わたくしたちの小さな英雄
マイプティアは私たちの誰よりも小柄で、あどけない顔立ちの、知らない人が見たら幼年学校も出てないような小さな子供かと思うくらいの可愛らしい子でした。でも、私たちの誰よりも頑張り屋で、救助にかける情熱は誰よりも熱く大きなものでした。
あの日は夜間の渡河作戦で、わたくしたちは艀に乗ってルヴァンス川を遡りながら渡っているところでした。
星の明るい夜だったせいでしょうか。真夜中だったにもかかわらず、わたくしたちの部隊は敵に見つかってしまい、すさまじい砲撃を受けました。絶え間なく降ってくる砲弾に、艀は次々と撃破され、兵士たちは冷たい河の水の中に投げ出されていきます。
わたくしたちの乗った艀も、舳先に火がついたかと思うとあっという間に弾薬に引火し、凄まじい轟音とともに傾いてずぶずぶと沈んでいきました。わたくしたちは次々と冷たい河の水に飛び込んでいきます。
一人でも多く救出するんだ。
わたくしたちはその一心で、手近な兵士を掴んで必死に岸を目指します。しかし、間近に燃える鉄の塊が降ってくるたびに、水面に浮かんでいたはずの頭がただの紅い波紋となり、消えて行ってしまいます。人はとても簡単に死んでしまうのです。それが冷たい水の中ならなおのこと。しっかりと掴み返してくれていたはずの手が、いつの間にか力なくだらりと垂れ下がるだけとなって、慌てて振り返ると、頭に鉄片がささったその人が、ゆっくりと沈んでいくところでした。
「ありがとう、君たちは天使だ」
聞き取る事が難しいほど掠れた小さな声は、もしかするとわたくしの心が生み出した幻聴かもしれません。しかしながら、不思議な事にその声はいつまでもわたくしの鼓膜にこびりつくようで、わたくしは水中だと言うのに呆然とその場で停まってしまいました。
その時です。
「止まってダメよ、フェル!!あたしたちが何者か思い出しなさい……っ!!一人でも多く、生きてるひとを助け出すの。
悲しかろうが悔しかろうが、死んだひとは後回しよ。生きてるひとの救助が全ておわってから、死んだひとの事を考えるの」
高く澄んだあどけない、しかし凛として威厳に満ちた声がわたくしの挫けた心を叱咤し、奮い立たせました。マイプティアです。
振り向くと、ところどころに燃え盛る炎に照らし出され、強い意志を秘めて煌めく黒水晶のような瞳がわたくしを刺すように射抜きます。彼女は頭から血を流した大柄な兵士をその小さな小さな肩にしがみつかせ、凛々しくも堂々と泳いで岸を目指していました。
なんと力強くも雄々しく、頼もしい姿なのでしょうか。わたくしはあのひとの僚友であり指揮官なのです。一人救出に失敗した程度で挫けてなんかいられません。
わたくしは気力を振り絞ってまだ浮かんでいる負傷兵を見つけては、岸まで泳ぎ着きました。河岸ではクメリーテが待ち構えていて、ここまで辿り着く事のできた負傷兵に手早く応急手当を施していきます。
今は細かい処置は後回し。とにかく出血だけ押さえて安全なところに運ばなくては。
ヘパティーツァがクメリーテの指示で手早く包帯を巻き終わった負傷兵を輜重部隊の装甲車に運んでいきます。わたくしもすぐに河に戻り、残る生存者の救出にあたりました。エルシスとキルシャズィアが後に続きます。ピオニーアはヘパティーツァとともにクメリーテの補助にあたりました。
かくしてわたくしたちは、この夜36名……実に砲兵2個小隊と同じ人数の負傷者の救出に成功したのです。