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2、5話 「………君も、生き難いやつだね。」



依頼主の元へ歩き出した師匠は、今まで見たことのない雰囲気をしていた。


いつもだったら師匠は、ここで「行きたくない………。」なんてぐちぐち言いながら死んだ目をして向かうのだが、今日はなんだかとても生き生きしている。

楽しいものを見つけた、それとも今から楽しい所へ行く子供のような感じだ。


「師匠。どうしてそんなに楽しそうなのですか?」


「………これまた直球に。どうしたの。と言うか、それが君の数少ない質問って結構悲しいんだけど?」


「いや、なんか聞きたくなって。」


それにしても、相も変わらず師匠は無表情だ。

俺も無表情な人間の類に入るんだろうが、それでも師匠には敵わない。

そんなところが感情を知らない人間なのだなぁと言うことを際立たせる。


でも、今師匠はとても楽しそうにしていた。

そう。感情を持っていた(・・・・・・・・)

俺が思っていたことは、もしや勘違いだったのだろうか。

それとも、今から師匠が会いに行く人が、師匠がめったに持たない『感情』を持たせるような、大切な相手なのか。


そう考えると、なぜか心臓のところが『チクリ』と痛んだ。

泣きそうなほど、痛くて辛い。

嬉しいことなのに。俺がそうなって欲しいと思っていたことなのに。

これは、今まで自分が持っていない感情だ。

いや、違う。確か、確かに昔は、持っていた(・・・・・)

なのに、なぜ、思い出せない。

確かに、大切な記憶だったはずだ。忘れてはいけないものだったはずだ。

なのに。

だと言うのに。

なぜ。


師匠は首を傾げ、そのまま口を開けない。

何を考えているかわからないくせに、妙に自分を全て見透かしているような瞳が、こちらを向いたまま、と言うのは、少しばかり居心地が悪かったが、そこから動けず、目が離せなかった。


師匠の妙に整った、時折歪にさえ見える顔が、少し遠のいて思えた。

………俺は、何を考えているのだろう。

別に、それくらいの方がいい。

このきっと大切な記憶には、気づかない方が良い。

いなくなる悲しみを味わうくらいなら、遠のいた方が。


師匠だって同じだ。

美しいものに、近づき過ぎてしまったら、後が怖い。

遠くで見てるくらいが、一番心が安らいで、綺麗なんだ。

そう思っていると、先生がやっとのこさで口をあけ、答えた。


「………空は、遠のいているくらいが、一番綺麗なんだろうな、と、思って。」


「っ!」

思わず息を飲んだ。

師匠の言ったことが、あまりにも今俺が思っていることに、似通い過ぎていたものだから。

まるで、俺の全てを見通しているようだ。


「……さ、さっきの話の、続き、ですか。」


「………うん。さっきの、続き。そう思わない?君も。」


俺のことを、見透かしているのか、いないのか。

それでも見透かしているように思えるのは、それほどに吸い込まれそうなほどあなたの瞳が何も写してもいないように思えたから。

ああ、それくらいの方が、本当は、心地良いのかもしれない。

ただ、心がどこか、拒むだけで。


「……はい。そうですね。」


「………ん。行こう。」


「はい。」


師匠の至極色の深い瞳が、少し俺を怪しむように細められ、そのまま流し目のごとく目をそらすと、そのまままたゆったりと歩き出した。

濡羽色………濡烏の髪が、三つ編みにされて少し窮屈そうに揺れている。


その姿は、もはや悪魔とも言えようほど魅力を放ったもので、見ほれてしまう自分に対し、情けない奴と、苦笑を漏らす。また、師匠の行動一つ一つに気をとられるとは、仮にも弟子であるくせに、失格ものだと、失笑もした。


また、楽しげな雰囲気を失ってしまった師匠を見て、本当は悲しくあるべきなのに、嬉しく思ってしまっている自分を見ては、少し不審に思った。

今日の自分は、なんだかおかしい。


「師匠。」


「………今度は、何。」


「………いえ、なんとなく、話しかけたくなっただけです。」


その方がいいのに、離れていくような師匠に、置いてかれたくないような気分になって。

心の中で、そう付け足す。

俺は、とてつもなく、我儘だと思う。

確かに執着は大切だが、これはいらないものだ。師匠のためにも。


「………君も、生き難いやつだね。」


師匠はまたよくわからないことを呟くと、また、依頼主の方へ向かった。

それでも、その意味がなんだか分かっているような気がして、その不思議な感覚を覚えながらも、俺はただ、その後をついて行った。

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