第1,5話 「きっとあの子も、執着心なんか知らなければ、ずっとずっと、綺麗なままだったんだろうなぁ。」
「初めまして。常闇様の御宅ですか。私、アクトル=ウ=スリアミシスと申します。弟子にならせて頂きたく、訪ねて参りました。」
そうやって俺は、貴女の家に入った。
ジメジメした嫌な奴と聞いていた貴女は、警戒心とか、じめっとした執着心とか、そんなものが一切感じられなくて、むしろなんだか、その飽きっぽさが怖いほどだった。
容姿は、化け物みたいな色彩をしていても、まぁまぁ整っていると自分では思っている俺からしても、すごく綺麗で、中性的な雰囲気で、なのに無表情で、それと飽きっぽすぎる性格が合間って、なんだかすごく恐ろしく感じた。
「じゃあ逆に聞くけど、なんでそんなに人間は自分に執着できるの?」
貴女がそう答えた時には、ああ、やっぱり常闇だと、実感させられた。
ジメジメとか、ジトジトとか。
そんな人間っぽいところなんて全くもって感じられない。
それが、どうしようもなく恐ろしい。
むしろ、その方が良かった。人間性が感じられた。
なにもない透明は、『違う』と言う恐怖を、持ち出してくるから。
この人は、一見常に光のように見えて、全てが闇なのだ。
それがたまらなく恐ろしかった。
恐怖ばかりが重なった。
なにも知らない人間は、それほど恐ろしい物は無い。
でも、それが少し、羨ましくもある。
この世の嫌なことを、なにも知らずに済む。
辛いことを、感じずに済む。
それは、もしかしたら、幸せを感じない代償はあるけど、とても良いことなのでは無いのかと。
俺は、そう思う。
もしそうだったら俺は、『辛い』なんて、感じずに済んだから。
この世界のことが、嫌いになれずに済んだから。
もっと、上手くやれたから。
「………なに考えてんだろ、俺。そんなことよりも、任務こなさないと。こんなこと考えてる時間は本来ないんだよ。」
それでも、この辛さが、俺からまとわりついて、離れない。
「知らなきゃ良かった。こんな世界。」
本当に。
知らなきゃ良かったんだ。
夢の幻想に惑わされてきた俺が馬鹿だったんだ。
そのままなにも知らなければ、こんなことにならずに、済んだかもしれないのに。
殺して、殺されて、全てが、苦い。
結局、この世を悪くする悪は、人間だ。
──────『やめてっ!私を、置いてかないでっ!』
………いつの日か、見てしまった、あの、名も顔も俺となにがあったか、それともなかったのか。それさえ分からない。あの子も。
「きっとあの子も、執着心なんか知らなければ、ずっとずっと、綺麗なままだったんだろうなぁ。」
この世の人間は、本当は、綺麗なままの方が良かったんだ。
何にも、知らない方が良かったんだ。
でも、本当に、それがなかったら。
誰も、俺を知らないままだったら。
「辛い、だなんて。」
俺は、自分勝手で、自己中で、ダメダメな奴だ。
だから、あの人の生き方が、辛いと思ってしまう。
そんなの寂しいと、考えてしまう。
まだなにも知らない俺のままだったら、きっとあの人の言葉に、そのまま同意できたんだろうけど。
でも、今は。
「どうしても同意できないな。本当、今の俺は、自己中にもほどがある。」
知らない方が良かった。
でも、知って良かったと、なんとなく思うんだ。
だって俺は、この世界を教えてくれた彼女に、本当に、感謝してるから。
こんなにも、嫌だとは思わないから。
きっと、常闇様とわかりあうなんて、今の俺には、到底できない。
だってあの人は、昔の俺ににすぎているから。
「でも、それは、あるいは彼女にも───────。」
似ているって、ことなのかもしれない。