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刻の急流を見つめて

 どれ程眠っていただろうか。真っ赤に染まった空は朝焼けではなく夕焼けである。尤も、年単位で睡眠をとることもある私には空模様で時間の経過を見ることは全くの無意味である。昼に何かすることがあるわけではないが、だから夜にすることがあるという訳ではない。二度寝も兼ねて再びベッドに横たわる。


 起きては呆け、また寝て起きる。どれほどの時間が経とうともこの在り方だけは変わることない。私が望み、死してなお続け、そして許された行為。誰にも邪魔されない、何も強制されない、私の最適な状態。


 しばらく起きて寝てを繰り返していたらベッドにしていた木が枯れて朽ちてしまった。作り直しをしようかと思ったが、今はそれをする気力は無い。名残惜しいが元鞘に収まっただけと納得し、再び草地の上に直接座る。


 ベッドも、日除けの木も完全に土へと還った。以前と何も変わらない、ただ草が茂るのみの私の居場所。


 ……そうして、記憶が現在(いま)に追いついた。


 離れていた意識が戻ってきたような、自分で自分に手を振り、それに手を振り返して迎えたような不思議な感覚に目を開ける。


 目の前にそびえる世界樹は依然として雄々しく、完璧な威容を湛える。少なくともあの村の人間は約束を守っているのだろうか。あるいは、まだそこに辿り着くことが出来るほど発展していないのか。ひと吹きの風のような思考が頭の中を通り抜ける。


 どちらにせよ、今の私には何も"しなければならない"ことは無い。思考をやめ、また呆けようとした時。数体の人間の気配を捉える。また誰かが迷い込んだのだろうかな。私がどうこうする物ではない。そのまま目を閉じて呆けていると、何かを探すようにうろうろしていたそれらは私の居場所たる草地に辿り着いた。



「うわあ……ほんとにここだけ木が生えてないね」

「だから言ったでしょ!ご先祖様の言い伝え通りよ!」

「周囲の生態系もここ以外と異なる点がいくつもあった。興味深いな…」



 彼らはがやがやと会話をしながら草地をしばらくうろつく。正直うるさいがそう長居をするような所じゃないだろうとそのままにしておく。


「でもちょっと合わないわね…たしか真ん中に"あらゆる実を与える木"があって、その根元に樹神様の寝床があるはず……」

「もしかして場所間違えた?」

「そんな訳ないわよ!ちゃんと磁針まで用意して村から真西に来たのよ!?」

「過去の記録が不正確だった可能性もある。当時はきちんと方角を保ったまま移動出来なかったのでは?」

「それを言い出したらどうしようも無いわよ…ッ!?」


 女らしき人が私につまずいた。硬い靴を履いているのか普通に痛い。注意しようかとも思ったが、やってどうこうなるものでも無い。そのままにしておこう。


「痛いわねぇ何よこれ!……え?」


 と思ったがどうやら女も私に気付いたようだ。まあ確かに、全身に植物を纏わせ座して佇むだけの私は傍目には地面のちょっとした盛り上がり程度にしか思えないだろう。物理的に小さいのではなく、目に留まらないといったところなのだろうな。


 こちらの存在に気付いてしまった以上、無視を続けるのも失礼か。座ったままであるが、目を開いて挨拶くらいはしておこう。


 そう思っていたのだが、目に映った人を見て私はしばらく、声を発することが出来なかった。


 足の甲や膝部分を金属で補強した、腿まである革製のロングブーツとデニム生地に似た茶色のショートパンツ、革のグローブに、薄緑色のシャツの上から胸部や肘を守る小さな皮鎧とマントを付けている。腰には多数のポーチを繋いだベルトと片手剣。よく見れば「かつて」とは大きく異なるがそれでもほぼ同じ格好をした女性はあまりにも記憶の中の少女に似ていた。


 純金よりもなお明るい金髪と快晴の色をそのまま切り取ったような瞳に、真横に伸びた長い耳。特徴だけで言えば明かに他人どころか他人種であるが、その顔立ちはあまりにも、あまりにも似過ぎていて――――





「……-し、もしもーし!」

「あ、ああ……ようこそ?」

「うわっ、ほんとに喋った」


 私としては珍しく、自然状態としてではなく驚愕から呆けてしまっていた。


 取り敢えず人前であるので姿勢を正すとしよう。普段のあぐらもどきから背筋を伸ばし、脚をそろえて曲げ左後ろに向かわせた。両手は太ももの上に置く。女性に近いかたちの私ならこれが似合うだろうか。


「本ッ当に!すみませんでしたー!」


 金髪の少女が地に膝を手をついて謝る。土下座は普遍的な謝罪の挙動なのだろうか。そういえばかつても最初にかけられた言葉は謝罪だったなと苦笑する。


 それからは彼女の容姿や外の世界、私という存在についてなど取り留めもなく会話した。なんでも今より遠く昔、人類は一種類しか存在せず、ただ「人」とだけ呼ばれていたそうだ。そこから人は環境や出会った神々の影響を受け、いくつかの種族に分かれていったらしい。


 姿を変えなかった人々は今は基人(きじん)と呼ばれ、創造神の加護を受けていると信じられている。ここに来た三人組の金髪の少女以外の二人がそうらしい。


 そしてこの金髪の少女は代々森と共に生き、植物神の加護を受け森人(しんじん)と呼ばれている。比較的優れた五感と洞察力を持ち、植物に造詣が深いとか。正直加護を与えた記憶が全くないが、多分何かやったんだろう。実際見た目が人と変わってるんだから否定できない。あと昔行った森の境界にあった村は拡大した森に呑まれて秘境的な森人の村になってるらしい、凄いね。



「――で、三人は探索者としてこの森の調査をしていると」

「そうよ……です!最終的には森の中心にある世界樹の調査が目的なの!」


 ぐっだぐだの敬語を半ば諦めた金髪の少女が答える。


「言伝には世界樹を害すなと言った。全く傷付けるなとは言わないが、程度は守ってね。調査がんばれ」

「……はい!頑張ります!」

「よかったねえ」

「あのまま世界樹まで行ってたら葉一つ採取出来ませんでした。感謝します」


 世界樹に向かう三人を見送り一息をつく。これくらいたまに、そして気兼ねなくしていいなら他者との関りも悪くないなと思いつつ、元気を貰えたので以前作った寝具一式をまた作ることにした。


 もしまた会えるなら、世界樹の調査結果を知りたいな。自分で行くのは面倒過ぎるし。


 何もせず過ごすのはいつも通りだが、何かを期待して待つのは悪くないかもしれない。彼らがまた来るかどうかはわからないが。


 そうして私は久し振りのベッドに寝転がり、いつも通りに眠りに就いた。ただ起き、ただ寝る。そうしてまた起きる――それだけをどれほど望み、そして繰り返しただろうか。だが今の私は少しだけ……心が温かいような気がした。

取り敢えずこれで完結です。何となく思いついたら書きますが、次は人気作みたいにある程度まとめて毎日投稿してみたいなと思ってます。

ひと段落ついたのでできれば感想とかほしいなーと思ってみたり

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