#3.2 秘密組織
さて、これ以上話がこじれないうちにと、会計を済ますことにした。まあ、とんでもない金額になることは予想できるが心配ない。それぐらいの稼ぎは、ある。
「「おう!」」
俺がカードを取り出すとジジイどもが目と口と何処かを丸くして俺を拝んでいる。どうだ、これが大魔王の力だ。
仰々しく俺のカードを手にした者が困り顔で戻ってきた。
「お客様のカードは、」
愚か者が俺のカードが使えないと言ってきた。当然、再確認だ。出直して来い。しかし、今度は多少興奮気味で戻ってきたと思ったら、壊れた機械のように同じことを言っている。これはおかしい、怪しい。そんなはずは……もしかして?
「シロちゃん、さっきの、こっ汚い奴、貸して」
「100万だぞ」
「いいから、貸せ」
俺は魔王に電話を掛けた。まさかとは思うが、確認だ。だが、電話に出たと思った瞬間に切られてしまった。あの野郎、いや小娘め、俺を殺す気か。
チャレンジ回数13回目でやっと出やがった。バカにしやがって。
「俺だ、俺のカードはどうなっている?」
「どこの俺様ですか? 番号が違いますよ」
チャレンジ回数14回目。バカにしやがって。
「大魔王だ、俺のカードはどうなっている?」
「どこの大魔王ですか? 番号が違いますよ」
チャレンジ回数15回目。バカにしやがって。
「大魔王です、俺のカードはどうなっている?」
「俺のカード? はあ? なんのことでしょうか」
チャレンジ回数16回目。バカにしやがって。
「大魔王です、私のカードはどうなっているのでしょうか?」
「私のカード? 私のカードはここにありますよ」
チャレンジ回数17回目。お願いします。
「ご機嫌は宜しいでしょうか、大魔王のカードなのですがお教え願えないでしょうか?」
「大魔王のカード? ああ、あれですね。無駄遣いするから止めましたよ」
チャレンジ回数18回目。もう、生きていけない。リタイア。
「おい、マオ。貴様、国際電話をしたな! いくらかかると思っておるんじゃ」
「うるへー。ん? 待てよ。今日は何日だ」
「10日じゃ。ボケたのか?」
「そうか、それは良いことを聞いた。お前達、どっちかが年金で支払え。今日は年金の支給日だろうが」
「おい、マオ。話が違うぞ」
シロちゃんがいきなり立ち上がると周りをキョロキョロし始めやがった。こやつ、まさか。
「わし、帰る」
「おい、待て、シロちゃん」
「シロちゃん? はて、誰のことじゃ? お主は誰だ?」
「俺も帰る。付き合ってはおれん」
すっとぼけて、この場を逃げるつもりのジジイ達のようだ。シロちゃんはフラつきながらボケ老人を装っているし、アッ君は屁をこいている。なんてジジイどもだ。だが、ここはこやつらに役に立ってもらわねばならない。
「今だけ建て替えるだけでいんだ。後で倍にして返す」
「10倍だ」
早速、アッ君が食らいついてきた。
「3倍でどうだ」
「5倍じゃ」
おい、シロちゃん。自分が誰なのかも覚えていなかったんじゃないのか?
「俺は4倍でいいぞ」
「3.5倍」
「3.7 これで許す」
「2.5」
「良し、それだ。それで手を打とう」
勝負に勝ったアッ君、悔しがるシロちゃんだ。それでもアッ君は渋々年金カードを、おい、どっから出した! まあ、いい。俺が触るわけじゃない。その汚物を店員に預けると、今度も、いや、少し怒り気味で帰ってきた。
「残高が、」
年金の支給日だというのに、既に金が残っていないとは。この役立たずが。
「100倍じゃ」
シロちゃんが足元をみてきやがった。だいたい、誰の支払いだと思ってるんだ? 自分のことがすっぽり抜け落ちているじゃないか。
「それでいいよ」
「何だと!」
100倍と聞いてアッ君が熱り立っている。そんなに興奮したら直ぐに迎えが来るぞ。
「俺が払う。100倍だからな」
「はあ?」
俺が疑問に思っている間にアッ君が札束を出してきた。ところで、さっきからそれ、どこから出してきてんだよー。
アッ君の札束を目の前にしたシロちゃんは条件反射のように、それに手を伸ばしていく。それをバシッと叩いたアッ君だ。もう、一触即発状態だ。いや、もう触っているか。
とにかくだ。これ以上の面倒ごとは御免だ。俺はアッ君の札束をむしり取り、店員に「釣りはいらねー」と言って、二人を連れて店を出たのであった。
◇
「おい、マオ。俺の100万、どうしてくれるんだ」
「100万だと? 5万もなかっただろうが」
「なら、500万じゃないか。100倍だぞ、100倍!」
「ああ、わかったよ」
当然、俺は払う気なぞ全然ない。100倍だろうが1000倍だろうが、どこからでもかかってこいやー。と思っていると、何やら後をつけられている、ような。そんな気配をシロちゃんも感じたようだ。さすがは敗者だ。
「おお、わしを羨望の眼差しで見る輩がおるような。ちと、照れるな」
そんなキテレツな格好をしていれば誰だって白い目を向けたくなるだろうよ。
「俺も感じるぞい。なんかこう、今にも抱きつかれそうだ」
アッ君、誰がお前のような小汚いジジイに抱きつくんだ? 逆だろう。それ、犯罪だから。
「おい、ジジイ共。誰かに尾行されているようだ。1、2の3で走るぞ」
「さっきの奴が釣りを持って来たのかもしれん」
「それはない。チップとしてくれてやった」
「なんだと! そんなもん、俺は知らんぞ」
「いいな、シロちゃん。1、2の3だぞ」
「嫌じゃ」
「なら、置いていく」
「それも嫌じゃ」
「1、2の3!」
俺達は走った。しかしシロちゃんが直ぐに転んだ。使えん奴だ。さらばだ。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
俺達を付け狙う悪党がシロちゃんを囲んでしまった。達者で暮らせ。
「マオ! 待たんかい」
シロちゃんめ、俺の名を呼ぶとは、気が狂ったか? いや、既に狂っていたな。
「マオ? 、魔王?」
悪党どもがシロちゃんを人質に、俺の名を怪しんでいる。だが、そいつに価値はない。煮るなり焼くなり、適当に処分しておいてくれ。
「おい、アッ君。シロちゃんを助けなくていいのか? ん?」
さらなる俺の壁としてアッ君を差し向けようとしたのに、なにティッシュ配りのお姉さんに捕まっているんだ? まあいい、俺だけ逃げよう。が、俺も転んでしまった。
あっという間に人だかりだ。万事休す。悪党どもがシロちゃんを抱えて、こっちに向かってくる。
「大丈夫ですか? お爺さん」
おお、声を掛けられてしまった。それに差し出されたその手はなんだ? こんな仕打ち、受けたことがない。ああ、なんとういう感情が湧きあがってくるんだ。俺の、今までの不幸を打ち消す、この優しい気持ちはなんだ? これが、これが『愛』なのかー。
「はよ、立たんか。このウスラトンカチのマオ」
そう優しく問い掛けてくるのは、シロちゃん? なんだ、このジジイ。まだ生きていたのか。
「あなたはもしかして、まおう……?」
悪党の一味が有名な俺を知っているようだ。こうしてはおれん。ここで身元がばれたら俺の善行も知れ、恥ずかしいではないか。
「違いますよ、魔王だなんてね。手を貸してくれてありがとう」
俺は嘘は言っていない。だって大魔王だからさ。
「いえいえ、魔王でしょう。覚えていますよ」
こやつ、俺の腕を掴んだまま、離そうとしないではないか。これはおかしい。絶対におかしい。そう、俺の心が叫んでいる。もし違っていても俺のせいではない。それは、心の奴がそう思っているだけだ。俺ではない。
「そろそろ、離してくれないか」
「いやいや、ちょっとお話でも、どうかと」
「しつこいぞ」
「なら、ちょっとそこまで来て貰えますか」
こいつ、真性の悪党だ。そう俺の心が認定した。俺はそうは思はないが、ここは心の奴に従っておこう、そう決心したのに。
「魔王を倒すのは、この俺の方が先だ!」
アッ君が訳のわからぬことを叫びながらやってきた。だいたい『俺の方』ってなんだい? 消防署の方から来たのか?
「今のを聞いたか?」
「ああ、間違いなく『魔王』と言っていた」
ほら、悪党どもが邪推し始めたではないか。だが、もっと勘違いしているアッ君が悪党どもの一人に、いきなり足払いを仕掛けたじゃないか。盛大に転んだぞ。
「今じゃ!」
シロちゃんが豪快なダッシュをキメ、凄い勢いで走って行きやがる。さっき転んだのは演技だったのか? いやいや、そんなことに気を取られている場合ではない。俺もダッシュだ。
「俺を置いていくなー、魔王!」
アッ君の遠吠えが聞こえる。俺に勝てるのかよ。俺の足は、速いぜ。
だが、アッ君の逃げ足の方が一枚も二枚の上手だった。あっという間にを俺を追い越して行きやがった。その裾を掴んで引っ張ってもらう。そうだ、もっと俺の役に立て。
◇