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じーさんず & We are  作者: Tro
#6 私はこうして魔王になったで章 え編
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#6C.1 断食メイド

 ある時、私は見てしまいました。たまたま通り掛かった○×部署を何気なく覗いた時です。私達同様に新人の子たちが封筒の封入作業をしていました。あれって単純だけれども結構キツいのよね、と見ていましたら、その逆、封筒からチラシを抜き取っていました。それを隣の○△部署に運んでいます。そうです。そこでは封筒の封入作業をしているのです。こうして隣の部署間で循環しているのです。これでは作業が終わるわけがありません、永遠です。それを知った時、思わず大口を開けて驚いてしまった私です。ですが。


 すみれ組の組長である夏子さんから更に驚きの命令が発令されたのです。何と三日三晩の断食命令です。それを聞いた瞬間、お腹が鳴りました。それは何時からですか? はい、今からです。


 その三日間、私達は空腹との戦いでした。唯一お水だけは飲むことを許されていましたが、手を動かすのも億劫なくらい元気が無くなっていくのを体験しました。皆さんが意識を保っていられることだけでも凄いことです。フラフラです。


 意味も分からないまま断食命令が解除される瞬間が訪れました。就業時間が終われば断食も終わりです。3、2、1、はい、終わりました。これでやっと食べることが出来ます。皆さんもお腹がグーグーです。さあ、祝いましょう、私達のために。


「菫組は私に付いて来なさい」


 班長が直々に私達の持ち場に来ました。珍しいことです。ですがそれは今でなくてはならいのですか。


 もう少しの我慢です。私達は班長に連れられ食堂のある階に向かっています。もしかしたら、もしかしたらデスよ。班長様が私達にご馳走をしてくれるのかもしれません。そうなんですか? そうですよね、班長様。

 私達が乗るエレベーターが食堂のある階を通り過ぎてしまいました。えっ! です。エレベーターは食堂の1階上で止まりました。そこで足早に降りる班長様です。


「さあ、早く!」

「「イエス・マム」」


 私達は更衣室のような場所に案内されました。ここで何をしろと言うのでしょうか。


「あなた達はこれに着替えて、早く!」

「「イエス・マム」」


 これ、とはメイド服のようです。フラフラの体を支えながら何とか着替えるのですが、その様子を腕組みをしながら班長様が見張っています。そんなにジロジロと見られては恥ずかしいではないですか。あっち向いてプイ、です。


「もたもたしない!」

「「イエス・マム」」


 着替えた私達は、今度は厨房に連れてこられました。どうやら食事を運ぶお手伝いをするようです。言われるがままに皿を持って、それを食堂に運んでいきます。その食堂、なんて豪華で絢爛なのでしょうか。これが私達の知る食堂の上にあるなんて、まるで別世界のようです。

 配膳が一通り終わると、部屋の片隅で整列させられました。そこで班長様の訓示です。


「いいですか、あなた達。これから社長様の夕食が始まります。その給仕係として粗相のないよう、気を引き締めるように。これはこの会社の従業員にとって、大変名誉ある仕事です。死んでも発言や口答えをしないこと、いいですね。社長様のご不快を買うようなことがあれば、二度と、ですよ」

「「イエス・マム」」


 その直後です、社長様のご入場です。深々と頭を下げる私達です。


「うっひょー、腹減ったぞい。今日は何かな〜」


 社長様の登場と数人の若く着飾った女性が後に続きました。一番奥に社長様が、そこを囲むようにお連れの女性たちが椅子に座ります。頭を下げていたせいでしょうか、空腹でそのまま倒れそうになったところを隣の冬子さんが支えてくれました。ありがとうございます。


「さあ、食うか。お前達も食えー、ガーハハハ、ブッ」


 最後の『ブッ』はアレのようです。鼻を抑えたいのを、我慢です、耐えます」


「やっだー、社長ったら下品ね〜」


 お連れの女性達が下品な社長様を(たしな)めています、もっと言ってあげてください。


「なんだよ、入れる前に出して何が悪いんだよ〜、ブッ」

「やだもー、クサッ」

「これが本当の隠し味だー、エーへへへ、さあ、食うべえ」


 ガシャポン、キーキキ、ウエぇ、ペロリンコ、プッ


 社長様達が食事をしているのを立って見ているだけの私達です。時折されるおバカな会話とプッ、です。そして(ようや)く私達の出番が来たようです。お酒を注いで回ります。グラスを持つ手が微妙に震える社長様です。


「おー、今日のメイド達は選りすぐりだな。ねえ、持って帰っていい? いいよねー」


 持っているボトルで思わず頭を殴るところでした。気を静めなくてはなりません。でもお腹が抗議のつもりでしょうか、グーが止まりません。それを聞きつけたのか、社長様達がとんでもないことをやらかし始めました。それは私達の足元に食べ物を投げ落としたのです。


「腹、減ってんだろう、それ、食っていいから。ほら、食え」


 いくらお腹が空いているからといって、私達は動物ではありません。何ということでしょうか。


「食べちゃいなさいよ、食べさせて貰ってないんでしょう、知ってるよ〜」


 お連れの女性達までもが社長の暴挙を(はや)し立てています。何という下品な人達なのでしょうか。それを見ている班長様も……いつの間にか班長様もメイド姿ではありませんか。いつの間に着替えたのでしょうか。失礼ですがお一人だけ、浮いていますよ。

 その班長様、今にも泣きそうな私達に向かって小声で、それを食べろとおっしゃります。何時もの大声は何処に行ってしまわれたのでしょうか。


「ほれ、食え、食っていいよ、ブッ」


 しつこい社長です。噂では4人の副社長を従え、好き放題に遊び呆けていると聞き及んでいます。その噂、どうやら本当のようです。何故こんな人が企業のトップ、社長が務まるのでしょうか、謎です、不思議すぎます。その傍若無人から『魔王』と呼ばれているようです。


 私を支えてくれた冬子さんが今にも倒れそうです。今度は私が支えなくては。そう思った時です、冬子さんがその場所にしゃがむと、ええー、床に転がる食べ物を口に運び、一口だべると、その勢いが増しどんどんと食べていきます。それを見つめる私達です。みっともないとか恥ずかしいとか、そんな感情ではありません。あまりにも、あんまりです。私も、皆さんの目に涙が溜まっていきます。


 その冬子さんの手が止まりました。そして我に返ったのでしょう、ゆっくりと顔を上げました。その目には涙が、その口には食べかけのものが付いています。その姿を見る私達も涙がもう、止まりません。冬子さんが食べ物を飲み込むと、むせるように声を上げました。


「だって、だって、食べないと死んじゃうよ、死んじゃうからー」


 その声を聞きつけた班長が冬子さんを引っ張って退場していきました。その様子に、少し不満な社長です。


「なんだよー、せっかく食ったのにもう終わりかよー、ツマンネー」


 そう言うと社長が急に席を立ち私達の前に来ました。今度は一体何をしでかすのですか。


「うーん、お前はいいや。なんか嫌だな」


 私の顔をジロジロと舐め回すように見た挙句に、この言いようです。その次に秋子さんの前で立ち止まりました。


「うーん、やっぱ、この子かな、お持ち帰り決定!」


 社長は秋子さんの手を握ると、そのまま引っ張って行こうとします。何ということでしょうか。その秋子さん、空腹のあまり抵抗する力が残っていません。


「やめてください、離してください」

「やだもーん、一緒に行くんんだもーん」

「やめて」


 狼狽える私です。どうすれば良いのでしょうか。それを解決する力も勇気もありません。ただ涙を流し、見ていることしか出来ない無力な私です。


「離しなさい」


 夏子さんです。夏子さんも空腹でフラフラのはずです。それでも果敢に挑んでいきます。思わず心の中で夏子さんを応援する私です。


「ああ、なんだお前は。邪魔すんな」

「嫌がっているではないですか、お止めください」

「やめろだと〜、お前、何様だー。いいからそこをどけ!」


 社長が夏子さんを小突きました。それに怯まない夏子さんです。分かりました。私も加勢します。春子さんも私と同じ目をしています。やるなら、今です。


 シュー、、、クリーム、、ガウン、タベティ、タイ、デューシュー。


 やりました。夏子さんのストレート・グーパンチが社長の顔面に爽やかクリーンヒットです。紙切れのように舞い、ゴミのように倒れました。すかさず私と春子さんとで蹴りを入れます。キック、キック、オーバーキックです。


「「キャアぁぁぁぁ」」


 お連れの女性達が悲鳴を上げながらこの場を去って行きました。それと入れ替わりに班長が戻ってきたようです。


「おおぉぉぉぉ」


 班長が吠えています。そして何やらピーピーと笛を吹き始めました。小汚いジジイと化した社長を見て秋子さんが笑っています。それを見た私達も笑いました。久しぶりに笑顔を取り戻せた瞬間です。


 笛の音を聞きつけ、大勢の人達が押し寄せてきました。私達は捉えられ、社長は担架で運ばれていきます。同じく捉えられていた冬子さんも連れてこられましたが、担架の上で気絶した社長の顔を見たとたん、社長の顔に食べた物を吐いてしまいました。


 捉えられた私達は連行され、反省房という小部屋に一人ずつ監禁されました。独房です、問答無用の無期限になったようです。


 反省房には小さな窓に鉄格子、明かりは無く一畳ほどの広さしかありません。雨や風が容赦無く入り込んでくる、絶望だけが詰まっているところでした。でも私達は負けません。窓の鉄格子を叩き合いながら、お互いの無事を確認し合っていました。私達は一人ではありません。同じ志を持った仲間です、親友です。その絆がある限り、私達は負けることはないでしょう、人生を生きるということについて。

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