#1.2 過去の栄光
風呂上がりの二人にご馳走を振る舞う魔王様。私は慈悲深いのです。アッ君は、ここまでの道中、ロクに食べていないかったのでしょう。食べ物にガッツいています。大魔王もガッツいています。ああ、なんて醜いのでしょう。私の御前なるぞ。
「おい、アッ君。もっとゆっくり食べたらどうだ」
「腹が減っては戦はできぬからな」
「そんなに食うなら金を取るぞ」
カチャーン。
アッ君が今にも泣きそうな顔をしてフォークを落としました。
おい、今食ったものが口からこ零れているぞ。
「冗談だ、本気にするな、アッ君」
「金は、無い。宵越しの金は不要だ」
気を取り直したアッ君はまたガッツき始めました。それに負けじと大魔王もガッツリとお食事中です。今度はアッ君のターンです。
「お前の、その食べっぷりは何だ? 普段から飯を満足に食わせてもらっていないのか、大魔王ともあろうものが」
カチャーン。
大魔王がが今にも泣きそうな顔をしてナイフを落としました。
おい、今食ったものが口からこ零れているぞ。きったねー。
アッ君のターンが続きます。
「ああ、お前も、それなりに苦労があるようだな。悪かった。気にせずに食え」
「違うんだ、違うんだよー」
さて、この二人。その昔はどうだったのか、飯を喰らっている間に、少し振り返ってみましょう。
◇
時は遡ってうん十年前。まだ二人とも、その頭にフサフサしたものがあった頃。見晴らしの良い草原で対峙しています。アッ君は大きな剣を振り回し、大魔王は魔剣を手にしています。最初にアッ君が吠えます。
「魔王が私との一騎打ちを受けるとは、見事な心構えだ。褒めてやる」
「ふん、お前ごとき俺一人で十分だ。それに仲間たちは全員、討ち取ったからな。お前が最後だ。謝るのなら今だぞ」
「何故、そんな必要がある。この、極悪人が」
「誰が極悪人だ。俺は、何もしていないぞ」
「指名手配365号、オマケに懸賞金付きだ」
「お前、勇者か」
「当たり前だ。魔王を倒すのは勇者と決まっている」
「なら、公務員だな」
「何? 俺は臨時職員だ」
「ふーん、随分とケチったもんだな」
「訳の分からぬことを! いくぞー」
戦闘の途中ですが、ここで少し説明をしましょう。
大魔王の『公務員だな』という問いに、アッ君は『臨時職員』と答えています。アッ君の国では、勇者は公務員扱いです。魔王討伐は自然災害と同様の扱いで、特殊災害対策本部が設置された後に公募で選任されます。ということで、アッ君はめでたく、そこの職員として臨時に採用されました。だから『臨時職員』という訳です。『勇者』とはアッ君が勝手に名乗っているにすぎません。
次に大魔王が『俺は、何もしていない』と言っているのは本当です。ですが指名手配され懸賞金が懸けられています。この当時の懸賞金は3億です。腕に覚えのある人が、これに殺到したことでしょう。この辺の事情については後程。
さて、まだ戦闘中かどうか、戻ってみましょう。
ドサ。
アッ君が大剣を振り下ろしました。それはクワで土地を耕しているのと似ています。それを見て大魔王が笑っています。
「おいおい、芋でも育てるつもりか」
「ちょこまかと動くんじゃない」
大魔王は魔剣を振り上げます。その剣は細身で黒いです。見る限り、とても軽そうです。木刀だったりして。
「ううう」
気色悪い声が大魔王から吐き出ました。オエェーです。魔剣はその名の通り魔力でその威力が左右されます。魔剣は、自身を握った大魔王から魔力を吸い取っているようです。握った瞬間、ビリっとします。軽い電気ショックみたいな感じです。それが気色悪い声をあげた理由です。
「おい、臨時職員。その剣は何でできている?」
「企業秘密に決まっているだろうが。だが、教えてやる。カーボンファイバーだ」
「何だって!」
大魔王が驚いたのには訳があります。それは雷の魔法で大剣を狙い撃つつもりだったからです。
(カーボンファイバーって、電気を通すのかな)
大魔王が悩んでいる隙にアッ君は大剣を振り回してきます。しかし、大剣が重いのか、はたまたアッ君が非力なのか、その動作は緩慢です。大魔王は余裕で避けることができるようです。その大剣に固執する以上、アッ君に勝ち目はありません。当然、アホでは大魔王にも勝ち目はありません。やれやれ。
アホの大魔王はアッ君から逃げ回りながら、ダメ元でやってみようと決心します。早速、雷の精霊と交渉です。雷の攻撃をするには雷の精霊、イカツヂの協力が必要なのです。
「(イカツヂさん、協力を要請する)」
「(はあ? こんなに晴れた日に雷って、そりゃー無理ってもんだろうが)」
「(そこをなんとか、頼みたい)」
「(なら、条件がある)」
「(言ってくれ、なんでもする)」
「(お前、風の精シルフ姉ちゃんと仲良いだろう)」
「(勿論だ、俺に惚れている)」
「(なんだと!)」
「(いや、冗談だ。ということは、まさか)」
「(あの、その、今度、シルフ姉ちゃんに俺のこと、紹介してくれ)」
「(良いだろう)」
「(約束だぞ)」
「(約束した)」
「(ようし、なら、今すぐ、シルフ姉ちゃんをここに呼べ)」
「(今すぐか、まあ、良いだろう)」
「(呼んだら、後のことは任せろ)」
アッ君の大剣が大魔王のすぐ脇をかすめていきました。しかし、だいぶお疲れのようです。息が上がって、肩でハアハアしています。当たらない、重い、疲れたの三重苦がアッ君を襲います。
「おい! 魔王。やる気あんのかー」
「俺の技は決まった。これでも喰らえ〜」
「(シルフ〜、来てくれー)」
「(……)」
「(来てくれー)」
「(……)」
「(シルフ〜)」
大魔王がシクシクとシルフに気を取られている隙にアッ君渾身の一撃が襲ってきます。これを魔剣で受け止める大魔王。しかし威力が半端ない。伊達に大剣ではなさそうです。
どう見てもひ弱な魔剣が折れそうですが、魔剣と一緒に大魔王が吹き飛ばされていきます。魔剣と大魔王は一心同体。いいえ、魔剣が大魔王を離さなかったんですね。離したら魔力の供給源がなくなってしまいますから。正確には大魔王の魔力に味をしめた魔剣が、その手を離せさせなかった、ということでしょう。
アッ君が早々に吠えております。
「どうだー、魔王。観念せいやー」
「危ないじゃないか、もう少しで死ぬところだったぞ」
「(シルフ〜)」
「(……)」
「(今日は忙しいようだ。イカツヂ、なんとかしろ)」
「(なんだよ、せっかく楽しみにしてたのに。しゃあない、ハツチ!)」
「(葉の精霊を呼んで、どうする?)」
「(つべこべ言わずに、構えていろ)」
吹っ飛ばされた魔王が、打ち所が悪かったのかニヤつきながら吠えております。
「俺の技はこれだ。喰らえ〜」
魔剣を高々と構えた大魔王、その叫び声に、……、……、何も起こらんぞ。
何の技が繰り出されるのかと待ち構えるアッ君。しかし、何も起こらない。爽やかな風が吹くだけだー。
木の葉が一枚、木の葉が二枚、三枚とアッ君の頭上に降ってきました。それは風に揺られ、ゆらゆらゆるーりと舞い降りてきます。季節は秋の紅葉を思わせるような、どこか哀愁漂う光景です。アッ君がそれを口を開けて見上げていると、急に風が上から吹いてきました。
「(今だ、魔王。空気が入れ替わったぞ)」
「おう!」
大魔王の魔剣の剣先から稲妻がほとばしると、それは一直線にアッ君の大剣目指して閃光が走ります。そして大剣は一気に砕け散りました。カーボンファイバーは電気抵抗が高いのが原因のようです。
「おう〜」
アッ君の悲痛な叫び声が草原に響き渡ります。この大剣、どうやら借り物らしく、このように破壊されると弁償しなければいけないようですよ。
「どうだー、参ったかー」
「破産だー、どうしてくれる〜」
「知ったことか〜」
「鬼! 悪魔! スケベー」
アッ君は泣きながら走って、どこかに行ってしまいました。めでたし、めでたし。
◇