第一章
「……ん。」
凍える寒さは無く、微かに香るいい香りに包まれ微かに眠りから目を覚ます。
「目を覚ました?」
やさしい声に意識がはっきりしていくのがわかった。
「…ここは?」
「わたしの家よ。」
女性は優しく微笑むとコップを差し出してきた。それを受け取り怪訝そうな顔で見つめていると。
「暖かいココアよ、毒なんて入ってないから安心して飲んで頂戴。」
その一言に後押しされゆっくりとココアを飲む。
少し冷まし飲んだココアは甘くて少し苦く、やさしい暖かさが体に染み渡っていくのが分かった。安心、その一言が心の中に響きわたる。生きるのに必死だった心が緩んだ、緩んでしまった。
「…ひ、うぅ……ひっ…」
「ど、どうしたんの!?傷が痛むの?」
目の前の女性は驚きの顔をしながら椅子から立ち上がり近づいてきた。
「違うんです、安心したら涙が…」
「そう。……何が有ったか聞いていい?すごい傷だらけだったし、服もボロボロで、おまけに凍死しかけていたわ。よほどの事があったのでしょ?」
「はい……」
この女性に話していいのか迷ったが今頼れるのはこの人だけ、思い出したくないが目を閉じ、あの時の記憶をよびだし話し始めた。
「僕、いえ。僕たち家族は隣の王都エルスに向かうとちゅうでした。」
「エルスと言うと観光と貿易が盛んな場所だったわね。」
「はい、僕たち家族は観光と貿易先との話し合いの席に出席するために向かっていました。僕たちエルネス一族は代々貿易の利益で生計を立てていた一族でして。」
「ちょっと待って。え?貿易で生計?一族?もしかして君って……」
「そういえば自己紹介がまだでした。僕の名前はエルネス=クルス。王都エルスの傘下の都市エルネスで商人をしております。」
「エルネス……聞いたことあるわ。かなり有名な商人だったはず。」
「はい。都市ではそれなりに有名だした。」
「でした?どうして過去形なの?」
「僕がぼろぼろで歩いていたのと関係があります。話を戻しますが、エルスに向かうのに商人の間でも安全と言われているこの山道を馬車で移動しておりました。が、その途中山賊に教われて……」
「ちょっと待って、山賊?そんなはずは無いわここは山賊が出ない山道よ。」
「ええ、そう聞いておりましたが実際に山賊に襲われました。」
あの時の光景が脳裏に焼きついていて目を閉じるとその光景が蘇る……
目の前で両親が山賊に生きたままゆっくりいたぶられる様に殺されていく光景、あたり一面両親の血で真っ赤に染まっていく光景、人の命が絶命する瞬間。その全てが嫌でも蘇る。
「うっ……」
胃を握りつぶされる感覚に似た吐き気がこみ上げて来て吐きそうになるが堪える。
目の前の女性は心配そうに顔を覗き込んでくれたが平気とアピールをし話を続ける。
「僕は山賊に襲われながらも懸命に逃げて森の奥まで来てこの家を見つけて安心して……」
「意識が途切れたのね。」
「はい。」
一通りの話を聞いた女性はふぅーと一息ついてから考え込んだ。
それからどのくらい時間がたっただろうか、黙って反応を見ていると女性は無言で立ち上がり奥の扉へと消えて行った。