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戦場で生き延びるということ

 ある年の春でした。

わたくしたち第二魔導機甲師団はノヴゴロドの重装歩兵師団と交戦してこれを打ち破り、来る魔導戦車部隊との交戦に向けてオリョール湿原に向かうべく、ルヴァンス河沿いに北上しておりました。

ちょうど雪解けの季節で、河は水かさを増しており、色々なものが流れてきました。


 ある時、やけに水が赤いな、と思ったら、絡み合った二人の兵士がほとんど凍り付いたまま流れてきたのです。

恰幅の良いノヴドロゴ兵が仰向けに倒れた相手の喉をつかんでしめあげたまま、組み敷かれたセプテントリオ兵の両手でしっかりと握りしめた銃剣に腹から背中を貫かれておりました。

おそらく冬の間に氷の上で戦いながらこときれて、そのまま凍り付いていたのでしょう。


 白兵戦はいつもこう。

ごうごうと天地の揺れる音、じゃりじゃりと金属のぶつかり合う音、ギシギシという骨と骨がきしみあう音……そしてぼぎりと頭蓋骨が砕ける音。

音と音とがぶつかりあい、人と人が獣のように絡み合って殺しあう。

錆びついた鉄の臭いと焦げた火薬と土の臭い。

ほとんどが茶色で埋め尽くされ、ところどころに黒と赤が混じり、混じった分だけ人が死んでいく。

それが戦場というものなのです。


 戦場では人がひとではない何かになるんです。

何かよくわからない、恐ろしいものに。

だってお互いに顔も名前も知らない同士が殺しあって死んでいくんですもの。

何の恨みも憎しみもなく。

それは決してひとの仕事ではありません。

ひとではない何かになれた割合が大きい人だけが、運が良ければ生き残るのです。



 何度も何度も飽きもせず、作っては壊され、占領されては奪い返して、もう何度目になるかわからないほど繰り返し再建された橋頭保は、ざっくりと掘りめぐらされた塹壕に、ぐるりとあたりをとりまく鉄条網、ありあわせの木材で作られた急ごしらえの輜重小屋……そんな粗末なもので出来ていました。

砲撃があって全部きれいさっぱり壊されても、すぐにまた作り直せるように。


 その日も激しい砲撃戦でした。

わたくしたちは塹壕の中でじっと息をひそめておりました。

すると、塹壕近くの輜重小屋に砲弾が命中し、火薬に引火して爆発したではありませんか。

輜重小屋の前で歩哨に立っていた歩兵が炎に包まれのたうち回っています。

あたりの兵士たちは凍り付いたように身動きできず、ただ燃え上がる戦友を見守る事しかできません。

そこにピオニーアが飛び出して、自分の軍外套を脱いで燃える兵士をくるみ、地べたに押し付けました。

ここはあちこち燃えていて、一番身近にあった湿った冷たいものは、中途半端に溶けた雪と霜でぐちゃぐちゃになった地面そのものだったのです。


 兵士を燃やしていた火はほどなくして消えました。

真っ黒に焦げた軍服と皮膚とがひび割れ、割れた隙間から真っ赤な血と肉が見えています。

兵士はしばらくの間、ピオニーアの下でがくりがくりともがくような仕草をしておりましたが、やがて何度かびくんびくんと激しく痙攣し、そのままぴくりとも動かなくなりました。


 塹壕に戻って来たピオニーアは無言でした。

それ以来、ピオニーアの笑顔をわたくしは一度も見ていません。

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