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護りたいもの~第四章

「失礼します。入ってもよろしいでしょうか」

 約束の時間より五分前に着いた佐倉達は、B会議室のドアをノックして入室の許可を得るため声をかけた。

「どうぞ、お入りください」

 鍵は開いていたので中に入ると、声の主は午前中に来た時とほぼ同じく、書類に囲まれた態勢で審査を続けていた。どこで話をすればよいか迷っていると、正面の椅子を差した。

「二人共、そこへお座りください」

 彼は長机を三つ並べた上に書類を置き、その真ん中に座っている。両脇には書類が山となって積まれていた。その谷間から覗くような位置に二つ並べて置かれた、正面のパイプ椅子へ二人は腰を下ろす。事前に彼が用意してくれたようだ。大飯達から話を聞いていた応接室とは違い、相手との距離がやや遠かった。しかしそれもやむを得ない。木下がパソコンを開き、レコーダーを回す許可を取る。その横から佐倉が話かけた。

「お忙しい所すみません。お話を伺ってもよろしいですか」

「いいですよ。こちらからもお尋ねしたいことや、報告しなければならないこともありますから」

 意味深な発言に戸惑った。先程までの聴取とは勝手が違う。それもそのはず、相手は検事だ。話を聞きだすことに関しては、佐倉達より何枚も上手である。堂々とした彼の態度は圧迫感があった。質問する側の自分達が、逆に問い質されているかのような錯覚に陥る。

 それでも木下と事前打ち合わせした質問事項を確認し、どうにか尋ねることができた。

「それではお伺いします。まず峰島検事は何故、大飯達が到着する少し前に、この会議室へ来られていたのですか? 確かにここで審査をすることにはなっていました。しかし大飯達が書類を揃っていることを確認した後、検事をお呼びする段取りだったのでは?」

「それは課長から、会議室の準備が遅れるかもしれないと伺ったからですよ。その分審査を始める時間も遅くなるかもしれないと言われました。そらなら会議室に行ってお手伝いしようと思ったのです。他の仕事の段取りは既に済ませ、審査のための時間を確保してありましたから。待たされて手持ち無沙汰になるよりはいいと考えたのです」

「それで早く来られていたのですね」

「はい。もし積まれた書類の箱を運び出すのにまだまだ時間がかかりそうだったら、お手伝いしようと思いました。ですから途中の給湯室で見つけた台車も用意していたのです」

 そこで間中が使っていた台車は、彼が運んできたものだったのかと気づいた。あの時は急に手伝うよう言われたのに、なんて要領の良い奴だと思っていた。だがそれは峰島のおかげだったようだ。

「私が会議室に入った時には、佐倉さん達がいらっしゃらなかったので待っていました。しかし段ボールの山を見る限り、あと数回往復すれば片付きそうだと分かったのです。これなら書類が届くまでにはほぼ片付くだろうと見込んで、手伝うまでもないかもしれないと思いました。そこへあなた達が書庫から戻られ、その後彼らが甲府から到着されました」

「そうでしたか。それで大飯が間中に荷物を運ぶよう指示したから、検事は書類確認を手伝うと言ったのですね」

「そうです。量が沢山ありますから、一人でチェックするのも大変です。それに漏れがあるといけませんから、私がやればいいと思いました。それが終わればすぐに審査の仕事ができますからね。元々荷物を運ぶ手伝いをしようと早く来ていたので、それよりは正直楽だと思ったことも事実です」

 彼は少し冗談めかして笑った。

「そうですね。そこまでは私達も同席していたので、経緯は理解しています。その後は書庫に向かったため、会議室での状況が分かりませんのでお伺いします。書類は間中と大飯が持っていた二つのケースに分けられていました。その時の様子をお話しいただけますか」

「大飯さんがスマホの画面を見ながら、二つのケースの鍵を開けていました。そして私に、一方のケースの中身を確認して欲しいと言ったのです。中にはチェックリストも入っていました。それと照らし合わせてあるものから順に書類を取り出し、長机の上に置いていきました。そして最後まで出し終えた時、足りないものが一部だけあると気付いたので彼に言ったのです。そっちのケースに紛れていませんか、と」

「それで大飯は慌てたんですね。そんなはずはないと」

「そうです。そして彼が見た分は全て揃っていることを確かめ、机の下などに落ちていないか、スーツケースの中にまだ残っていないかなど、色々と部屋中を探しましたが、有りませんでした。そしてもう一度確認をし直したのです。私は大飯さんが見ていた分を、大飯さんは私が見ていた分をチェックしました。しかし一通り確認しましたが、やはり一部だけ足りません。そこでさらに再確認し始めようとしていた時に、佐倉さんが会議室に来られたのです」

「そうでした。書類が足りないと伺ったので、私からお手伝いすることは無いかと言いました。そこで検事達が確認済みのものを、再度チェックしたのでしたね。ああ、その前にカーテンの裏やコピー機の中なども探しましたが」

「そう。それでも見つからなかった。そこからは佐倉さん達もご存知でしょうから、ご説明するまでもないでしょう」

「はい。私達が知らないのは大飯と二人で確認している間の事だけです。ところで最初に書類をチェックしていた時、検事は中身を少し見ていた、と伺いましたが」

 彼は頭を掻きながら笑った。

「ああ、つい気になってしまいましてね。まずは揃っているかを確認するだけでいいのに、どうしても関心が移ってしまったのです。書類を審査することが本来の仕事でしたから。でも書類をパラパラとめくって、少しばかり部屋の中を歩き回った程度です。それにこの会議室からは一度しか出ていませんよ。大飯さんは電話が二度ほどかかって来たので、席を外していましたが。最初の一回目の電話が課長からだったので、途中私に代わるよう呼ばれました。その時廊下に出て話しました。私が書類の確認を手伝っていると聞いて、驚いたのでしょう。お手数をおかけしてすみませんと、恐縮していました。でもほんの少しの時間ですよ」

「その時に大飯が外へ書類を持ち出すことは、可能だったと思いますか」

 この質問に少し考えてから首を横に振った。

「それは無理ですね。彼はこちらを気にして、外に出てから通話をしていましたから。出て行く時も失礼します、と私に断ってから席を外していました。その様子を見ていることも分かっていたでしょう。だから持ち出すことは不可能だったと思います。特に二回目の時は、既に書類がないと気づいて確認している途中でしたしね。一回目の時は私と電話を代わり、入れ違いに部屋へ戻られました。万が一彼が書類を持ち出したとしても隠す時間もないでしょうし、場所も無かったはずですよ」

 彼の言う通り、会議室を出た廊下に書類を隠せるような場所など無かった。時間的に考えても無理だと言うことが分かる。また会議室内でも資料のようなものを隠せるような所は、カーテンの裏かコピー機の用紙を入れる場所やインクを補充する場所くらいだ。

 しかしそこも探して無いと聞いた上で、もう一度確認して欲しいと佐倉が言われた時、馬鹿馬鹿しいと思いながらも念入りに調べている。その為書類が無くなったタイミングを考え、その時にはまだあった段ボールの中まで探す羽目になったのだ。

 もちろん書類が入っていたスーツケース以外のバッグは、検事が持っていたものしかなかった。当然その中身も大飯の目で確認されている。佐倉も念の為見てくれと検事に言われたので、チェックしていた。 

 この会議室で紛失したと言う可能性は、今の所全く見つからない。ならば現時点の調査ではやはり甲府地検の倉庫が一番怪しいことになる。いやその前に、後一か所だけ確認しなければならない場所が残っているけれども、検事との話が終わってからしよう。ここに来るまで佐倉達はそう話をしていた。

 もうこれ以上検事に質問することは無かっただろうか。佐倉がパソコン画面を覗いて確認していた所で、向こうから質問が飛んできた。

「私に対する質問が無いようなら、差しさわりの無い範囲で結構です。現段階の調査でどのような話が聞けて、どこまで把握しているのか教えていただけますか」

 隠しておくほどの事は無い。その為佐倉は木下と目で確認し、これまで聴取してきた話をまとめ、時系列で経緯を伝えた。もちろんサービスエリアでの加治田の父親らしき人物から、声をかけられた話もせざるを得なかった。その際には険しい表情をしていたが、彼は何も言わず最後まで黙って話を聞いていた。 

 一通り説明を終えると、彼は腕を組んで言った。

「今までの話を聞いたところ、二人の聴取は事実を漏らさず、よく確認できていると思います。特に甲府地検での資料室の件については、現時点で最も確認すべき点でしょう。しかしサービスエリアの一件は聞き流せませんね。今回の紛失事件と関係があるならば、重大な問題です。例えそうでなかったとしても、何故そんな人物が現れたのか、どうやって知り得たのかは、調べる必要があるかもしれません」

「はい。それは甲府から連絡があり、書類を取りに行く際調査するつもりです」

「どこまで調べられるか、限界はあると思いますがそうした方が良いでしょう。それと今回の件では、間中さんが関わっている可能性は薄そうですね」

「はい。それは私達もそう考えています」

「私が疑惑の対象から外れるかは、あなた達の判断に任せましょう。ただ大飯さんに関しては、まだ確認していない場所が一か所ありますね」

「もしかして車の中、ですか?」

 佐倉が言い当てたことに、彼は目を見張った。

「気が付いていましたか。これは余計な事でしたね。ちなみにもう調べられましたか」

「いえ、検事との話が終わった後、確認するつもりでした」

「そうですか。それでしたら彼がここへ戻った後、省車の鍵をいつ、どの時点で返還したかも確認された方が良いですね」

「はい、そのつもりです。万が一会議室に運び込まれるまでの間、書類が抜かれたとしたら、車が一番怪しいと思っていました。課長から暗証番号のメールを受け取った駐車場から、この会議室までの間ではそこしか考えられません」

「そうです。良くその点に思い至られました。課長が佐倉さん達に調査依頼をしたことは、間違っていなかったようですね。もし警視庁や警察庁にいらしたら、優秀なキャリア官僚になっていたことでしょう」

 くすぐったい誉め言葉だったが、佐倉は素直に礼を言っておいた。

「ありがとうございます」

 そこで木下が余計な事を付け加えた。

「やはり血統なのかもしれませんね。佐倉さんのお父様は、警察庁に勤めていらっしゃいましたし、お爺様も元警察官だったようですから」

 すると峰島は目を丸くした。

「それは本当ですか。だったら確かに血筋が関係しているのかもしれません。ちなみにお父さまは、どこの部署におられたのですか」

「丁度今年、定年を迎えて関東管区警察局局長を辞したばかりです。今はかつての上司に紹介された会社に勤めていますが、週三回の勤務で良いらしく、のんびりとした老後を過ごし始めた所です」

 佐倉は説明しながら木下を睨む。彼は軽く肩をすぼめ、舌を出して苦笑いしていた。

「そうですか。こちらから伺っておきたかったことは以上です。後はこちらから報告すべき事をお伝えしましょう」

 彼は書類の山の中から、資料を一つ取り出して言った。

「そういえば、最初に報告しなければならないことがある、とおっしゃっていましたね」

「はい。実は資料の審査中にこういうものを発見しました。ちなみに他の資料にも入っていないか一通り目を通しましたが、今の所見つかったのはこれだけです」

 資料ごと目の前に置かれ、彼が付箋の付いている頁を開いた。そこには小さな薄いプラスチックのようなものが張り付いていた。栞にしては形が丸く奇妙で、閉じていたら分からない程度のものだ。資料を一枚一枚めくって調べていなければ、発見できなかっただろう。

 しかし一見しただけでは、それが何か分からなかったらしい木下が質問した。

「すみません。これは何でしょう」

「私も気になりよく見たら、ここに文字が書かれていることに気付きました。それをスマホでネット検索した所、GPS機能が付いたシールだということが分かりました」

 これには二人で驚愕した。

「GPS機能?」

「そちらでも確認してください。最初は何故こんなものが、と思いました。しかし先程のサービスエリアの話は、これと関係しているかもしれません」

「ちょっと失礼します」

 佐倉は資料を手元に寄せてみると、確かに張り付いたシールのようなものに、小さな文字が打たれている。ノートパソコンを無線でネットと接続している木下に、検索させてみた。すると超薄型のGPS機能が付いた商品として、同じものが現れたのだ。

 機能を見ると最大十二カ月ほどバッテリーが持つと書かれている。しかし電波の届く範囲は、せいぜい二十数メートル程度とそれほど広くない。用途としては財布などに張り付け、紛失した場合に探すためのアイテムのようだ。しかしその機能を利用すれば、近くにこの書類があると発見することが出来る。 

 サービスエリアにいた人物が、何故広い駐車場の中からピンポイントで大飯達が書類を持っていると分かり声をかけることが出来たのか。それが不思議だと木下と話し合っていた疑問点の一つに関わってくる。

 このGPS機能を使っていたとすれば、それも不可能ではないかもしれない。検事はそのことを言っているのだろう。だとしても新たな疑問がいくつか産まれる。木下がそれを察したように呟いた。

「一体いつ、そして誰がこのシールをこの資料に張り付けたのでしょうか。この商品のサイトによれば、十二カ月持つとはいっても最大で二十数メートル四方の範囲でしか探れません。このGPSを使ったとしても、どうやって大飯さん達があの日、あの時間、あのサービスエリアの場所にいたのかを突き止められたのでしょうか」

 佐倉も同意して答えた

「確かに。そう考えるとやはり事前にあの日、資料を運び出すことを知っていないと不可能だし、そんなことができるのはごく限られた人物しかいない。それに例え資料がある場所を特定できたとしても、途中で奪うことは不可能だったはず。だったらどういう意図を持って、このシールを張り付けたのかが分からない」

「先程大飯さん達に声をかけたと言う人物が、このシールを使った可能性はあるでしょう」

 検事の言葉に佐倉は咄嗟に否定した。

「しかしそれと資料の紛失と関係するかは不明です。例え資料がそこにあると分かったとしても、途中で抜き出すことは不可能だったはずですから」

「本当にそうだったのでしょうか。実はここに置かれたままの、資料が入っていたスーツケースを再度調べて見ました。すると鍵の部分がやや緩くなっているようです」

「なんですって?」

 峰島が指さした長机の横の床に置かれたケースを、佐倉は慌てて拾い上げた。そして開いたままの鍵を確認する。確かに頑丈なものだが、それを差し込んでケースの蓋を塞ぐ部分が少しだけ緩んでいた。力を入れて引っ張ると僅かな隙間が出来る。

 しかし中の資料を取り出せるほどの広さとは言い難い。これくらいだと抜き出すことは無理だと思われる。

「もちろん私も引っ張ってみましたが、その隙間から中の資料を取り出せたとは思えません。ただ念のため、そうなっていることはご報告しておかないと、と思っただけです」

「このシールとスーツケースの他に、何か気付かれた件や言い残されたことはありますか」

 佐倉が問うと、彼は少し間を置いてから首を横に振った。

「いえ、以上です。もし何か言い忘れたことを思い出したり、後で気付いたりした場合はお二人にご連絡します」

「よろしくお願いします。このGPSシールとスーツケースは、私達が回収したいと思いますがよろしいでしょうか。もちろん資料はお返しします」

「どうぞ。そうしたほうがいいですね」

 佐倉は念のため、スマホでシールが貼られた状態の資料を撮影する。また裏返して背表紙や表表紙も撮影することで、どの資料に貼られていたかを分かるようにした。その後にシールをゆっくりとはがす。そこで席を立ち、大飯と間中の持っていた分のスーツケースを持った。

 時計を見ると四時半近くになっている。ほぼ予定通りの一時間が経ったようだ。

「それでは失礼します。お仕事中、お邪魔しました」

「いえ、こちらこそ。お疲れさまです」

 二人は会議室を出たその足で自分達の席に戻り荷物を置いた後、課長の元に向かった。先程話していた大飯が使った車の鍵を借りるためだ。管理は課長席が行っている。課長が在席していたため、回収したスーツケースを渡した。

 その後今日で三人の話を聞き終えたことを報告し、簡潔に内容を報告した。併せて大飯の証言が正しいことも確認する。サービスエリアの件とGPSシールの話を聞いた際には、眉を顰めていた。

「それは別の意味で厄介な問題を抱えたな」

「はい。ただそれも甲府地検を訪問した際に確認しておきます」

「ああ、ただ余り強引な事はできないぞ。こっちには捜査権もないし、あくまで内密の調査だからな」

「承知しています。それでは車の鍵をお借り出来ますか」

「ああ、そこにある。確か大飯に貸したのは、5261の車だ。間中が5263だったよ」

「念のため、両方お借りします。ところで鍵はいつ渡されて、いつ返却されましたか」

「朝早くにここを出る直前でスーツケースを渡した際と同時だ。返してきたのは間中が木下達と食事を終えて戻って来た時で、大飯は佐倉と一緒に戻って来た時だった。その後誰もこの鍵を持って出た奴はいない」

「分かりました。ではお借りして調べてきます。今日調査した分は、明日の午前中までに報告書として上げますので」

「頼んだぞ。また何か質問があったら聞いてくれ」

 課長席を出た二人は、鍵を持って地下の駐車場に向かった。総務課の使用する車が停まっている場所に着くと、二人で二台の車の中や下、またその周辺を徹底的に探した。しかし資料は見つからない。ただ先程鍵を返却した際の状況を聞いた時から、ここには無いだろうと予想はしていた。

 もし大飯が課長からのメールを見て鍵を開け、資料の一部を出して車の中に隠したとする。ならばもう一度ここへ取りに戻る時間など、無かったはずだ。間中には木下がずっと一緒についていた。大飯も書類を探した後、食事をして課に戻った際まで佐倉の横でいた。

 もし車の中に隠したのなら、その後もっと安全な場所に移すはずだ。車の鍵の管理はしっかりしていて、こっそり抜き出すことはまずできない。それに駐車場周辺は防犯カメラが設置されている。怪しげな動きをすれば写ってしまうだろう。その事などから、ここに書類が残されたままである見込みは低いと、木下とは事前に話をしていたのだ。

「やはりこの件は甲府地検に行かないと、明らかにはならないようですね」

 木下の問いかけに佐倉は頷いた。

「シールの件もそうですが、こうなると書類の紛失は偶発的なものとは考えにくいですね。ある人物による計画的な犯行なのでしょうか」

「しかしそうなると、動機と隠した方法が分からない。現時点で思いつく範囲の場所はこちらではほぼ探し尽くしたと思う。あと甲府へと向かうまでにやれることといえば、関係した人物達を洗い、動機があるかを探ることぐらいかな」

 今のところ峰島も言っていた通り、間中は関係がないと思っていいだろう。しかし木下と話し合った結果、念のためこの件に関わった大飯と峰島の三名については調査することを決めた。さらに加治田の父親や加治田の起こした事件に関わる人物についても、調べることにしたのだ。

 大飯と間中については、二人で手分けをして他の同期や同僚から最近変わったことが無かったか、死刑制度に関して何か話題にしたことがあるかをさりげなく聞いて回った。というのも動機とすれば特殊な事情が無い限り、死刑制度そのもの自体に反対しての行動ぐらいしか、二人の間では思いつかなかったからである。

 今の日本における国民の八割は死刑制度に賛成しているという。しかし世界に目を向けると、死刑制度を廃止している国の方が多い。日本の中でも弁護士を中心として、人権問題であると死刑廃止論を唱える人達が根強くいることは確かだ。

 その人達の主張の中には、死刑が本当に被害者やその遺族に対して償いになっているのか、と疑問視するものがある。または死刑になりたくて人を殺したという犯罪者もいるため、死刑ではなく終身刑により生きて罪を反省させた方が良いとの見解もあった。

 他には日本だと死刑は絞首刑と決まっているが、その方法が残虐だという意見もある。冤罪により無実の人を、国が誤って殺してしまう危険性があるから廃止しろ、と主張する人もいた。実際ここ数年で死刑囚だった人が、冤罪で釈放されたケースもあるから余計だ。

 さらには刑が執行される際、多くの人間が関わる。特に近年では働き方改革などと言われる中で、日頃から死刑囚と接している刑務官にも注目が集まっていた。死刑執行を行った刑務官達のメンタルケアが必要となっているからだ。

 実際に刑務官達のストレスは相当なものらしい。死刑執行の為に刑場へと連行する際、混乱して暴れる者もいるという。それでも押さえつけて連行し、ガーゼで目隠しして後ろ手に手錠を掛け、踏み板の上に立たせるのだ。

 その後すばやく両足をひもで縛り首にロープをかけ、三人の刑務官が同時にボタンを押すと、そのうちの一つが連動して踏み板が外れ死刑囚は落ちていく。三人なのは、少しでも刑務官の精神的負担を軽減しようという苦肉の策らしい。

 だがボタンを押す刑務官の心情はいかほどのものだろうか。誰のボタンで踏み板が開いたかは分からないため、自分が殺したと思わせないよう工夫してはいる。しかし結果的には、三人の刑務官全員に苦悩を与えるだけだ、という捉え方もできるのだ。

 自分一人が“殺した”のではないと思える一方で、自分が“殺したかもしれない”という思いが消えない事もあるだろう。その上死刑囚が落ちる穴の下で、受け止め役と呼ばれる刑務官もいる。落下した反動で体が大きく揺れたり、ロープのねじれで死体がばらばらになったりすることを防ぐ役目だ。

 彼らは落ちてきた死刑囚を抱きかかえ、死刑の様子を見ている複数の立会人に向かせて静止させる。これはベテラン刑務官でさえ、泣いて嫌がる人もいるらしい。そう言った彼らの心のアフターフォローは、実際に大変なものだと聞いていた。

 信仰の自由があるように、思想にもそれぞれの考え方がある。法務省の中に死刑反対論者が全くいないとは限らない。そうした想いから、死刑執行を阻止しようとしたとも考えられる。そこでかつての「財田川事件」のように、裁判書類の一部を紛失させることを思いつき、実行する者が出てきたとしてもおかしくはない。

 今は刑事局総務課に在籍している佐倉達も、いずれは転勤で各刑務所を束ねる保護局に勤務することもあるだろう。キャリア官僚のため刑務官のような役割を行うことはないが、死刑執行の現場に立ち会う役職に就くことはあり得た。法務省の官僚として、現在の制度を維持し続けるかそれとも改革していく点はあるか、と考える機会も少なくない。その中で死刑制度について、それぞれ思うことがあるはずだ。

「でも大飯とは同期だから、私がこの部署に来る前からプライベートで他の同僚も含めて何度か飲んだことがあるけど、死刑反対論なんか聞いたことが無いのよね。それに加治田死刑囚が嵌ったような新興宗教はもちろん、何かを信仰していたという話もした覚えが全くないし」

「それは間中も同じです。私も含めて彼の同期や後輩からもそういう話題をしていたとの情報は耳に入ってきません」 

「もちろん相当プライベートな部分だから、安易に口外しないよう隠していることも考えられるわよ。だけど大飯とは同じ部署になってからこの一年余りの間で何度も飲んだし、お互い酔っ払いながら様々な議論をしたこともあるからね。その中には国の在り方や、今後の法務省やその他省庁の存在意義等について突っ込んだ話もしてきたし。今は引退しているけど彼の父親が財務省所属の元エリート官僚だったから、相当強いコンプレックスを持っていたらしく、愚痴を吐いていたこともあるのにね。仕事に取り組む姿勢やタイプは私とは違うけど、似たような境遇の私としては理解できる点も多々あったから、いろんな話をしてきたんだけど」

「それは私も聞いた事があります。大飯さんは上昇志向が強くて少しプライドが高い方ですよね。だからかなり屈折した思いを持っているのだという噂されていました。それに佐倉さんとは違い、要領よく仕事をこなして上司の覚えも良いタイプでしょう。だからあの人が職務上で特別過激な考え方を持っているなんて考え難いですし、感じたことなんてありませんよ。しかも大胆な行動に出るようなタイプでもないですし」

「そうね。性格的にはある意味堅実で、木下くんほどではないけど石橋を叩いて渡る、典型的な役人気質と言っていいかも。そんな大飯が責任問題に繋がるような行為を起こすなんて、普通は考えられない。間中くんも同じよね」

 木下の皮肉な言い回しに対抗して佐倉がそう言うと、彼は苦笑いをしながら同意した。結局彼らの周辺を調査したところでは、これまで持っていた二人の印象を覆すようなエピソードは噂程度さえ一つも出てこなかった。そこで贔屓目ではなく客観的に考えても、彼らはシロだと言う見解は木下と一致したのである。

「こうなると後は峰島検事と甲府地検の波間口監理官、そして加治田の父親や事件関係者などを洗う必要があるわね」

「検事についてはどうやって調べますか。経歴に関しての書類は課長を通じて局長室から見せて貰ってはいますが、どこまで聴取するつもりです?」

 木下に尋ねられたが、正直悩んでいた。法務省の一職員でしかない佐倉達が、検事の思想などについて調べられるものかどうか。彼の経歴を見ると局長付の検事として着任する前は、東京地検、仙台地検、大阪地検と各地を転々としていた。

 場所からしても大都市が多いため、かなり優秀な検事で典型的なエリート街道を歩んでいる事が伺える。聞くところによると、法務省の局長付への出向も一つの出世コースだと聞いたことがあった。

 考えた末にまずは大飯達と同様、彼と接してきた人達から人柄などを可能な限り聞いてみようと結論付けた。

「どこまで聴取できるかは分からないけれど、二人とも仕事上面識のある検事や裁判官は何人かいる。その人達がどこかで峰島検事と一緒の職場で働いていたり、事件などで関わったりしている人がいるかもしれない。そこから当たってみましょう」

「そうですね。全く知らない人に聞いてもああいう職種の人達だから、簡単に話をしてくれるとは思えません。まずは自分達の人脈を辿って情報を聞き出すしかないでしょう」

 二人は手分けして机の奥から名刺ホルダーを引きずり出し、その中から検事などの法曹界に関わる人達をピックアップした。そしてその人達が今どこに勤務しているかを確認し、一人一人電話をして峰島検事と繋がりがある地検にいたか、などを次々と聞いていった。

 それと同時に山梨県警へ連絡を取り、加治田の父親の現在の居場所や事件に関わった被害者などの中で、最近何か気になる動きをしている人物がいるかも確認していく。そうしている間に、気になる話がいくつか聞くことが出来た。

 まずは甲府地検に電話を入れた木下により、死刑囚、加治田永智の父親である加治田智彦が事件の弁護に当たった勅使川原(てしがわら)(きよし)に依頼し、事件の裁判記録の閲覧申請をしたという情報が得られた。それだけではない。事件の被害者となった城崎一家の遺族で、殺された城崎夫妻の夫の妹である中之島(なかのしま)小苗(さなえ)も、最近閲覧申請を行っていることが分かったのだ。

 そこで過去一年に遡り、加治田の事件記録の閲覧申請をした人物がいるかを再度地検に確認したところ、三名いることが判明した。それは勅使川原弁護士と中之島小苗、そして意外な事に峰島検事の名が出たのである。しかも閲覧した時期は三名とも、ここ一カ月の間に集中していた。

 事件の裁判記録というのは誰でも閲覧できるものでは無い。しかし事件に関わった弁護士や被害者であれば、一部に限定されるが許可は下りる。さらに検事であれば例え事件に関わっていなくても、他の案件の参考として見たいと言えば許可されるそうだ。

 この件について佐倉は木下と意見を交わした。

「しかし何故この三名が、ここ一カ月の間に記録の閲覧なんかしたのだと思う?」

「判りません。ただ言えるのは閲覧したこの三名なら、GPSシールを書類に張り付けることができたかもしれないということです。バッテリーから考えても、ここ最近に閲覧した人物の仕業だろうと想像していましたが、その中に検事の名があったのは驚きました」

「しかし検事がわざわざ閲覧してシールを貼ったとしたら、目的はなんだろう? 最終的には彼の手に書類が手に渡る訳だから、後を追う必要なんか無いと思うけど」

「攪乱のつもりでしょうか? 第三者が関わっていると思わせるためだとか」

「それならわざわざ閲覧なんて、記録に残るようなことはしないと思うな。あの会議室で張り付けて、こんなものがあったと言えば済むはずだから。その方が理に適わない?」

「なるほど。いずれにしても何故その三人が、この時期に閲覧したかは気になりますね」

「これで加治田の父親に加えて、甲府で調査すべき人物と事案が増えたことになる。面倒なことになったわね」

「勅使川原という弁護士は、甲府市内に事務所を構えているようです。中之島の住所は市外ですが、県内でそれほど離れていない場所ですね」

 この辺りの事は取り寄せた裁判資料からも読み取れるため、峰島の許可を得て閲覧して確認済みだった。特に被害者遺族である中之島は、裁判の傍聴にも毎回来ていたようだ。遺族として証言台にも立ち、加治田に対し極刑を望むと主張したことが記録に残っていた。

「動機を考えれば、裁判書類を抜き去る行動を彼女が取るとは考えにくいと思います。死刑を止める行動に繋がりかねませんから」

「そうとも言えるけど、証言した頃からは時間も経っている。考え方も変わっているかもしれないじゃない。死刑執行なんかでは許せないと思って、一生刑務所暮らしをさせてやろうとした可能性だってあるでしょう。どちらにしても閲覧の件も含め、一度会って話す必要性が高まったわね」

「峰島検事についてですが、思想など特別な話は聞けていませんよね」

「うん。彼と同じ地検で働いていた検事に繋いでもらって数人から話は聞けた。仕事をしたことのある弁護士数人にも、こちらの意図が悟られないよう尋ねてみたけど、死刑廃止論者だと言う話は耳にしなかった。特に偏った思想を持っていると言う情報も無いわね」

「ただ彼の父親が国会議員だと言うのは、初めて聞きました」

「そうだね。彼は愛知県の出身で祖父も県会議員だったと言うから、政治家一族なのでしょう。しかも父親は弁護士を経て県会議員となり、その後国政に挑戦したようね。彼と同じ法曹界出身だとも聞いたわ」

「でもそろそろ引退して、その後を息子の彼が継ぐのではないかという噂が地元にはあるようですね」

「それは私の方にも情報として入ってきた。しかし父親は衆議院議員でまだ精力的に活躍しているらしいわよ。選挙も今のところいつになるか分からないから、時期にもよるけど次の次ぐらいを考えての噂じゃないかな。ただ政治の世界だから一寸先は闇とも言うし、本当の所は分からないけどね」

「それは別にしても、動機らしいものは全くと言っていいほど、見つかりませんでしたよ」

「疑問があるとすれば、何故事件の裁判記録を閲覧したか、ということぐらいかな」

「今回、事件の起案書作成を峰島検事が行うと決定した時期はいつか聞いていませんでしたが、佐倉さんは知っていらっしゃいますか?」

「うん。甲府地検に書類を取りに行くよう大飯達が告げられたのが、前日の夕方。そして局長付の検事は現在彼を含め三名いるけど、その中から今回の起案書作成を局長が命じたのもほぼ同じタイミングだったと言っていたらしい。あれ、言ってなかった? 後で局長と課長から聞いたんだけど」

「そうでしたか。でもそれじゃあ、かなり急に決まったんですね」

「ただ加治田の死刑が確定した時点で、上申書が挙げられて起案書が作られる流れは分かっていたんじゃないかな。だからいずれ在籍している三名から選ばれることは、予想出来ていたのかもしれない」

「刑が確定したのは、確か半年ほど前でしたよね」

「そう。そこから逆算していずれ近いうちにこちらへ起案書の作成依頼が来ることは、流れを良く知る検事達なら分かっていたと思う。ただ峰島検事がその中から選ばれるとは限らない。直前まで知らされることはないと局長から断言されてもいるし」

「こういう重要案件は慎重に事を進めることになっていますから、間違いはないでしょう」

「だったら尚更、峰島検事は何故裁判記録を閲覧する為に、わざわざ甲府まで行ったのか」

「それは本人に聞いてみるしかないですね。正直にお答え頂けるとは限りませんが」

 佐倉達は峰島のいる会議室へと向かった。時計を見ると夕方の四時を過ぎていた。書類の審査に入ってから今日で三日目だ。しかし審査と起案書の作成は、一人の検事がするものと決まっている。その為当然かもしれないが大量の書類に全て目を通し、不備がないかの確認はまだ終わっていないらしい。

 以前訪問した際と同様に、彼は書類の山を両脇に置いて黙々と作業を続けていた。しかし前回と違ったのは、中からしっかりと鍵がかけられていた点だ。佐倉達の調査の過程で単なる資料紛失でない公算が出てきたことから、外部の人間によって残りの資料を持ち去られないよう厳重に管理しろ、と中間報告書を見た局長辺りから言われたのかもしれない。

「失礼します。少しお時間を頂いてよろしいですか」

「いいよ。そこへかけて下さい。そういえば調査の方は進んでいますか?」

 前回同様、真正面に置かれた椅子へと座った佐倉達に彼は尋ねた。

「少しは進んでいるのですが、その中で少し気になる点があったのでお伺いに参りました」

「どういうことですか?」

 そこでここにある裁判記録の閲覧を、甲府地検に申し出た人物が三名いると分かったことと、その中に検事の名があったため閲覧理由を知りたくて伺ったと告げた。

「閲覧者を調べたのですね。それは良いところに目をつけられた。あのGPSシールを張り付けられるのは、甲府地検で書庫に入ることが許された人物か、閲覧した人や書類に触ることが出来た人物に限られますからね。ちなみに他の二名はどなたですか」

「この事件を扱った勅使河原弁護士と被害者遺族の一人、中之島さんです。地検の方でどれだけの人物が書庫に入り、このシールを張り付けるチャンスがあったかは今のところ不明です。しかしそれ以外だと検事の他はこの二名しかいません」

「それはまた興味深いですね。被害者遺族と加害者側の弁護士ですか」

「はい。その二名に関しては甲府へ向かった際に直接会って、事情を聞こうと思います。それで峰島検事は、どうしてわざわざ甲府にまで行かれて閲覧されたのですか」

「ああ、すみません。それを聞きたくて来られたのでしたね。それは簡単なことです。興味があったからですよ。現在ここの刑事局付きの検事は、私の他に二名おります。加治田の死刑が確定したのは、丁度私がこちらに来る少し前の事でした。よってまだ起案書は作成されていないはずだと判りました。だったらここに在籍している間、おそらく起案書作成を指示される可能性がある。三分の一の確率です。私は出向からまだ半年ですので、次の異動まではまだ時間があるとも考えました」

「それで興味をもたれ、甲府に行かれたのですか」

「そうです。もちろん選ばれない可能性が三分の二ですから、無駄足になることも考えましたよ。それでも死刑囚の起案書を作成する機会は、そう滅多にありません。ですから事前学習も含め、どういったものが裁判記録として残され、どのような形式なのかを一部だけでも事前に見ておきたかったのです。全ては閲覧できませんからね。もちろん局長の許可を得て出張を申し出ましたよ。だから私が選ばれたと言われれば、それは分かりません。手を挙げてやりますと言ったことはありませんから」

 これ以上峰島には聞くことが無いと木下と確認し、会議室を後にした佐倉は席に戻る道中で言った。

「先程の話、どう思った? 頷かざるを得ない理由だったけど興味深かったでしょう。確かに起案書作りの検事を選ぶのは局長だし、他の二人の検事がどういう方達かは知らない。でも事前に記録を閲覧したいとまで積極的になっている者がいれば、そちらに仕事を任せようと思うのが人情じゃない? つまり峰島検事が今回の仕事に就く可能性は、かなり高かったことにはならないかな」

「そうかもしれません。ですがそうなると起案書作りに欠かせない資料の一部を紛失させる動機があったかといえば、逆に疑問が湧きます。大量の書類に目を通さなければならないですし、決して楽な仕事ではありません。そんな作業を滅多にできないことだからと手を挙げたのも同然な人が、書類の紛失などという面倒な事件を起こすでしょうか」

「分からない。もし起こしたとしたら、そこにはどういった動機が考えられるかな。今のところ検事が死刑反対論者だという情報はない。ただ仮にそうだとしたら、確実に死刑執行を止められるような、再作成の不可能な書類を紛失させたでしょうね」

「そう言われれば、確かにそうです。動機としては矛盾しますね」

「検事なら全てではないにしても事前に閲覧できていたなら、再作成できない書類を選択できたかもしれないでしょう。いや、どの書類ならば不可能かどうかなんて、事件担当者や裁判記録を作成し保管していた甲府地検にしか分からないのかもしれない。検事の知識がないから、その辺りの事までは知りようも無いけど」

「もしかすると、閲覧に出向いた際に甲府地検から、その辺りの事情をこっそり聞いていることも有り得ます。しかしそれを別にして、検事を疑うにしても動機が不明なだけではなく、書類を隠す時間があったかと考えれば、ほぼ無いに等しいですよね。それに隠したとしたなら、どのような方法を取ったのか想像がつきません」

「そうなのよ。そこがネックになる。それは大飯に関しても同じだし。新たに疑わしい人物として名前が挙がった加治田智彦には動機があったとしても、書類を抜き出せたとは今の所考えられない。中之島小苗に関しても同様で、しかも動機すら不明だからね。実の兄や義姉とその子供達を殺した加治田を憎んでいれば、危険を犯してまで死刑を止めようなんて普通は考えないし、考えが変わったとしても抜き出す機会なんて無かったでしょう」

「そうすると動機は不明ですが、今の所チャンスがあるのは、やはり甲府地検の波間口監理官が最有力候補でしょうか。それでも今回の紛失事件には、今一つ納得しない点がありますよね。動機もそうですが、目的は一体どこにあるのでしょうか」

「書類が紛失しても再作成が可能であれば、起案書の作成はできる。それが例え遅れたとしてもほんの数日。その後様々な人々の目を通り、死刑執行までにかかる日数を考えれば誤差でしょう。そう考えると書類を抜き去った人物の目的は、死刑執行を止めることだとは考えにくい」

「そうなると何が目的だったのかが余計に不明です。それとも実行犯は、再作成が可能だと知らなかっただけなのでしょうか」

 その後も二人は意見を交換し合ったが、報告書を作成する過程で頭を抱えることとなった。一体自分達は何を調べ、何をしようとしているのか。調査そのものの意義すら疑問を持ち始めていたのだった。

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