#6C.5 魔王になりましたよ
「待ったれほー」
部屋の扉が勢いよく開いたかと思えば、何やら小汚いおじいさんが、吠えながらの乱入です。
「引退するつもりだったのによー、何よー、この仕打ちはよー。俺ー、社長だよー、偉いんだよー」
そう喚きながら、ズンズンと前へ前と突き進んできます。それを誰も止める人はいないよです。それどころか、そのおじさんから離れて、いえ避難しているようです。先程、不満を零したおじさん達も一目散に隠れています。この小汚いおじいさんを、何故、それほどまでに恐れる必要があるのでしょうか。
おばさんがその体を震わせながら私に耳打ちしてきました。
「あの人は、前社長だけは特別な、特殊な能力があるようです、気をつけて」
それだけ言うとおばさんも逃げて行きました。そして物陰に隠れています。成る程、小汚いおじいさんが歩いている両脇のテーブルがブルブルを震えています。かなり大きく重いテーブルが紙でできているように震え、幾つかは倒れ、なかには吹き飛ぶものもあります。部屋の中は騒然としてきました。まるで怪獣がガオーと文句を言いながらノッシノッシと歩いているようです。
邪魔な椅子を蹴飛ばし、倒れたテーブルを踏みつけ、転がる果物を拾っては一口かじって捨て、倒れなかったテーブルの上を腕でなぎ払っていきます。そして周囲を見渡しては目の合った人を恫喝し、物を投げつけています。大勢、人がいるというのに誰も怪獣を止めることは出来ないのでしょうか。
「そこは俺の席だやー、どけやー、小娘がー」
怪獣が吠え、その口から唾のような泡が吹き出ています。そして最後のガオーで指差された私に、何やら得体の知れない、見えませんが本当に何かが襲ってくるような感じがしたのです。
「きゃあぁぁぁ、来ないでー」
思わず叫んでしまった私です。するとどうでしょう、怪獣が入り口付近まで後退していきました。いえ、正確に申しましょう、吹き飛んで行かれました。部屋中にどよめきが響きます。私もビックリコンです。
「何するんじゃー、痛いじゃないかよー」
そういえば独房をこじ開け、幾多の壁を突破してきた怪獣です。そう簡単には倒れないようです。立ち上がって真っ直ぐこちらに向かってくるではありませんか。その時です、春子さん、冬子さん、夏子さんが私の前に立ちはだかりました。
「「この子には指一本、触れさせません」」
皆さんが私を守ってくれます。そうです。私達は特別なのです。何があっても起こっても私達は菫組なのです!
「そこはよー、あれもここも、全部、俺のもんなんだよー、邪魔すんなー」
怪獣が吠えながらまた迫って来ました。それに構える皆さんです。私は、私は、どうしたら良いのでしょうか。この怪獣に打ち勝つ力が欲しい。ああ、でも今の私には祈ることしか出来ません。どうか皆さんを守ってください。
「何だやーこの風はよー、誰だほー、窓なんか開けやがったのはよー」
私の祈りが届いたのでしょうか。怪獣に向かって強風が吹き始めました。前に進めなくなった怪獣です。ですがそれでも少しずつですが前進してきています。不純な目を腕で覆いながら、口を開き唾が何処かに飛んで行きます。そして周囲の物も、カツラも飛んで行きますが、私も、もっと祈るのです。もっと強く、もっと強くと。
この怪獣を押し戻す風はどこから吹いてくるのでしょうか。ああ、分かりました。今までこの怪獣に蹂躙されてきた乙女たちの怒り、悲しみ、怨念が一つに集結し、その思いが風を起こしているのです。それが分かればこちらのものです。さあ、怪獣さん、あなたのいるところは、ここではありません。えい!
怪獣はまたも吹き飛び、今度は立ち上がれないように上から風が押さえつけています。身うごきが出来なくなった怪獣です。さあ、トドメを刺しましょう。
「怪獣さん、あなたにそのような力は不要ですので取り上げます。えい!」
風が止み大人しくなった怪獣です。身うごきひとつしません。成敗完了です。そしてカーテンに隠れていた副社長候補のおじさん達に先程の質問を繰り返します。
「彼女達が副社長です、異論はありますか」
「いいえ、滅相もありません。従います、ですから命だけは」
「そうですか、命は……考えておきましょう」
「では、早速あの者を処分致しますので」
「それは……夏子さん、どうしましょうか」
私達は円陣を組み緊急会議を開催しました。
「良子さん、いいえ魔王。あれは処分せずに飼い殺しにしましょう。生かせて、その罪を自身で償わせるのです」
流石は夏子さんです、ごもっともです。
「分かりました、夏子さんのおっしゃる通りですね」
「魔王、もう『さん』で呼び合うのは止めましょう。私達は仲間であり、良き友人でもあります。もっと距離を近づけましょう。私達もあなたを魔王と呼びます。アホーな私達です、とことんアホーになろうではありませんか」
「夏子さ……、皆さん」
こうして私は魔王になったのです。如何でしたでしょうか。涙なくしては語れないことだらけでした。ですが私は一人ではありません。助けてくれる仲間が、知恵を授けてくれる仲間が、勇気を与えてくる仲間と友人に囲まれ、私は幸せ者です。魔王になったのも、そう悪いことではないしょう。では最後にもう一度、言いましょう。
こうして私は魔王になりましたよ、えへん!
 




