第3話「マアニャへの悪戯」
午前、9時3分。
大欠伸をして、目を擦りながらマアニャはクレアが引いたいつもの高級イスに腰を下ろす。
それを見て、俺がマアニャの前にサラダにパン、そしてミイニャのカフェ特製パスタ(俺アレンジバージョン)を並べる。
「あら……いい匂いじゃない。なあにこれ?」
「食べればわかる。味は保証するのですよ。マアニャ」
「また呼び捨てに……様を付けなさいよ、様を。召使いの分際で。敬語も変だし」
マアニャは赤い髪をツーサイドアップにしている、ぱっちりした目、小さな薄桃色の口、少し尖った鼻……整った顔立ちに、それだけのパーツが揃っていて、見た目だけで言えば可愛くないわけがなく、まあ存分に異性を魅了できる容姿。いい匂いだし。
ミイニャとは一卵性の双子で、髪色と髪型以外は背丈もあまり変わらないが、言葉遣いに違いがあるのと……あとは性格が……
マアニャはとにかくうるさいし、俺のやることにいちいちケチをつけてくる。
つんつんだ。今までデレたことないので、つんつんマアニャ。
ツンにデレが加わることを俺は心底願っているのだ。
「返事はどうしたの?」
キッと音がするような鋭い視線が飛んでくる。
最近では毎度睨まれるこの感じが嫌でなくなってきているから、困ったものだ。
「温かいうちに食べろ。冷めると味が落ちる」
「命令するのはあたしで、召使いのあなたじゃないの……」
不満を漏らしつつも、フォークに麺を巻いてそれを口に入れる。
その瞬間、俺はニヤッと笑みを浮かべ、クレアはどうしよう? て感じで口元を押さえた。
「あっ、美味しいわ。この料理は何ていうの?」
「それはミイニャのカフェで最近出し始めたぺペロンチーノってパスタだ」
「ペペロンチーノ?」
この世界、俺が当たり前に食べていた物がなかったりするので、食べたいと無性に思ったときに材料だけ調達し調理する。ペペロンチーノはミイニャに作ってあげたら好評でお店でも出すことになったのだ。
「ニンニクと唐辛子をパスタに絡めたものだ」
マアニャの眉間にしわが寄り始める。
「にんにく……」
「そうニンニクだ。匂いが残るから朝からぺペロン食べる人はあんまりいないんじゃないかな……」
「……あんたはそれをあたしに食べさせたの?」
「ちなみに店に出しているぺペロンより大サービスしてニンニクの量を三倍にしてあげたので、感謝してくれたよ」
「……このあたしにそんなものを……」
マアニャは小刻みに震えだす。
「どうしてくれるのよ! 今日は大事な会合があるのよ!」
「心配するな。牛乳を大量に飲めば匂い消しになるから」
「牛乳! あたし苦手なの、知ってるでしょ!」
「えっ、そうだっけ? いやごめん、ど忘れしてた」
牛乳嫌いでよくもそこまで発育したもんだなあ。クレアより大きいのかな?
「こ、こっ、こっ、こいつ……召使いの分際で……なんて真似を……」
「落ち着いてください、マアニャさま。りんごを食べれば匂い消しになりますから……そのあと歯磨きを15分行えばエチケットは万全です」
「クレア、あなたも知ってて料理を出したの!」
「それはその……」
「クレアは関係ない。俺が作って、俺が出したんだ」
「へえ、連帯責任が妥当なところを庇うわけ? あなた、可愛いメイドさん好きなの?」
「何を馬鹿な……嫌いでないが……庇ってない。俺は事実を言っているだけだ」
「火に油を注いでるよ!」
クレアはマズいと思ったのか、小さい声で耳打ちしてくるけど……
「残り、あんたが食べなさい! それから罰として庭の訓練場で死んで来い!」
「了解!」
「……了解してどうすんのよ!」
「残り食べて、訓練場行けばいいんだろ?」
俺の問いに、マアニャはすぐに冷静さを取り戻し、
「馬鹿じゃないの。丸腰の召使いが、熱を帯びた訓練場に1人で出向いたらどうなるか……」
「マアニャのご命令は絶対ですので」
こうなることを予想して煮込んでいた野菜スープをマアニャの前へお出しして、ペペロンチーノのお皿は下げた。
「心配しなくても、騎士団長殿とは仲がいいので平気なのだよ」
「……なんであたしがあんたを心配しないといけないのかしら?」
「さあそれはマアニャの心の中だから、馬鹿な俺にはわからない」
「あなたはあたしをイラつかせる天才だわ。訓練場前で正座してなさい!」