#6B.3 すみれ組
それぞれの部屋の前に戻ってきた私達です。暫くはここで寝泊まりをするしかありません。お互い、お休みを言い合って部屋の中に入ります。最悪の状況ではありますが、全てが最悪というわけではありません。ここは居住棟の48階です。この上は多分、社長の住居だと思われます。よって私達が住める場所としては最上階です。これは中々の待遇だとは思いませんか。新人の私達が最上階、一番高いのです。高さは、それだけで優越感に浸れます。何かセレブにでもなったような気分です。そして更に喜ばしいことは部屋の広さです。三畳程でしょうか。私の住んでいた一畳半の部屋から一挙に倍の広さになりました。これはすごい躍進です。これで両手を広げて眠ることが出来ます。憧れでした。それが私の部屋になったのです。
まだ興奮が止まりません。高層階から眺める外の夜景も素晴らしいものがあります。10cm四方の小さな窓ですが、そこから見える世界は格別です。それにそれに……まあ、これくらいにして今夜は床につきましょう。きっと素晴らしい朝を迎えることでしょう。希望は何処にでも有ります。ただそれを見つけられるか否かです。私は些細なことですが見つけてしまいました。ええ、でも、でも、いえ、もう寝ましょう、お休みなさい、です。
けたたましいサイレンの音で目が覚めました。これで寝坊するのは難しいでしょう。目覚めの朝がやってまいりました。レディーの身支度を整え、私は運命に立ち向かいます。顔を洗い手ぐしで髪を整え、いざ出勤です。
「「おはようございます」」
エレベーターの前に5人が集合しました。それぞの顔には疲労が残っていますが大丈夫です、この私達なら助け合って何とかやっていけるでしょう。その他の方々はいないようです。多分、出勤時間が異なるのでしょう。私達はエレベーターの到着を待ちます。よく高層マンションではエレベーター渋滞があると聞いたことがあります。ですがここは実質最上階、余裕です。乗り込んでしまえば楽勝でしょう。そう思っているうちにエレベーターが到着し、大きな扉が開きます。さあ、これに乗って……乗れません、ぎゅうぎゅう詰めです。誰も降りる人はいません。おまけに私達を睨みながら扉が閉じていきます。まあ、なんてことでしょう。でもそんなことで挫けるわけにはいきません。また次のエレベーターを待ちます。ですが、何度エレベーターが来ても中はぎゅうぎゅうです。これでは遅刻してしまわないか心配です。
「階段で行きましょう」
夏子さんが途方にくれる私達を引っ張ってくれます。頼りにしています。私達は階段への扉を開けて降りていきます。ここ居住棟から職場のある労働棟へ行くには5階まで降りていく必要があります。そこに居住棟と労働棟を繋ぐ連絡路があるのです。階段を気を付けながら降りていく私達です。数階降りたところでしょうか、急に前が詰まってきました。皆、考えることは同じのようです。階段渋滞が発生しています。人の熱気が伝わってきました。先を急ぎたいのに、これでは進めません。しかし、これ以外のルートを私達は知らないのです。頑張って、とにかく後に続きましょう。
やっと5階の連絡路に到着です。そこを駆け抜けエレーベーターに向かいます。私達の職場は32階にあります。エレーベーターの前には……そこまで人の列で辿り着けません。
「階段で行きましょう」
「「はい」」
夏子さん号令の元、私達は階段を駆け上ります。ですがここも渋滞です。押し合いへし合いながら、ノロノロと階段を一段一段、上がって行きます。部屋を出てからかれこれ1時間以上が経過しています。遅刻確定でしょう。それでも私達は諦めることなく前に進みます。そうして、ようやく到着です。職場に入るなり組長の怒りが飛んできました。30分の遅刻でした。結局私達は入室を拒まれ廊下で作業をすることになってしまいました。心が折れそうです。
「腐らず、私達の出来る事をしましょう」
「「はい」」
夏子さんの檄で落ち込む気持ちを持ち直し、頑張る私達です。
◇
あれから一ヶ月が経ちました。その間に色々な事がありましたよ。まず夏子さんが菫組の組長に抜擢されました。すごい出世です。そして残りの私達も菫組の一員です。その頃には仕事も楽しくなり、一つのテーブルを任されるようになったんです。頑張った甲斐があったというものです。
そして今日は、お給料日です。さて、如何程なのでしょうか。早速、スマートウォッチである腕時計に表示してみましょう。時計さん時計さん、どうですか? はい、出ました。何と! 前職より1.5倍に跳ね上がっています。私の心も喜んでいます。ですが……差引額がとんでもないマイナスです、借金女王です。支給額は確かに増えました。それなのに家賃やら食費が驚く程高いです。更に驚くべきことに、私の国にから社会保険料、住民税、果ては以前住んでいた住居の家賃、光熱費も差引されているではありませんか。これでは二重のぼったくりです。私はここにいるのです。いくら出稼ぎに来ているとはいえ、これはであんまりです。
早速、政府に抗議しなければ……それが出来ないのです。まず通信手段がありません。公衆電話はありますが国際通話は出来ないのです。それどころかテレビ、ラジオ、インターネットなど全く使えない状況です。情報に飢えています、ヘルプです。職場には一台だけ電話機があります。それをこっそりと使って。いいえ、見つかったら磔獄門の刑です。心配事が増え喜びが吹き飛んでしまいました。
あれから三ヶ月が経ちました。私達菫組は今、お針子となって手縫いをしています。綺麗な布に針を通し縫い付けていきます。不器用な私は時々針を指に刺してしまいます。それでも最初の頃に比べれば随分と上達したんですよ。
「空襲警報、空襲警報。全員、直ちに配置につけ。これは訓練ではない」
けたたましいサイレンの音ともに空襲警報が発令されました。私達は針の代わりに箒やモップを持って窓際に整列です。
「えい!」
窓際に並ぶ私達の後ろから班長が号令を発します。構えの号令です。
「やあー」
突きの号令です。これで箒やモップを空に向かって突き立てます。その時、私達も声をあげるのです。
「「やあー」」
勇ましい声が職場に響き渡ります。更に班長が続けます。
「気を抜くな! お前達の心と精神を込め、憎っくき敵国にその刃を突き立てるのだ。爆弾に怯むな、迎え討て。えい!」
「「やあー」」
これが暫く続きます。そして最後に訓練終了のサイレンが鳴り響きます。張り詰めていた緊張が解ける一瞬です。
「休憩時間は終わりだー、仕事にかかれー」
班長の号令の元、私達はまた針を持って縫い続けるのです。「痛っ」また刺してしまいました。まだまだ修行の足りない私です。頑張ります。
◇




