の作った料理を食べているのを見ている時、一番明るい笑顔になる。
「ベルモット、俺はお前に報いているのかな。」
ふと、そんな言葉が口から出る。
何気ない、他意の無い一言。
「報い、とは?」
「もう奴隷でもなくなったお前が、こうやって世話を焼いてくれていること、俺はうれしいけど、何も返せていない気がする。」
「返す。ですか。」
「何か欲しい物とか、金が欲しいなら言ってくれ。なんでも渡す。」
なんでも金や物で解決しようとするデリカシーの無いセナの発言に、ベルモットは失笑する。
「なら、今度からベルって呼んでください。」
「え?」
「ベルモットだと少し長いし、もっと呼び易くしたいんです。」
「べ、ベルか。」
「……はい。」
ニコニコ笑顔とはまた種類の違う笑みを浮かべて、ベルモット、もといベルは返事をした。