#12.2 総力戦
私と秋子は屋上に上がり、南の方角を注視します。まだ津波は見えませんが、見えてからでは遅いのです。屋上というのもあるかもしれませんが、街中は静まり返っています。風は弱く気持ち良い程です。ただ空は曇り、日の光を遮っています。そんな日常的は風景が非日常に見えてくる、そんな、凄く恐ろしいものに包まれる感じがしてきます。それでも私達は、ここで何とか食い止めてみせます。
「いい? 秋子、せい、ので行きますよ」
「そのための力です、やります」
「では、せい、の、えい!」
やりました。ここからでは結果が分からないのでインカムで本部と確認をとります。
「どうですか」
「……」
返答がありません。上手くいかなかったのでしょうか。それなら何度でも。
「こちら本部、効果は限定的です」
「ではもう一度」
「……戻ってきてください。私に策があります」
少し間をおいてから夏子の提案です。きっと何か良いことが浮かんだのでしょう。それに期待する私達です。
「「はい」」
◇◇
「これを見てください」
本部に戻った私達です。津波の様子を生中継出来るようになっていました。そこで私達の成果を確認するために録画したものを冬子がモニターに映してくれています。
「ほら、ここです」
「「おお」」
冬子が指差す先に津波が、それを押しのけるように力が加わったところです。が、直ぐに次の波で元に戻っています。画面の端の方でマオが高笑いをしている、ように見えます。策があると言っていた夏子は口をムムムと閉じたまま無言です。どうしたら良いのでしょうか。途方に暮れる私達です。
「この津波、半分に出来ないかしら」
秋子がポツリと呟きました。その呟きに片目を見開く夏子です。
「秋子、それはどういうこと?」
「すみません、冗談です。もしあれを横半分に切って、上の自重で押し潰せないかと、あは、出来るわけがないですよね、失礼しました」
「「半分に切る?」」
秋子を除く私達全員が驚きの声を上げました。そうです、ぶった切ると言えば、それを可能にするジジイがいました。秋子はその時は居ませんでしたから知らないのです。夏子が……両方の眉を羽ばたかせて立ち上がりました。
「皆さん、作戦があります。総力戦で行きましょう」
「「はい!」」
私達は夏子の作戦を実現すべく、トンカンと準備を始めました。津波の到着まであと20分。何とか間に合いそうです。
◇
全員が屋上に集結です、決戦です。何処からでもかかってきなさい!
「もう一度確認するが、ちゃんと契約するんだろうな」
アッ君が春子に詰め寄っています。自分が協力する代わりに雇用契約を要求してきました。そこで一番言い易そうな春子に念を押しています。
「吹き飛ばしますよ」
「なっ!」
さっと引っ込むアッ君です。何かトラウマでもあるのでしょうか。
「皆さん、良いですか? それでは作戦開始!」
夏子の号令のもと作戦が開始されました。作成の詳細は、まあ、見ててください。
津波の先端が辛うじて見えています。そこに向けて栄子と太郎が向き合って弓を構えます。矢は2本です。今回も距離がありますから、シロちゃんが急ごしらえで作ったロケットブースターに冬子作の誘導装置が取り付けられています。更に矢の先端には春子作の装置も付いています。そして弓を構える二人を涙を堪えて見守る次郎が心の中で太郎の無事を祈る魔法をかけました。
弓のタイミングは冬子が取ります。
「いいですか、二人とも」
「はい、触るな太郎!」
「はい、ごめん、栄子」
緊張の一瞬です。この作成の成功は二人にかかっていると言っても過言ではありません。仲良く頑張ってください。
「では、行きます。放てー」
「「はあ!」」
息ピタッリの二人から放たれた矢は綺麗に打ち上がり、その勢いのままロケット点火です。ビューンと矢のように、矢でしたね。とにかく飛んでいきます。そして波の先端まで3/4のところで放物線を描きながら落下していきます。それを冬子の誘導装置が目標に導きます。その目標、マオとマオもどきのケンジです。二人とも波の先に浮上しているかのように立ち、腕組みをしています。まず二人を倒して津波の原因を取り除いていきます。その様子を小さなモニターで見守る私達です。
「何時まで触ってんだ、太郎! 離れろ」
「ごめん」
仲の良い二人です。次郎は言葉も出ないようですが、我慢が出来なくなったのでしょう、太郎の後ろから大胆にタックルしています。それよりも矢の行方です。
恐らく矢の、空気を切り裂く音で気づかれていることでしょう。シューンという音が聞こえてきそうです。矢が目標に近づいてきました。その時です、腕組みをしていたマオの手が動き出しました。何という野生の勘でしょう、矢が横に飛ばされていきます。ああぁぁぁぁぁ。大丈夫です。それで気を許したマオに、矢の先端だけが矢から離れて飛んでいきます。春子作のグーパンチです。それがマオとマオもどきの顔面に見事命中、二人は波の後方に吹き飛んでいきました。
「「やったー」」
喜びに沸く皆さんです。ですが作戦はまだ始まったばかり。次は屋上で一番高い位置に構えるアッ君の出番です。
「約束は守って貰うからな」
アッ君が独り言を呟いています。今回はアッ君のレーザー剣に、このビル全体の電力を繋いでいます。ですからアッ君が剣を振り回している間は停電です。それとアッ君のバックアップに春子が付いています。お料理のようにスパッと波を切っても効果はないのでノコギリのように時間差で砕いていきます。その細かい調整を春子が担当します。
「アッ君、始めてください」
「お、おう」
夏子に萎縮するアッ君です。見た目で判断してはいけませんよ、夏子は優しいのです。
足を大きく広げ腰を落とすアッ君です、気合が入っています。
「奥義、波風」
また奥義です。剣から伸びた赤いレーザーの光が水平線まで届き、右端からゆっくりと左端へと向かっていきます。あっ! 途中にあった幾つかの塔が切れて倒れてしまいました、ゴメンナサイです。
「ふう、切ったぞー」
アッ君が叫んでいますが結果が確認できるまで暫く時間が掛かります。その間に私と秋子が準備をします。津波が潰れてもその勢いまでは無くなりません。それを押し戻すのが私達の役目です。
「やりました、成功です」
計画の通り、津波の高さがぐっと低くなったようです。では、私達の出番です。二人して並び、力を込めます。
「「えい!」」
やりました、どうでしょうか、津波は無くなったでしょうか。暫くの沈黙が続きます。これが失敗すると私達の努力が水の泡となってしまいます。低くなったとはいえ津波は津波です。その勢いでまた津波が元に戻ってしまうでしょう。ですから一気にカタをつける必要があるのです。さあ、どうでしょうか。
「ダメです。やはり先程と同様、部分的にしか作用していません。もっとこう面で押し返さないと」
冬子の報告に一同、がっかり、肩を落とします。魔王の力を振るうことが出来るのは私と秋子だけ。もっと大勢いればですが、無理な相談です。
なんな中、夏子がシロちゃんを揺さぶっています。八つ当たり? いいえ、何かを聞き出そうとしているようです。ですが津波の第一波が近づいています。早く何とかしないと、どうしましょう。
「菫組、集合」
夏子が突然、叫びました。それも懐かしい名称です。落ち込んでいた私達に希望の火が灯りました。
「いいですか、皆さん。今、シロちゃんから、秋子が魔王の力をどうやって得たのかを教えて貰らいました。私はてっきり平行世界の魔王の力が秋子にも降臨したものだと思っていました。ですがそれは間違いです。秋子にも最初から魔王の力が宿っていたのです。それは私達も同様なのです。それが魔王によって触発され能力が発現したのです。今私達には魔王が二人います。なら残りの私達も魔王になれるはずです。如何ですか皆さん」
驚きました。魔王の力は限られた人の、特別な力ではないのです。誰もが持っている力、それに気づくか気づかないかの違いしかありません。切っ掛けさえあれば良いのです。
「私に出来るかしら」
春子が不安一杯な顔をしています、冬子もです。ですが夏子は自信に溢れています。
「皆さん、私達は菫組です。どんな苦労や困難も一緒に乗り越えてきました。今度もまた、私達なら出来るはずです、いいえ、出来ます、それが私達です!」
「「はい!」」
そうです、私達に出来ないことは無いのです。だって私達は菫組なのですから。
私達は津波に向かって一列に並びました。秋子、春子、夏子、冬子、私の順に並び手を繋ぎます。
「さあ、行きましょう、3、2、1」
「「えい!」」
私の体から力がみなぎってきます。一人の時とは違います。私から冬子、夏子、春子、秋子、全員の心が伝わってきます。負けない心、挫けない心、諦めない心、助け合う心、お互いを愛しむ心、その全てが伝わってきます。そして何故だかわかりません、涙が止まらないのです。悲しいのではありません、それどころか嬉しくて優しさに抱かれ、頭を撫でられた子供のような気持ちです。これが皆さんの気持ち、皆さんの心、そして大切なことは、全員が同じ思いだということです。
地響きのように大地が小刻みに揺れています。その揺れは続きますが大きくなることはないようです。
「おい、津波が消えていくぞ」
アッ君が叫んでいます。我を取り戻した菫組は元の配置に付き津波を観測します。ああ、そうです、アッ君が言ったように津波が消えていきます。作戦は成功です、やりました、大成功です。この場にいる全員が抱き合って喜び合いました。
こうして私達は、邪悪な魔王の思惑を打ち砕くことが出来たのです。めでたしです。
◇




