似て非なるモノ
私が身に着けた第六感によって周囲の草や土や雪の「気」を感じる遊びに興じてから丁度十年が過ぎた。今回は雪の「気」を楽しむことで冬の来た回数を忘れずにいたのだ。一度頭の上まで雪が積もったときは太陽からの「気」が光の乱反射のように周囲に撒き散らされ、それを追うのが非常に愉快であった。
そうこうしながら私の感知範囲は大きくなり続け、ついに草地を抜け森へと届くようになった。
森の木々は私と同じ様に「気」を循環させ、時折枝の一部に集中させたと思ったらそこに実をつけ、あるいは動物に食わせ、あるいはそのまま大地へと還っていく。
そう、動物である。意外なことにこの世界に来てから今まで動物というものを全く見なかったのだ。尤も、この草地に寄ってこなかっただけで森には最初からいたのかもしれないが。
まあ折角新しい存在を発見出来たのでこれも観察してみることにする。
今回確認出来たのはネズミにもリスにも見える小さな動物だ。地面に落ちた柔らかい果実を食べている。私の知識だと桃に近いだろうか。目を閉じて「気」を感じると、かの動物は草木と違い太陽と地面からではなく、周囲の空気と今まさに囓りついている果実から「気」を得ていた。
ここでようやく私は自分が動物としてでなく、ましてや人間として生きてはいないのだと確信を持つことが出来た。自らが人間でなくなったことに思うことが無いわけではないが、そのお陰でこうしてぐうたらに生き続けていられるのだから悪くないとすることにした。
一度森まで気を見渡せるようになると、そこには多くの生き物達がいた。虫や子鼠を狩るキツネのような獣、さらにそれを狩る狼のような獣。空でも似たようなことを大小様々な虫や鳥がしている。その命の循環の中で動物の持つ「気」もまた植物から動物へ、動物から動物へと渡り、そして死骸とともに大地に還っていく。
そうしていると私は森の奥に奇妙なモノを見つけた。その「気」の輪郭はおおよそ生物としては丸すぎる。手足や耳などの穴もなく極めてのっぺりとしていて、おまけにその輪郭すら不定形である。のそのそと這うように動くそれは自分より小さな生物を包むように飲み込み吸収している。
それだけならまだ私はアレはこの世界特有の摩訶不思議な動物と理解できた。しかしアレは周囲や食べた物から得た「気」の半分ほどを綿飴のように体内でかき集めると、ぐぐっと圧縮させ小さな一塊にしてみせたではないか。
より遠くまで「気」を感じるよう感覚を尖らせると、「気」をまとめ塊にする存在がそれ以外にも当たり前のようにいた。同じ不定形なもの、輪郭は獣と大差無いもの……猿ほどの大きさながら、猿よりもしっかりと直立二足歩行をしているもの。どれも尋常の生物よりも数倍の「気」を保持している。
いくら適当な私でも、アレらがただの動物と同じものではないだろうと思うことが出来た。しかし何故そんなことを……しばらく観察しているとその答えを知ることが出来た。
体内に塊を持つ小鳥が猛禽に襲われている。私はあの小鳥は食われるだろうと思っていたのだが、小鳥が徐に息を吸うと体内の塊が突然削れるように小さくなり、口から濃密な「気」が溢れたと思ったら火を吐いたのである。これには猛禽も焼かれることを恐れたか立ち去ってしまった。
ここで驚くべきことは二つある。まず火を吐くという生物としてまずあり得ないことが可能だということ、もう一つは吐いた火が「気」に戻らず消滅したということである。普通の生物では「気」が循環することはあっても消滅するということは無かった。
この「気」が消滅するという現象は塊を持つ生物が死ぬときにも起こった。彼らが死亡するとき、体内にあった「気」は塊を残して消滅してしまうのだ。
私はそれを見て、おそらくこの現象は私が認識できないもう一つの「気」の流れなのではないかと考えた。というのも「気」というのは文字通り天や地から"降って湧く"ものなのである。もし普通の生物しかいなかったとしたら、世界中の「気」の濃度が際限なく高くなっていってしまうはずなのだ。しかし今まで「気」の濃度はそれ程大きな変化が無かった。
また一つ世界の仕組みを知ることが出来たなと感心しつつ、そういえば最近は新たな発見や練習続きであまり睡眠を取っていないなと思い出し、それならば今までの分をと長い眠りに就くことにした。
3000字ってやっぱりキツいよ
1800字まで頑張ったしこっから展開変わっていくから許して