#10 ライブステージ
むかしむかし、あるところに、可愛い魔王がいました。魔王は国を治め敵から国民を守り、強い絆で結ばれた仲間達にも恵まれ幸せに暮らしていました。ところが敵が強大な力で攻めて来ることが分かったのです。ですが、そんなことぐらいでへこたれる魔王と仲間達ではありません。しっかりと対策を練って自分達の国を守ろうとより強く団結するのでした。
栄子がシロちゃんを連れて帰国したので早速、円卓会議です。この席には栄子、シロちゃんも同席です。アッ君はうるさいので、その辺に居ることでしょう。しかし次郎の姿が見えません。どうやら帰国するつもりはないようです。一緒に出張に行った栄子は次郎が居ないことに恐縮しています。大丈夫です栄子、全てはお見通しですから。スパイ容疑の次郎は暫くの間、行動を観察するつもりです。議長は何時もの通り夏子が務めます。
「早速ですがシロちゃん、あなたが発明したものについて説明してください」
「発明とな、はて、あれのことかの、タイム、」
「ドカーンのことではなく、次郎に説明したことを、もう一度話して貰えないですか」
「次郎? 誰じゃそれは」
「そこの栄子と一緒にいた青年です」
「ああ、あやつか。そうだの〜、ちょっと触ってもいいかの〜」
「ダメです」
「あいや、きついの〜。もう小娘ではないのかの〜」
「帰ってもらいますよ」
「あっ! 思い出したぞ、思い出した。あれのことか、あれじゃろう」
「帰って頂いて結構ですよ」
「言う! 言うから待ってくれ。なんのことだったじゃろうかの〜」
「では、さようなら」
「待ってくれんか、ちょっと、あれじゃ」
見かねた栄子がシロちゃんに耳打ちしています。それに頷くシロちゃんですが、その隙に手を伸ばしたため、栄子に頭を叩かれています。いい音がしました。
「思い出しましたか」
「あれじゃ、魔法陣のことじゃろ」
「それは知っています。その先のことです」
「その先とな、う〜ん。おお、思い出した。魔法陣じゃ、あれは魔法少女をだな」
「「魔法少女!」」
一同、口を揃えて驚いてしまいました。その最中です。秋子から緊急連絡が入ったと冬子が伝え、それをスピーカーに接続しました。
「皆さん、秋子です。政府の新兵器実験が始まりました。音声だけですがそれを中継しますので聞いてください。実験場は小さな体育館ほど。その床に魔法陣のようなものが描かれています。部屋の中は暗く、人の顔がやっと見えるくらいです」
「「おお」」
一同、口を揃えてから聞き耳を立てます。シロちゃんのことは後回しです。
「これから実験を開始する。ケンジ君、準備はいいか」
「何時でも来いです」
ケンジ君とは、元部長のケンジですね、多分。すっかり政府の犬と化したようです。
「4人で魔法陣を囲んでいたのが今までの失敗の原因です。教授の話では3人で行うとのこと。それでは3人は、所定の位置に着いてください。ケンジ君は魔法陣の中央に立って」
「3人で魔法陣とは何のことですか、シロちゃん」
「それはじゃの、魔法陣はいらんのじゃが、」
夏子がシロちゃんに問い質しますが要領を得ません。それらを繋ぎ合わせて解釈すると次のようになります。
シロちゃんが発明したのは平行世界転移装置です。装置と言ってもこの場合は儀式の手順のようなものです。これは平行世界、つまり私達の世界と似たもう一つの世界から人を召喚する事らしいです。ですが人そのものを召喚することまでは出来ないので、その精神・意識だけをこちらの世界に召喚するとのこと。この際、その精神・意識を受け取る人、憑依される人が必要だそうです。この時、憑依された人は、理論上では自我を保てるらしく、2重人格のようになるそうです。実験が続きます。
「それでは行きます。アイヤー、ホイヤー、おいでませ、魔王!」
「「魔王!」」
一同、口を揃えて驚いてしまいました。これで政府が考える新兵器の謎が解けました。どうやら平行世界から魔王を召喚し、私の魔王の力に対抗しようとする計画のようです。よく思いついたものです、同じ力で対抗しようなどとは。余程、あの地震が怖かったのでしょう、それを政府の意のままに使われては私達には分が悪いです。実験は続いています。
「うおぉぉぉ」
これはケンジの叫び声ですね。自分の中に魔王の意識が入り込んでいるのでしょう。えっ! 魔王とは私の意志ですか? それがケンジの体の中に。想像するだけでおぞましいです。
叫び声と一緒に何かモーターの唸るような音も聞こえてきます。儀式のようなものと聞いていますが、何がしらの装置があるようです。それが床を叩いているのでしょうか、ゴツンゴツンと激しい音が聞こえてきました。何かがクライマックスです、というところで静かになりました。実験はどうなったのでしょうか。
「どうだね、ケンジ君」
「頭がフラフラしますが、特に変わったところは」
「それはおかしい、これで正しいはずなんだが」
「その人だけでは上手く行きませんよ」
その声は次郎! 何故あなたがそこに居るのですか。
「どういうことだね、君」
「それを知りたければ、例の物をください」
「例の物?」
「おい貴様、俺達を騙したな」
その声は……誰でしょうか。そこに冬子が、あれは元副社長の一人だと教えてくれました。
「それはお互い様でしょう。今、渡してくれたら教えますよ」
「面倒なことを。まあいい、少し待て」
私達も少し待つことになりました。その間に次郎の狙いを春子が推測します。
「恐らく次郎は署名入りの婚姻証明書が欲しいのでしょう。それでヒントを一つだけ残したのです。賢い子ですから」
「次郎が婚姻? 誰とですか」
栄子が驚いた口調で目を丸くしています。興味本位丸出しの目をしていますね。実験が続きます。
「ほら、これでいいだろう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、さっさと教えろ」
「はい、こうです」
小声で言っているようで、その内容までは聞き取れません。一斉にシロちゃんに答えを求めますが役に立ちません。実験が続きます。
「誰か女性はいないか、そこに立つだけでいい。ああ、君だ。君、そこに立ちまたえ」
「はい」
女性のヒールの音がコツコツと聞こえてきます。それが止むと今度はバサッという音が。多分、身だしなみを整えているのでしょう。
暫しの沈黙です。その間に夏子がシロちゃんを睨んで聞き出したところ、どうやら召喚元の好むもので引き寄せるのだそうです。この場合は女性でした。ということは私が呼ばれるのではなく、マオの方ですね。それにしても、です。
「それでは再開だ。アイヤー、ホイヤー、おいでませ、魔王!」
先程と同様、モーターが唸りながらガタゴト騒いで、今度は稲妻のようなビシっという音が。実験は進んでいるようですが、何やら『チッ』と舌打ちするような音が聞こえたところで静かになりました。さて、どうなったのでしょうか。
「どうだね、ケンジ君」
「同じです、特に変わったところは」
「おかしい、やはり君では無理だったか」
「失礼な!」
女性のヒールの音がドコドコと聞こえてきます。相当怒っているような歩き方で、途中『ドサ』という音も聞こえました。多分、誰かを蹴飛ばしたのでしょう。
「う〜む、誰か他には……おお、いるじゃないか。君、来たまえ」
「私は研究員ではありません」
秋子の声です。大変です、秋子が生贄になろうとしています。飛んで行って止めさせた方が。その時です、夏子が私に向き合って首を横に振りました。きっと考えがあるのでしょう。秋子の無事を祈って聞き耳を立てます。
「それでは再開だ、今度は大丈夫だろう。アイヤー、ホイヤー、おいでませ、魔王!」
「あああああ」
ケンジの叫び声が聞こえます。でもそんなことはどうでも良いのです、秋子が心配です。今度は前回と違い稲妻のような音だけがビシバシと弾け飛んでいるようです。それが時折、落雷のようにドコーンという音と、床が砕けるような音が続き、嵐が叫ぶようにオギャーとかへへへと笑うような音が聞こえてきます。そしてそれらの大騒ぎが終わると、闇の静けさのように何も聞こえなくなったのです。
「ふふふ、わーれは魔王なり。この虫ケラどもめ」
この声は! 何処かで聞き覚えのある声ですが、さて、何処の誰の声だったのでしょうか、思い出せません。
「実験は成功だ。ケンジ君、気分はどうだ」
「ケンジ? 誰のことだ。わーれは魔王なり、この世界で最強の存在だ」
「ケンジ君、正気に戻りたまえ」
「うるさい。そうだな、手始めに俺の力を示してやろう」
「おい! おい! 魔王が居なくなったぞ」
「慌てるな。魔王と言っても所詮はウチの勇者と互角程度だ。心配する程でも無い。そのうち正気に戻るだろう」
「それもそうだな。ああ、君、まだ居たのか。君はもう結構だ」
「私は、はあ、そうですか」
秋子の声です。夏子の予想通り無事のようです。顔を合わせた夏子も頷いています。では、魔王は何処に行ってしまったのでしょうか。まあ、それは良いでしょう。ですが夏子の顔が急に険しくなりました。
「栄子さん、至急、太郎と一緒に次郎を回収してください」
「ほへ、今すぐですか」
「そうです。そうしないと次郎が危険です。目的が達成された以上、その役目を終え秘密を知る者を素直に返すとは思えません。急いでください」
「はへほ」
駆け足で会議室を出て行く栄子です。その後ろ姿を皆で追っています。栄子だけでは不安ですが太郎が一緒なら問題ないでしょう。
円卓会議は引き続き新兵器対策本部となりました。本当は魔王対策なのですが、それでは私がコテンパンにされそうなので、このような名称になりました。さて、これから政府はどのように動くのでしょうか。ああ、そうそう、もうシロちゃんは不要になりましたのでアッ君ともども別室で待機です。
それでは政府の動きがあるまでは栄子も心配ですので、その様子を伺って参りましょう。点在する監視カメラでその動向を注視していきます。




