#6C.2 トップセールス
一ヶ月後、私達は何故か社長の温情ということで解放されました。その間、一日一食、風呂なし着替えなしの地獄でした。それに耐え忍んだ私達です。菫組は解散、部屋も移動させられバラバラ、職場も離れ離れとなり、前科者のとして私達は孤立したのです。
新しく配属された部署は墓石販売するところでした。最初の頃に登場した、少々残念なおじさんのいる部署です。そのおじさん、考えてみれば男性です。おじさんですから当たり前なのですが、今まで女性以外の方と会っていませんでした。どうやら一棟丸々男性と女性に分かれているようです。そこを自由に行き来してるこのおじさん、かなり偉い方とお見受けしました。そのおじさんが、私を含めた女性達に怒鳴り散らします。
「いいかお前達、逃げようなんて、これっぽっちも思うなよ。その時はドカンだからな。いいか、決められたノルマをこなし、きっりち責任を果たしてこい!」
「「イエッサー」」
私達はこれから外国に営業に行くのです。外国と言っても私の祖国です。でもその祖国は私を不明者扱いにしているにも関わらず、それでも税金を徴収しています。一体、私の国は何処にあるのでしょうか。
いけません、私情が絡んでしまいました。ここでも、おじさん以外全員女性です。私も含めて30名ほどの営業がいます。皆さんスーツ姿に、勿論エプロンをしていて、前の方に大きく名前が書いてあります。そして背中には墓石を担いでいます。これは本物ではなく営業用の作り物で中身はカラです。それでも20kg位はあるでしょうか。見本として『良子之家』と彫ってあります。
外出する直前に地図が渡されました。直前なのは事前に知らせないためです。その地図には訪問すべき顧客までの道順が赤く記してあります。そのルートを外れると、ドカンだそうです。それぞれの場所にも時刻が記載されています。その時刻を大幅に遅れたり逆に進みすぎてもドカンだそうです。まるでラリーのようです。途中で事故や事件でそのルートを辿れなくなる、というのは考慮されていません。その場合、どうなるのでしょうか、やはりドカンでしょうか。
墓石を担いだ私達は建物の一階からではなく、地下の駐車場から出入りします。思えば建物の一階、正面から入ったのは面接に来た時の一回だけです。そこが国境であり検問所であったことは後で知ったことです。何故か駐車場の出入り口には検問がありません。ということで私達は人目を阻むようにこっそりと入出国を繰り返すのです。一体この国と私の祖国とは、どうなっているのでしょうか。
営業成績を競う私達は、以前のような同志ではありません、敵であります。同僚を蹴落として這い上がるのが慣わしです。訪問先も幾つか重複しているようで、それは私達には知らされていません。競争を煽るだけ煽っるこの仕組みで皆、敵なのです。顧客を誰かに奪われる前に確保する、いわば早い者勝ちです。ええ、いいですとも、頑張りましょう。それが私の課せられた宿命というのなら。
早速、地図を片手に先を急ぎます。ですが背中が結構重く足かせになります。それを根性でカバーします。急ぎましょう、ここは既に敵地、私の故郷です。
「あれ〜、もしかして〜」
今は会いたくない人と出会ってしまいました。昔の同僚です。あっ、私まだ退職していないはずなんですが、その辺はどうなっているのでしょうか。
「お久しぶり、ですね」
「おひさ〜。何になに、今は良子って言うの?」
「まあ」
「でさ、どう、給料上がった?」
いきなりその質問ですか、いいでしょう。
「上がりましたよ、2倍ほど」
「うっそー、いいな〜、羨ましいな〜」
「そう思うなら、あなたも来ますか」
「嫌。だってそんな格好、恥ずかしくて私、死んじゃうから」
「そうですか。それは賢明な判断です。ところで、」
「じゃあね〜」
「ちょっと、」
きっと私と話しているのも、死ぬほど恥ずかしいのでしょう。では私はどうしたら良いのでしょうか。
◇◇
最初の訪問先に着きました。着きましたが訪問のお約束はしていません、飛び込みです。事前に電話等で確認したいところですが、その電話が使用禁止となっています。仕方ありません、飛び込みます。
「こんにちは〜、私です。宜しいですか〜」
ちなみに営業トークは全てマニュアル通りに進めなければなりません。一字一句言葉を変えてはいけない掟になっています、はい。
「誰じゃー」
「私ですよ〜、入れてもらえませんか〜」
「ちょっと待て」
只今、インターフォン越しに私をジロジロと見定めている頃です。そこで、そのタイムングで二歩下がって少し前屈みになれとあります。マニュアルに従いましょう。
「うっ、入りなさい、鍵は開けたから」
訪問先は一人暮らしの壮年男性と決められています。二歩下がったのは、あの、その、普通のスカートより、その、短いのです! エッチー。
訪問先に侵入しました。早速のお出迎えです。今にも倒れそうな勢いでやってきました。そして下から、下から、下から上に向かってジロジロです。口からヨダレが出そうなのをグイっと手で拭いていますよ、乙女には辛い仕事です。
「ところで、あんた、誰?」
「私ですか、まあ、その前に座ってお話、しませんか」
「おお、ああ、いいじゃろう、いいとも」
ここまではマニュアルの想定通りに事は進んでいます。持ち時間は15分です。その時間内に契約をまとめなければなりません。急ぎましょう。
通されたリビングで、私は椅子に座り、何故かお客様候補の方は床に座りました。その方が話やすいのでしょうか。しかしまた下から、下から、下からジロジロです。時間がありません。先を急ぎます。
「今日は墓石のご紹介に伺いました」
「何? 墓石? わしはまだ生きとるがの」
「いえ、生前に購入されますと、大変お安くお求めいただけますので、お得なのです」
「そんなもんかの。ところで、それが墓石かの」
「はい、左様です。これをお墓の上に載せますと、大変寝ごごちが良くなるのです」
「そんなもんかの。どれ、良く見せてくれんかの」
「はい、少々お待ちください」
「おお、わしが手つどうてやるわい」
「えっ?」
私が墓石を背中から降ろそうとすると、お客様候補が私の後ろに素早く立ち回り、墓石ごと私に抱きつく? そうでしたので、慌てた私は半回転してしまいました。すると墓石がガツーンとお客様候補にヒットし、そのまま横になってしまわれました。それでもその姿勢からニンマリとされています。
「おっと、サービスはあるんじゃろうな」
「サービスは……あります」
「じゃあ、そのサービスとやら先に頂こうかの。お前さんも、そのつもりなんじゃろ」
マニュアルにはサービスは自己責任で行うこと、とあります。会社にもお客様候補にも、その責任は一切負わない負わせない、ともあります。意味がイマイチわかりません。サービスとは一体、それに何を求めているのでしょうか。
「サービスは……ありますが、その前に、契約書のサインをお願い致します」
「それはサービスの後じゃ」
「いいえ、サインを頂ければ、何でもしますから」
「何でもか?」
「はい、何でも、です」
「良し、書いてやる。だが忘れるなよ、イヒヒ」
初営業で初契約です。やはり私は優秀のようですね。何をやってもやらせてもそつなくこなす優れ者。それが私です。
「ほれ、書いたぞ」
「ありがとうございます」
「じゃあ」
「きゃあぁぁぁ」
お客様が急に私の足首を掴んできました。驚きです。とても強く握ってきています。驚いた私は墓石をお客様の上に落としてしまいました。
「ホギャャャ」
訪問時間の15分が経過しました。もう次に向かわなくてはなりません。長居は無用です。先を急ぎましょう。
「では、お元気で」
「いててて」
「そうでした。死んだら教えてくださいね。墓石をお届けしますので。ではその時に」
◇◇
 




