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じーさんず & We are  作者: Tro
#6 私はこうして魔王になったで章 すみれ編
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#6B.2 最高の晩餐

 職場に戻って作業を繰り返す私達です。時刻は午後8時を過ぎました。単純作業だけに肩が凝ってきました。一体何時まで続くのでしょうか、帰りの時間が気になります。それに部屋の半分ほどが既に明かりが消されています。その暗い所には諸先輩方の姿もありません。少し怖い雰囲気です。

 そう思っていると、やっと組長さんが動きました。


「本日の仕事は終了します。新人の5人は私に付いて来て」


 作業が終わりました。クタクタです、単純作業がこれ程辛いとは、思い知りました。私達は昼食の時と同様に、組長さんの後に続きます。隣の建物に移り、そこからエレベーターで一気に上昇します。何処に行くのでしょうか。もう、帰っていいんですよね。狭いながらの我が家が恋しくなってきました。

 長い廊下に多数の扉がある場所に来ました。その扉を一つを指差して組長さんが説明を始めます。


「ここです。左から順に、春子、夏子、秋子、冬子、良子の部屋になります。明日は遅刻しないように」

「あの」

「なんですか、夏子さん」


 勇気ある夏子さんが組長さんに質問です。ちょっとお姉さん風の方です。


「部屋って何ですか。自宅に帰ってもいいんですよね」

「はあ? どうやって。あなた達は住み込みでここに来たのですよ。帰れる訳がありませんし、帰れません」

「どういう意味ですか、分かりません」

「はあ、仕方ありません。あなた達はパスポートを持っていないでしょう。この建物から外に出るということは国外に出ることなのです。それに渡した腕時計があなた達の所在を監視しています。さあ、分かったでしょう、明日は7時です。遅れないように」

「待ってください。そんなの聞いていません。私、辞めます。だから返してください、私のバッグを」

「はあ、分かりました。では夏子さん、私に付いて来てください。他の方も同じですか? そうなら戻って来ますので、それまでそこで待っていてください」


 組長と夏子さんが足早に廊下を歩いて行きました。それは光の届かない世界に吸い込まれていくように見えなくなって行きます。残された私達4人は不安一杯で夏子さんが戻るのを待ちます。誰も声を発しません。そこに漂う重い空気が私達を押しつぶすようでした。


 ◇◇


 暫く、そう30分位してからでしょうか、夏子さんだけが行きと同じように足早で戻ってきました。少し髪も乱れているようです。その戻ってきた夏子さんを皆んなで囲みます。最初に春子さんが尋ねます。


「どうでしたか」

「ここでは話しづらいので、夕食に行きましょう。9時で終了するそうですから」


 残りの時間は僅かです。私はお金が無いので遠慮しようと思いました。ですが会社の外に出られるかどうか分かりません。困ってしまいました。それを夏子さんは察したのでしょうか。私を除く4人を集めて小声で何やら相談を始めました。私だけ仲間外れになりそうで泣きたくなってきた時です。夏子さんが声を掛けてくれました。


「良子さんもご一緒に行きましょう」

「でも私、お金がもう」

「とにかく行きましょう」


 私達は揃って食堂に向かいました。時間がありません、駆け足です。そして食券機の前に並びます。その時、冬子さんがこっそりと私に耳打ちしてきました。


「良子さん、とりあえず水を注文してください」

「はい、でも」

「大丈夫よ」

「分かりました」


 不安一杯の中、頼もしく頼りになる仲間です。思えば、前の職場では同僚や先輩をグイグイと引っ張って仕事に打ち込んできた私です。意見が異なれば説得し、理解を得てきました。そしてそのあとの達成感のために、前へ前へと突き進んでいたものです。それがどうでしょう、同じような境遇だというのに私は不安で今にも泣きそうです。ですが頼れる、信頼できる仲間がいます。そんな人達に付いて行く。悪くはありません。いいえ、とってもワクワク・ドキドキしながら心が心地よいと言っています。


 5人でテーブルに着きました。お昼と違って皆さん、食事の量が多いように見えます。私の前には水が入った一杯のコップだけです。皆さんといれば、きっと美味しく頂けるでしょう。ただの水がこんなにも貴重に見えたことはありません。さあ、私はこれを頂きます。

 私がコップに手を伸ばした時です。皆さんが私に一品ずつくださるではないですか。私の目の前に美味しそうな料理が並びました。そこには皆さんの真心も並んでいました。


「さあ、皆さん、召し上がりましょう」


 夏子さんの合図で皆さんが食べ始めました。私は胸が一杯で食べることが出来ません。本当に涙が溢れてしまいました。それを見かねて秋子さんが私の背中を摩ってくれます。冬子さんが優しく見守ってくれます。春子さんが、そっと私の手を握ってくれます。そして夏子さんが声を掛けてくれました。


「良子さん、食べましょう」

「はい、皆さん、ありがとうございます」

「いいのよ、さあ、食べましょう」

「はい」


 やっと食べ始めることが出来た私です。どんなご馳走よりも、この食卓に勝るものはないでしょう。私の、最高の晩餐です。


「実はね、組長から良子さんにはお金を貸してはいけないと言われていたの。でもこうすれば問題ないですからね」


 そうだったんですね。それでも私を助けてくれた皆さんに感謝です。その後、夏子さんから衝撃の事実が明かされていきました。私達が付けた腕時計が、この会社の敷地内を出ると自爆すること、預けたバッグは金庫にしまわれ、それを開ける鍵は社長しか持っていないこと、面接後に引き返した人達が取り押さえられ、その後どうなったかは分からないことなど。事態は思っていた以上に最悪でした。そして、ちょっと外に出てコンビニに行くことすら出来ないということ。私達の今いる会社そのもが国であり外に出ること、すなわち国外に出ることは叶わないことです。

 行き場を失った私達はここに残るしかなく、取り敢えず流れに逆らわず様子を見ましょうということにしました。そうです、刑務所に収監されたようなものでした。


 ◇◇

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