思春期
理沙子が帰ったあと、三宮までタクシーで行く。
トアロードの端っこで、黒人の男と若い女がキスをしながら抱き合っていた。
まさか、理沙子が髪と目の茶色い男と恋愛し、結婚するとは思ってもみなかった。
トアロードで見たことを考えている。あんなこと、私の思春期時代には見られなかった光景だ。
私の思春期、それは、怯えと涙と笑顔だ。
女学生時代、脚の動かない私はいじめられた。学校ではない、街でもいやな目で見られたものだ。
そして山手に屋敷を持つ海軍軍人の娘。
ある人からは神に拝むかのような尊敬の眼差しで見られ、ある人からは汚い嘔吐物でも見るのかのような侮蔑した目で見られていた。
ふと、思い出す。いや、ふと、ではなく、よく思い出す。私に優しくしてくれた由利子さん、山崎先生のことを。
山崎先生、お元気ですか。今何をしているんですか。私はあなたに会いたい。生きていてください、私は生きています。
由利子さん、あぁ、由利子さん。戦争さえなければ、空襲さえなければ、アメリカが日本を狙わなければ、さえなければ、さえなけれ、さえなければ、さえなければ、さえなければ……。
由利子さん、由利子さん、由利子さん、私はあだ名であなたを呼べなかった、とても恥ずかしかった、由利子さん…。
私には死ぬ権利がない、私には死ぬ勇気がない、私は死ねない。
由利子さん、生きていれば、私と今、神戸の街を歩いているのでしょうか…。黒人と若い女が抱き合うように、私たちも抱き合うのでしょうか?
由利子さん…。
ねぇ、天国で聞いていますか、由利子さん、あなたが地獄へなんて行くわけがない。もし地獄に行くのなら、私が閻魔をどんな手を使って殺してでも、あなたを地獄に行かせない。