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『英奪騎士団』の強襲、町の被害、住民の避難、鎮火、家探し、残党狩り。
気絶していたが、生きていたドルドを見つけた時、セナは涙を流した。
奪い取って7万以上になったステータスを総動員させて、人命救助に駆けずり回った。
軽傷者は『聖魔法』で簡単に治癒できた。
ベルモットにも『聖魔法』を半分預け、手分けして治療してもらっている。
それでも、未だ状況は芳しくない。
「きっと第二陣が来る。猶予はあまりないぞ。」
既に残党狩りの最終確認から1日が経過していた。
ドルドも目を覚まし、状況を話し合っている。
第一陣が壊滅させられ、何日経っても帰ってこないとなると、追加戦力を投入する他ない。
勇者絡みの話があったということは、ほぼ間違いなく隣の国からの進軍。
神聖騎士が殺されたことが伝わったらどのくらいの速さで第二陣が来るか分からない。
無視はありえない。
神聖騎士という神聖教の司教レベルの地位の人間を殺したから。
移動距離も合わせれば、最速で7日、20日以上は掛からない。
死亡者は全体の4割前後を確認中。行方不明者は2割、残る4割も3割が軽傷者はで、1割は重篤な欠損や火傷のある負傷者だ。
セナ、ベルモット、その他冒険者が駆け回っているが、そう簡単にはいかない。
セナの『聖魔法』は効果こそ重複の影響で高まっているが、手足の断裂や広範囲の火傷、そして、精神の摩耗まで治せない。
12人、家族や恋人の死を悲観して自殺してしまっている。
「ドルドさん、怪我人の把握はどれくらい進みましたか?」
「7割といったところだ。街の人間の名簿でもあれば良かったが、話せる奴に話を聞いて1から作っているからな。」
ドルドはそう言うが、1日でそれだけやってくれるドルドにセナは感謝していた。今後、冒険者として活動できなくても、事務職はこなせるだろう。
「セナ、あまり無茶をするなよ。今、この場で頼りになるのはお前だけだ。だが、疲れたら休んで良い。お前が休む事を咎める奴がいたら、俺がナイフでも投げてやる。」
「わかりました。お気遣いありがとうございます。」
セナは3日目になっても一睡もしていなかった。
魔力は奪った分も全て使って、足の裏が見るに耐えないことになっても。
5日目に、生存者は全快にまで回復した。
その確認をした後顔面から地面に倒れ気絶したセナをベルモットが介抱しながら、ドルド主導で避難の準備が行われた。
セナは丸2日寝続けた。
肝心の7日目に避難の準備が整い、街の住人は移動を始めた。
セナはドルドさん、ベルモット、ユゥリに囲まれ、丁重に運ばれた。
最後尾を行くセナ達は、神聖教の輩を警戒しながら次の街へ進んだ。
◇◆◇
9日目。大所帯の避難は最大の難関にぶつかっていた。
体力の無い老人や子供がバテ始めた。
数十分に一度は休み、6時間歩いては6時間休むというペースでの移動は、簡単に言えば絶え間ない疲労とストレスを溜め込ませてしまっている。
かと言って、倒れた者を置いていくのは統率の妨げになる。
そのために、体力が限界になった者はセナが背負って歩き始めた。
7日目の終盤には目を覚ましていたセナは、ベルモットの気遣いによって8日目はまるっと寝込んでいたため、体力は回復している。
魔力にも随分とゆとりが戻ってきたため、『聖魔法』で子供達を癒しながら進むこともできた。
11日目。
最寄りの街までの距離は半分を切った。
セナはまた魔力の枯渇と睡眠不足になっていた。
目は充血しているし顔色も悪い。何も出ない嘔吐を繰り返しては気絶しかけている。
「セナ、休め。お前はこの集団の要だ。今どこまで来ているかも分からない神聖教の連中に対抗できるのはお前だけだ。頼むから体力を温存してくれ、それを拒む奴は1人もいない。」
目の下に隈を作ったドルドは言った。
セナは残りの力でドルドに『健脚レベル2』を2つと『聖魔法レベル2』を渡して、ベルモットに任せて気絶した。
今度は三日間起きなかった。
15日目。
最先端の避難民が街は到着した。
最後尾のセナ達にも見える程の距離だ。
しかし、それと同時にセナは背後から無数の音を感じ取っていた。
大量の馬が大地を踏み鳴らす音。
力強い地鳴りは、山二つ分先から聞こえる。
「まずいな……ドルドさん、俺が足止めします。例の報告を冒険者ギルドや町長、領主に伝えてください。お願いします。」
「セナ、待て、待つんだ。ダメだ。やめろ、逃げるんだ。死ぬ。前のようにはいかない。待て、頼むから待ってくれ。」
立ち上がるセナをドルドの片手が掴む。
ボロボロの布切れでできた外套は簡単に破れ、バランスを崩したドルドはその場に崩れ落ちる。
「頼む!待ってくれ!どうにか!何かないのか!セナ、死ぬな!お前が死んだら、俺はもう……立ち直れない……!」
「ベルモット、ユゥリを頼む。生きてたらまた会おう。」
ドルドを担いで離れるベルモットにそう言う。
優秀な奴隷だから、ベルモットは何も顔に出さない。
溢れる涙も見せないし、離れることに何も言わない。
「皆殺しにするつもりだったのにな。」
セナは誰にも聞こえないようそう言う。
全員を自分のための養分にするつもりだった。
なのに、この半月間セナは身を粉にして働いた。
生き残った者を生き残らせるために、全力で。
「これで死んでも良い気分だ。」
そんな快活な気分は、一瞬で裏切られた。
「セナさん!!大変です!」
駆け寄って声をかけたのは若い男。
体力もあって、『健脚』スキルも持っているから伝令役をしてくれた青年。
「イルル街の奴ら、俺達を閉め出しやがった!!神聖教の話が回ってて、街を守るためだって、俺達を入れないつもりだ!」
彼が泣きながら叫んだ事は、セナの耳に届く。
聞かなければ良かった。
聞かなければ良かった。
聞かなければ良かった。
死ぬ事を、後悔を、全て精算して死にたかった。
死ぬ理由も、死ぬ意味も、十分にあったのに。
あのまま死んだら未練なんてなかったのに。
「ハロ、頼みがある。」
「セナさん!もう、俺たち……!」
「ハロ」
なきじゃくる青年、ハロの目を見据えて話しかける。
「お前に『聖魔法』と『健脚』『剛腕』。他にも使えそうなスキルをやる。できるだけ避難民を一塊にして守れ。ドルドさんに指示を仰いで、町の連中とも交渉を続けろ。」
「せ、セナさん?」
「俺は今からあの山の先から来る神聖騎士どもを殺してくる。お前が頼りだ。」
死に場所はここじゃない。
セナは腹を決めた。