#3.4 100万ポイント
「おい、ジジイども、行くぞ」
アッ君が荷物運びを手伝う振りをしてそのままネコババしようとしていた。声をかけた時のリアクションでバレバレだ。全く、手癖の悪いジジイだ。
俺達は大型トラック……ではなく、ワンボックスカーに乗り込んだ。多少大きくなったから良しとしよう。何よりも椅子がある。楽チンだ。
「おい、マオ。いいところで声をかけよってからに、大損したじゃないか。空気を読まんか」
「アッ君、それ犯罪だから」
「俺はフリーパスだ」
シロちゃんはシートに座った途端、眠りこけてしまった。これだから年寄りは。
車は冴えない男同様にゆっくりと道を進む。
「この方向でいいんですか?」
冴えない男が運転しながら後ろを振り向いてきた。頼むから前を向いてくれないか。
「構わん、行ってくれ」
「わかりました。それで、シートベルトは、ああ、してますね。安全運転でいきますから、くつろいでいてください」
冴えない男の運転する車も冴えない。どんどん追い越させれていく。どうやら流れに乗る、という気はないようだ。
「アッ君。俺達は近づいているのか?」
「ああ、どんどん近づいている」
「それは良かったよ。それじゃ方角は合ってるんだね」
「いいや、真逆だ」
「なんだよ、さっき近づいてるって言ったじゃないか」
「逆に行けば行くほど、逆に近づくものだ。理屈も分からんのか」
「それをな、屁理屈っていうんだぞ。屁でもこいてろ」
「いいのか? メガトン級をお見舞いしてやるぞ」
「好きにしろ。そうしたらアッ君も困るんだぞ」
「俺は大丈夫だ。免疫が、ある」
「けっ、へでもねえ〜」
黒塗りの車が異常に接近してきてる。クラクションを鳴らしながら、こちらを煽っているのか?
「組織の奴らだ」
冴えない男がそう言うと急に車の速度を上げてきた。最初からそうしていれば良いものを。まあ、これで後ろの車も……ぴったり背後にへばりついてやがる。
「組織から送られてきた刺客です。みなさん、掴まっていてください」
刺客だと? そんなに俺が憎いのか? 有名人は辛いぜ。だが、もっと早く言ってくれ。掴まるもなにも、その前に車が蛇行しているじゃないか。痛いよ。
我らの車は人が変わったように猛スピードで道をすり抜けていく。行くてを阻む先行車を避け、止まれの信号を無視、何処までも突っ走る。
それでも執拗に追いかけてくるぞ。
「殺れるものなら殺ってみろ」
冴えない男は走る凶器と化していた。恐るべし、冴えない男。
「シロちゃん、あんたの魔法であの車を何とか出来ないか? 出来るよな」
「ママオ、わわしに、任せろろ」
ちゃんと喋れ。
こういう時こそ魔法は便利なものだ。じゃんじゃん使え。
シロちゃんは後ろの車に向かって、指をおむすびの形に組んでいる。それが『型』というものだな。さあ、次は呪いの呪文だ。
「払ったま、清ったま、えりやー」
何じゃそりゃ。だが、まあいいだろう。効果さえあれば問題なし。
魔法の効果か威力か、後ろの車が離れていく。やったぜシロちゃん。奴らは気が変わったようだ。
「ヒヤーハー」
冴えない走る凶器男が叫ぶと、強い衝撃がガツーンと。俺達は声をあげる暇もなく車が宙に浮いたようだ。
ああ、何だ? この浮遊感は。懐かしい、この何物にも束縛されない自由、自分の存在を掴めないこの感触。ああ、俺は宇宙飛行士になりたかったんだ。あの空に、あの高みに手を伸ばしては夢を見ていた。神秘の世界、言葉の無い世界。無音だけれども、内なる音が響く、躍動するゼログラビティー。
俺はそこで初めて自由を、知る。
俺達は一斉に車の天井に、しこたま頭を打った。そしてすぐさま折り返すように床に落とされる。車は不規則にバウンドし、俺達はシェイクの具になった。
どうやら刺客はこのジャンピングスポットを熟知していたようだ。ということは地元民か。それでスピードを緩めたんだな。じゃあ、シロちゃんの魔法はなんだったんだ? この役立たずが。
俺の苦悩を知らずに刺客の車が急接近。このままではぶつかってしまう。いや、それを狙っているのか? が、その勢いでこちらを抜きにかかってきた。
「ウッヒャー」
冴えない走る凶器男が車を蛇行させ、抜かせまいと頑張る。しかし今にも横転しそうだ。俺達、いや、俺がピンチだ。絶体絶命の予感がする。
冴えない走る凶器男の隙をつき刺客の車が並んだー。窓から執拗に『止まれ』と合図をしているような気がする。これは何とかせねば。
「アッ君、出番だ。なんか見せたれー」
「100万だ。びた一文まけんぞ」
「お前も同じ運命なんだぞ!」
「それがどうした。100万だ」
「100万ポイントでどうだ」
「いいだろう、? ポイント?」
「それはあのスーパーでも使えるのか?」
「ああ、勿論だ」
「ポイントなら200万だ。びた1ポイントもまけんぞ」
「わかった」
「よっしゃ」
あのスーパーって、どこのだよ。とにかく俺のために働け!
アッ君は窓から身を乗り出すと、例のレーザー剣を腰から取り出し、振り回し始めた。だが、全然届いてないぞ。この役立たずが。と思った矢先、レーザーがグーンと伸び、刺客の車に傷がついた。これは弁償ものだ。
「エイヤー」
アッ君の気合と共に刺客の車がオープンカーに様変わりだ。それに驚いたのか、みるみる後退していくではないか。俺の中でアッ君のポイントが上がった。ちょうど200万だ。これで支払は完了したな。
「オリャー」
冴えない走る凶器男がアッ君の気合に乗せられたのか吠えている。しかし、行く先々で道が封鎖されている。その度に「オリャー」とハンドルを切っているわけだ。どうやら悪党どもは俺の先回りをしているようだ。シロちゃんは鼻をほじっている。アッ君はゼイゼイと肩で息をしているではないか。もう歳だ。いつでもいっていいぞ。
◇◇
クンカクンカ、潮の香りがする。どうやら海の近くに来たようだ。海といえば海水浴。懐かしい思い出が甦る。家族団欒で過ごした白い浜辺、真っ赤に染まる太陽。ああ、何もかも懐かしい。そんな記憶があれば良かったのだが。
冴えない走る凶器男がフェリー乗り場に車を横付けにした。
「おやっさん、着きましたぜ」
既に最初の頃の面影が無くなっている。全てを吹っ切ったようだ。俺のおかげでいい大人になったものだ。感謝しろ。
「おい、ジジイども。行くぞ」
「どこに行くんじゃ、マオ」
「そうだぞ。まさか海を泳ぐつもりか?」
文句だけは一丁前だ。そうだ、お前達は魚の餌になって役に立ってこい。
「おやっさん達、あの船にお乗りなせい」
「船か。それも良いが金がな〜」
「安心してくだせい。船長には話し、付けてありますから」
「そうか。手回しがいいな」
「親切は繋げないと、ね、姉さんから聞いておりやすから。ただし」
「ただし、なんだ?」
「こっそり乗っておくんなせい。人目をひくとアレなんで」
「わかった。それぐらい簡単だ」
「それでは、あっしはこれで」
「ご苦労であった」
ということで俺はフェリーの乗船口に並んだ。ついでにシロちゃんとアッ君も連れてはいる。これがまた金魚のフンのようについてくるから仕方がない。団体客に混じって、とぼけた顔をすればフリーパスだ。
知らないジジイが恐れも知らずに、俺に声を掛けてきた。
「あんた、だれぞい」
「あんたこそ、誰だ」
「なんだ、知り合いじゃないのか」
「ああ、知らんな」
「なら、いいか」
「いいとも」
船の汽笛がボーと鳴っている。いよいよ出航だ。俺はデッキから見知らぬ人達に手を振って別れを惜しんだ。思えば、こうして何人もの人と出会い、そして別れてきた。それは裏切りの歴史でもある。俺は何度、苦い思いをしたことだろう。親しいと思っていた奴がことごとく俺を欺き、裏切っていった。思えば、そう、良い思い出はないな。
ところでこの船はどこに向かっているのだろうか。まあ、良いか。今度は潮の流れに任せてみよう。




