第7話 お嬢様との休日
1週間ほど空いてしまいすみません。
夏休みが開けてから初めての土曜日、今日はお屋敷に花房お嬢様と芽津さんがいらっしゃいました。
「お邪魔します。」
「歓迎するわ。桃羽、早速私の部屋に行きましょう。」
花房お嬢様と芽津さんはお泊りになります。
明日にはお帰りになってしまうので、短い間にはなりますが、華恋お嬢様と仲を深めていただければ幸いです。
いつの間にか名前で呼び合っているようですし、問題はないでしょう。
「花園さん、本日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
華恋お嬢様と花房お嬢様はお部屋に行かれてしまいましたから、飲み物などを持って行かなければなりませんね。
厨房へ入り、板橋さんに声をかけました。
「板橋さん、お嬢様方へお茶請けをーー」
「ん?どうした?」
紅茶を用意しようとして気がつきました。
「すみません、板橋さん。緑茶か抹茶はありますか?」
「もしかして、紅茶は駄目なのか?緑茶はあることにはあるが、俺の個人的なものだからお嬢様の口に合うかわからないぞ。」
「…お聞きしてきます。」
厨房の前で待っていた芽津さんに声をかけます。
「芽津さん。」
「花園さん、どうかされましたか?」
「はい。花房お嬢様は紅茶はお飲みになられますか?」
「飲まれているところを見かけたことはありませんね。」
「そうですか…」
「あっ、そういえば花園さんは抹茶などを飲んだことが無いとおっしゃっていましたね。このお屋敷では普段、紅茶をお飲みになっているのでは無いですか?」
「おっしゃる通りです。緑茶や抹茶などは常備しておらず…」
「わかりました。私にお任せください。」
そう言うと、芽津さんはキャリーバッグを開き、中から急須などを取り出しました。
「今日は花園に抹茶や緑茶を試して頂こうと思い、持ってきました。もし、花房お嬢様が紅茶をお飲みになられなかったら私が用意致しますので安心してください。」
「助かります。」
厨房へ戻り、紅茶を2つとお茶請けを用意し、お部屋にお運びします。
「花房お嬢様、紅茶でよろしかったでしょうか?」
「あっ、はい。大丈夫です。」
紅茶をお口に運ばれたのを確認し、退室しました。
「芽津さん、ありがとうございました。」
「いえいえ。私は何もしていませんから。」
「もしも花房お嬢様が紅茶を好まれなかったら、大したもてなしをすることができませんでしたから。」
「仮定の話をしても仕方がありませんよ。」
「それでもです。ですから、何かお礼をしたいのですが。」
「お礼なんて、必要ありませんよ。」
「急かしはしませんので、お考えになっておいてください。」
「お礼、ですか。…でしたら、1つお願いがあります。」
早速ですか。
…大丈夫です。
周りに誰がか潜んでいるわけでもありません。
窓も近くにはありませんし、おかしな匂いもしません。
職業柄とはいえ、お嬢様のご友人の方の使用人の方を疑うのは気が引けますね。
「はい。伺います。」
「私達も仲を深めませんか?」
「はい?」
「具体的にはお嬢様方と同じように名前で呼び合いましょう。」
「そのようなことで良いのですか?」
「はい。いつまでも他人行儀では無いですか。使用人同士でも仲良くいたしましょう。」
「そう、ですね。改めてよろしくお願いします、叶実さん。」
「はい。よろしくお願いします、未玖さん。」
なんだか照れてしまいますね。
私と仲良くしたいと言われたのはいつぶりでしょうか。
「未玖さん、早速抹茶を試してみませんか?せっかくの機会ですから。」
「はい。是非。私の部屋でよろしいですか?」
「そうしましょう。」
「私も紅茶の用意をしますね。」
厨房にある茶葉に加えて、せっかくですから私の趣味で集めた茶葉も試していただきましょう。
「叶実さん。行きましょうか。こっちです。」
叶実さんとともに私の部屋に入る。
この部屋に私以外の誰がかいるのはいつぶりでしょうか。
真智さんも早菜恵さんも私の部屋に尋ねてきても、部屋の中に入ることはありません。
基本的にお二人のどちらかの部屋にお呼ばれされます。
「これが未玖さんの部屋ですか。綺麗な部屋ですね。あっ、これが紅茶の茶葉ですか?」
叶実さんが部屋を見渡し、棚に置かれていた茶葉に気がついたようです。
「はい。私の趣味なんです。」
「私と似ていますね。私も部屋に緑茶や抹茶に関するものを置いているんですよ。」
「本当ですね。」
違いはお茶の種類だけのようです。
「こちらが茶筅と言います。」
「見たことはありましたけど、名前は初めて聞きました。」
「そういう方が多いですよね。茶道も有名になり、テレビ番組でも流れるようになりましたから、道具を見たことのある人は多いと思います。」
「はい。部活動でもやっている方もいますからね。」
「では、未玖さんに問題です。これは何に使う道具でしょう?」
「これ、ですか?」
「どうぞ。持ってみてください。」
叶実さんからそれを受け取ります。
これは細長く、片方が匙のようになっています。
「これは、抹茶を量るものですか?」
「はい。正解です。茶杓と言って、抹茶を茶碗に移す時に使います。この茶杓で、私の場合は2杯より少し多めで点てています。」
「2杯だけなんですか。」
茶杓の抹茶を掬える部分はかなり小さく、2杯だけでは数g程度にしかならないのでは無いでしょうか?
「実際にやってみましょう。」
そう言うと叶実さんは実際に抹茶を点て始めました。
今は私に合わせて椅子に座っていますが、普段は正座で点てているのでしょうか?
今もとても綺麗な所作に見えますが、さらに綺麗に見えたかもしれないと思うと、少し惜しい気持ちになりました。
「さぁ、飲んでみてください。」
「はい。いただきます。」
実際に飲んでみると、想像より苦味はなく、甘みを感じた。
「これ、何か入れたんですか?」
「いいえ。想像より甘かったですか?」
「はい。もっと苦いものだと思っていました。」
「未玖さんは初めてのようだったので、甘みの多いものを選びました。私は苦いものを好む傾向があるので、以前は脅かし過ぎてしまいましたかね。」
「とっても美味しいです。」
「それは良かったです。」
「まだありますので遠慮しないでくださいね。」
「ありがとうございます。」
叶実さんからお茶請けとして和菓子もご馳走になり、談笑しながら何杯も頂いてしまいました。
「次は、私の番ですけど…」
「私も未玖さんとの会話が弾んでたくさん飲んでしまいました。」
「少し時間をおきましょうか。夕食後に如何ですか。」
「私には都合がいいですけど、未玖さんのお仕事の方は良いのですか?」
「今日は同じ使用人の方々にしなくていいと言われました。私には同じ職場以外での知人も作った方が良いと言われまして。」
「未玖さんはここにきて長いんですか?」
「はい。私の家は昔からーー」
そのまま会話が盛り上がり、夕食間際まで話していました。




