17
ドルドとの解散後、盗賊の件はいったん保留になり、セナは一度宿へ戻った。
ベルモットとユゥリに今日の出来事を話したが、特別良い話はなかった。
ユゥリとベルモットにステータスを振り分け、二人に包まれて眠る。
そんな平穏な眠り。
それは突然終わる。
最初に気づいたのはユゥリだった。
物の焼ける覚えのある臭いに不快感を覚え、身をよじった。
それに気づいたベルモットとセナ。
体感時間ではまだまだ深夜のはずが、窓の外は力強い赤で染まっている。
しかし、それはいつも見る朝焼けとは違い、下に赤があった。
「これは……」
セナの意識は一瞬で覚醒する。
緊急事態に脳みそが通常時以上の活動を始める。
「……ぁぁ!ぎゃあああああああ!!!」
遠くから叫び声が近づいてくる。
窓を叩き割り、宿の屋根に出る。
そこから見渡す町は、地獄そのものだった。
黒い甲冑を身に纏った無数の人影が、町の人々を……。
セナの顔からすべてが消える。
町の火はもう収めることができないほどに広がっている。
多分ため込んだ魔力で雨雲を呼んでも焼け石に水だと、セナは直感した。
奇跡的にセナの宿から最も近い火は5軒先、目視で確認できた甲冑は25人。
隠れている可能性と死角にいる人数を加味して、全部で100人程度と予想を立てる。
一番近い甲冑に『暗足』を使って近づく。
甲冑の肌を露出している部分に触れ、ステータスとスキル、属性を奪う。
ステータス+『150』
Aスキル『聖魔法』『光魔法』『火魔法』『剣技』『神罰』
Pスキル『聖魔法』『光魔法』『火魔法』『剣技』『魔力増量』『聖痕』
属性『火』『聖』『光』
見たことのないスキルが手に入った。
それよりも、明らかにステータスが高かった。
Cランク以上の冒険者のステータスをしている兵士が100人。
かなりの規模の組織が裏で手を引いているのは明らかだったが、この甲冑には違和感があった。
ステータスを奪った男を殺して、甲冑をはぎ取る。
甲冑とその中身をレベル3の『鑑定』で解析する。
◆『破戒のメルトロン』 『神聖教』の中位部隊『英奪騎士団』の基本装備。ステータスを5%上昇させる効果がある。また、耐火、耐寒性能に優れている。金貨300枚。
◆『英奪騎士団』 『神聖教』の中位部隊序列15位の部隊。150人から構成されており、司祭以上の権限を持つ者がその指揮権を持っている。
◆『神聖教』 『勇者』『聖女』と『英雄神』を崇める世界最大の宗ky……
セナの手には先ほどまであったはずの兜はなく、粉々になった黒っぽい鉄片が握られていた。
「皆殺しにしよう。」
ベルモットにユゥリをまかせ、セナは駆け出す。
黒い甲冑を見つけてはステータスを奪い殺す。
手当たり次第に殺しては、その奪い取ったステータスで加速するセナに、黒甲冑は10人以上の犠牲が出るまで気づかなかった。
しかし、気づいてもなお強襲者はステータス2000を超える化け物。
Bランク冒険者の域を大幅に超えた存在に潜まれ、仲間が勢いよく倒れていく姿に、黒甲冑たちの士気はみるみるうちに落ちていった。
「て、撤退!撤退いいいい!!!」
「何者だ!うわぁああああ!!!」
「ひぃ!?アンディ!?嘘だろぉ!」
次々と倒れていく仲間の姿に蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う黒甲冑を、セナは文字通りちぎっては投げと殺していく。
30人を超えたあたりでセナのステータスは4000を大幅に超えていた。
「止まれ!私は『英奪騎士団』団長のクレザス・オルドバッハ!!卑怯者め!正々堂々一騎打ちだ!」
などと言って立ち止まっている者は数名いるが、逃げる気配があるやつを優先して殺す。
率先して逃げ出すやつは即殺す。
遠くにいるやつも殺す。
60人を超えたあたりでセナのステータスは9000を大幅に超えていた。
そして
どんな野生動物よりも機敏に速く、そして素手で首を刈り取ってくる恐ろしい生き物が90人目を殺したとき、14500という人外のステータスを手に入れていた。
90人を殺しきるのに使った時間は45分。
そして、逃げずに阿保の面をいくつもそろえて突っ立っている残りの黒甲冑の場所へ向かう。
そろそろセナも落ち着きと知性を取り戻してきたころで、比較的すっきりしていた。
皆殺しついでに町の状況を確認した結果、火事での死者は町の住人のうち2割、負傷者は6割で重傷者と軽傷者はそのうちの3:7といったところだった。
阿保面の周り以外の主な火は消し終わり、残るは阿保面の相手だけだ。
「なあ、お前らにこの街を襲撃させたのは誰だ?伯爵か?」
セナはできるだけ冷静に努め、名乗り上げていた団長とやらに声をかけた。
「ふんっ!我々は神聖教、一介の伯爵ごときに動かせるものではない!が、今回は勇者様と懇意にされている方からの依頼だ。一切の手抜かりなく、この町を更地にしてみせる!」
「……そうか。ちなみにこの町の人がなんで焼かれたのか、聞いてもいいか?依頼といっても、例えば『鑑定』の魔紋が刻まれたエンブレムを探してほしいとかじゃなかったのか?」
「ふん、浅はかな愚か者め。レベル5の魔紋などどんな者でも喉から手が出る一品。悪党がそれをおめおめと手放すわけがないだろう。」
「悪、党?」
「そうだ、勇者様のエンブレムを奪うような者は皆悪党、盗人、極悪人だ。正義はわれらにこそ在り、貴様は正義を邪魔する悪人だ。わかるな?」
冗談の雰囲気はない。本気の発言。
自身の信仰対象の物をとったかもしれないという疑いがあるだけで、この甲冑軍団は心優しい街の人たちを焼いたのだ。
殺された人がいた。
セナの尽力で被害は比較的小さく済んだ。
しかし、3桁近い人が死んでいる。
町に来た時、ユゥリとセナのことを心配してくれた門番の二人。
セナが逃げたのに、ウルフの毛皮を持って追いかけてくれたおっさん。
冒険者ギルドで受付をしていた、セナの傷一つに大げさに心配してくれていた女の人。
盗賊について頭を抱えていたギルドマスター。
みんな、死んでいた。
燃えていた。斬られていた。眠るように死んでいた。苦しんでいるように死んでいた。
それを見たセナの心にできた一つの感情。言葉にしにくい情動の嵐。
『殺意』だけが腹の底から湧き出てくる。
「『豪炎煉天・大割砕』」
そんな湧き出た感情ごと、燃やし尽くさんばかりの炎が身を包んだ。