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ブルーオークどもの豪邸は、セナの魔法で半壊している。
それも、中心から円を描くようにえぐれているため、扉も必要が無いくらいだ。
「これをセナ様が?どうやら、『灰砂』様と同様の実力者というのは本当のようですね。」
「え、あ、はあ。そすね。」
ラーヌに怒鳴ったことと、そのことで自分がブルーオークの壊滅の主犯だとげろったことで少し意気消沈しているセナは、生返事をしながらメイドのオーラについていった。
「しかし、あのご主人様に大声を張り上げるなんて、私も見たかった。」
「サイル、さすがに不謹慎。ご主人様に聞かれたらどうするの。」
「それは君次第だろう?言うのかい?ブラン」
「……言わないけど。」
オーラの助手についてきた執事のサイル。メイドのブラン。
オーラが顔を顰めるように、セナも二人のやり取りには少し胸やけがする。
ラーヌ邸からブルーオーク邸まで、片道30分そこらなわけだが、それにしても長かった。
「あの二人いつもあんな感じなんですか?」
「二人きりの時はもっとすごいとほかのメイドの子が言っていました。」
「まじか。」
などと話しながらブルーオーク邸に入る。
死体もそこら中に落ちていて、かなり臭い状態だった。
「俺、地下を見てきます。三人は上をお願いします。」
「いえ、セナさんは私と一緒に地下です。サイル達は一階と二階を手分けして捜索してください。」
どうやらさすがにセナ一人に任せることはできないらしく、地下にはオーラがついてきた。
隠し扉になっている地下への扉を開くと、記憶のままのどす黒い臭いが立ち込めてくる。
「うっ」
セナは二度目だから多少平気だが、オーラは少しえずいてしまう。
しかし、それでも仕事と割り切って地下室に入ると
「ひっ」
大量に転がる死体。地面に流れこびりついた血錆。
汚い鉄格子にほこりと血と糞尿の臭い。
換気の悪さも加えて最低最悪の気分になるスポット。
そして、その死体を見たオーラは、数秒の沈黙の後
「おぇえ」
色々ごたついたものの、セナは一足先に探索を開始。
本のタイトルと外見は教えてもらっているため、死体をかき分け探すが、こんなところにあるとは思えない物のため、テキパキと早く終わらせるために作業する。
死体はできるだけ丁寧に扱い、損傷などは絶対にさせない。
そうして本を探しているうちに、セナの感覚に変化があった。
小さい、しかし強い光の塊があるような。
そんな感覚。
それをたどってみると、一つの死体からソレを感じた。
怪しみ、すこしだけ考えてから、セナはその死体からスキルを奪うことにした。
そして、手に入るたった一つのスキル。
【異空箱】魔力総量に応じた内容量可変の箱を召喚。無生物のみ収納可能。
そのスキルの中には、何かが入っていた。
「これは」
タイトルは『魔神装典』
探していた本だった。
◇◆◇
胃袋の中身を吐き終えたオーラを担いで一階に戻るセナ。
目当ての本は探しだしたが、オーラはかなりグロッキーな状態。
ほどなくして戻ってきた他二人もオーラの状態を見ておののいていた。
とにかく、二人に先に本を返させてオーラを介抱することに。
隠れて『聖魔法』を使って軽く回復させる。
胃袋の中身を全部出しただろうし、水も出して飲むよう促す。
「あ、ありがとうございます。お見苦しいところを……ぉえ゛」
まだ気持ち悪いらしい。
背中をさすり続ける。
「あれを見て、平気だったんですか?」
軽く一時間ほど経って、少しずつ元気を取り戻したオーラは、セナを見上げながら聞いてきた。
「平気って?」
「あ、あんな、酷い場所……ぅぷ」
「嫌なら思い出すなよ。……俺は平気だった。あれと同じ地獄なら見てきたから。」
そこで、セナは嘘とも真実とも言えないことを口走った。
今までの人生で、あれだけの無残な死体を目にしたことはなかった。
少なくとも、前の街でのアレはただの戦争。一方的ではあったし理不尽だったが、あの地下とは明らかに違った。
しかし、それらの地獄も地下の地獄も、セナにとっては同じだった。
「……そんな。」
「同情はするなよ。不愉快だから。」
もはや敬語なんて忘れて、セナは見失った自分を取り繕う。
自分でも自分が何を言っているのかわからない。
けど、口は止まらなかった。
「俺には大切な者がいる。それを守るためだけに生きている。憐れまれるのは侮辱でしかない。」
「……そうですか。」
そううなずくと、セナの手の水をグイッと飲み込みオーラは立ち上がった。
「大丈夫か?」
「まあ、はい。」
「じゃあ、ラーヌ様に報告しに行くか。」
少し暗くなりかけている街を、二人並んで歩き始めた。
◇◆◇
「これはどういうことだ?」
屋敷の中。
ラーヌは明りもつけないまま読んでいるのは、召使たちに探させた自分の宝。
かつて、大陸の半分を海に沈めたと言われている『悪魔』の書。
ラーヌには読めない言語で書かれているはずの本。
読み解いた者に永劫の幸福を与えるとされている本。
それが、『魔神装典』
その本の文字が、ラーヌにも読めるよう翻訳されていた。
「セナが何か。いや、あいつにそのメリットはない。なにかしらの要因?しかし、本の文字が変わるなんて、魔法でも可能なのか?」
すらすらと読み進めていく中で、ラーヌは気づかない。
少しずつ独り言が増えていること。
「この本の内容は、まるで日記だ。昔の時代の誰かの主観で書かれている。なにより、この人物はあまりにも怒っていて、それが文字の圧、語彙の端々から感じ取れる。髪が天を衝くとか、腹を立てるなんて次元ではない怒り。」
読み進める目が速くなる。
ページをめくる速度が上がる。
「なんだこれは、勇者が……であれば、聖女の……は、これでは、これは……ではなく……」
ぶつぶつと次第に言葉にならなくなる。
怒りは感染する。憤怒は血をたぎらせる。
「勇者……許せない。勇者ぁ……!!」
月のあかりに照らされているラーヌの顔は、赤黒く変色して、とても人の顔には見えなかった。




