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戦場の天使か、地獄の悪魔か

 数日後、マニヤは簡単なリハビリを終えて前線に復帰しました。

ピオニーアは後方に送って支援任務に回すよう提言していましたが、師団長は優秀な工兵小隊長が前線を離れる事を嫌がりました。

わたくしは彼女の容態を問われて、肉体的には爆発前と全く変わりがないと上申しました。

もし問題があるのだとすれば、彼女の気持ち、心の問題だけでしょう、と。

……その、心の問題こそが、ひとにとって最も根源的で決定的なものだったのに。


 マニヤは以前のように毎日斥候に出ては、地雷を撤去して安全な通路を確保しました。

復帰後、以前とは違って爆発物の見極めに迷う様な仕草を見せる事が増えましたが、愚かなわたくしは、まだ脚が治ったばかりで調子が出ないだけだと思っていたのです。


 ある時、ピオニーアが医薬品の受け取りのため輜重部隊と落ち合うことになりました。

マニヤは先行して彼女が安全に合流地点に辿り着けるよう、爆発物の撤去を行います。

安全が確保できたところで、マニヤの部隊が同行して合流地点へと向かいました。


 彼らが出発して5分ほど経った頃です。

合流地点の方向からすさまじい爆発音がして、森の向こうからかすかに煙が上がっているのが見えました。

わたくしたちは別の工兵部隊の装甲車に乗せてもらって現場に急行しました。


 たどりついた現場は地獄でした。

吹き飛んだ装甲車はあるいはひっくり返ってタイヤを天に向けており、別の装甲車はエンジンに引火したのでしょう、焼け焦げて、中に何が乗っていたのかもわからない状態でした。

マニヤとピオニーアはひっくり返った装甲車の下敷きになっていました。


「フェル……ごめんなさい。

焦って地雷を見逃してしまったの……」


「マニヤ、しゃべってはだめです。

今すぐ救出しますから」


 ジャッキを用意して彼女たちを救出する準備にとりかかっている工兵の皆さんを見やりながら声をかけましたが、マニヤはかぶりをふります。


「だめなの、私、怖いのよ、怖くてたまらないの。

また全部治って、怪我も何もなかったことになっても、もう地雷と向き合うことができない……」


「そんな……」


 呆然と立ち尽くすわたくしの耳に、消え入りそうなピオニーアの声が聞こえてまいりました。


「フェル……お願い、あたしたちをもう解放してちょうだい……

人が死ぬのも、あたしが死にそうになるのも、もうたくさんよ……

このまま放っておいてくれれば、死があたしたちを救ってくれるわ……」


「ピオニーア……っ!!

お願い、そんな事言わないで……っ!!」


 わたくしは思わず装甲車の下からかろうじて出ているピオニーアの手を握ろうとしました。


「おねがいよ……もし、あたしを仲間だと……友達だと思うなら、もうそっとしておいて……

またあのいつ終わるかわからない地獄に、あたしを連れ戻さないで……」


 ピオニーアの声は、どんどんか細く、弱々しくなり、ついには聞こえなくなってしまいました。


「私ももう無理……ごめんね……先に楽になるね……」


 マニヤの声も、弱々しく掠れております。

わたくしはもう、ただ彼女たちの傍らに無言でぺたりと座り込んだまま、とめどなく流れる涙をどうすることもできずにおりました。

救出の準備が整い、彼女たちの身体が装甲車の下から引っ張り出された時には、全身を強く打った上にひどく焼けただれていた二人はもうこときれておりました。


 その時わたくしはようやく悟ったのです。

わたくしが、戦友たちを救うためと信じて行ってきた治療は、放っておけばほどなくして死の平穏という救いが訪れたはずの兵士たちを、無理やりまた立ち上がらせ、このおぞましい現世に生命を縛り付け、あの地獄の戦場に何度も何度も送り返すことそのものだったのだと。


 わたくしは「戦場の天使」「癒しの聖女」と呼ばれていたそうですが、とんでもない。

わたくしはプロパガンダのために美辞麗句で飾り立てられただけの、血と硝煙に塗れたお人形。

勇敢で心優しい戦友たちの心身と魂を、この薄汚い国家の食い物にするために、汚泥と腐肉で形作られた地獄の使者だったのです。

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