第8話「つまりキスをしてくれたんですね」
「お姉ちゃんをぎゃふんと言わせられなかったんですか?」
ミイニャが経営しているカフェカウンター内に俺たちはいる。
現在はランチタイムを終え、お客さんがまばらになり手が空いたところで、ミイニャは心配そうにカップを洗う俺を見つめた。
「最初は上手く行っていたんだけどな、最後の選択肢を誤ったのかな? 俺の方がぎゃふんと言わされたみたいで……」
水を止めて、乾いている食器類を棚に戻していく。
「ごめんなさい、優斗君。私が勢いで変なこと言ったせいで……楽しく無くなってしまいましたね」
「ミイニャのせいじゃないよ。言われなくても、悪戯は何かしたと思うし……」
「……」
ミイニャは何か言いたそうな顔だったが、視線をそらしカップを磨く。
俺は落ち込んでいたのか? いるのか? とにかく元気がなくなってしまったのは事実だ。
ユニークスキル退化したんじゃないだろうな……
10分後、ケーキセットを注文したお客さんが退出し、カフェには俺とミイニャだけになり……
「優斗君、ちょっと叱ってもいいですか?」
ミイニャは白頬をぷくぅと膨らませて、こっちに近づいてきた。
そんな顔まで可愛いとは、天は双子姉妹に幸福を与えているらしいな。
「俺を?」
「はい! 他には誰もいませんよ……朝、言いましたよね。今日も二人の時間を大切にしましょうって……」
「確かに……聞きました……」
「ですよね。なら今この時間を大切にしてくれていないのはなぜですか?」
「何か誤解しているようだけど、大切にはしてるぞ。普段と同じだろ?」
「違います! 全然違います!」
ミイニャは声量を上げ、かぶせるように否定してくる。
「どの辺が?」
「普段は二人きりになった途端、胸を突いてきたり、お尻に触れてきたり……からかい心全開です!」
セクハラでそのうち訴えられるな、俺は……って、違う!
「それは大切にしていると言えないだろ? 大体誇張し過ぎだぞ。胸突いてないし、お尻触りもしてない。ちょっと背中を指でなぞったりしたくらいで……ああ……似たようなもんか」
「いつも大切にしてくれています。それくらい私だってわかります……でも、今日は何があったか知りませんけど、お姉ちゃんのこと考えていますね、私といる今も……」
そんな至近距離で睨まなくても……
「仕事着ではドキドキしませんか? それとも髪型が好みじゃありませんか? ツンツンな性格がいいんですか? 黒タイツを履くよりも生足が好みでしたか? 朝、ほんとはほっぺにチュウをしてほしかったんですか?」
観察力まで落としていたか……黒タイツ、マジで履いてるの?
ちらっと少しだけ視線を下げてみた。
履いてる!
「はあ~、悪かったごめん。……インパクトが強すぎることがあってな、想像してなかったと言うか……でも、そうじゃなくて、それは演技だったみたいで……それが無性に腹が立ってしまって……だからその、ミイニャとの時間を大切に思ってないとかそういうんじゃないぞ。マアニャの罠にまんまとハマってしまった自分が情けなくて……その上、嫌な態度を取ってしまったし、絶賛自己嫌悪状態なんだ。切り替えが上手くできてない」
「そうですか……なら私が切り替えてあげます」
簡単に言うなあ。
「どうやって?」
「目を瞑ってください」
……それは、さっきのトラウマが蘇るじゃないか!
「まてまて、ここはカフェでいつお客さんが来るかわからないんだぜ」
「じゃあそのままでいいです」
ミイニャは俺の肩に触れ、少し背伸び、そのままゆっくり近づいて頬にチュと小さな口を触れさせた。
つまり、キスをしてくれたんですね……